目指せ!ダンジョン管理士!8
翌日、レイは九十階層に来ていた──これから最難関ダンジョン「魔術師の技巧箱」を、出口に向かって逆攻略していくのだ。
逆攻略メンバーは、フェリクスとレイだ。
ただし、このダンジョンのマスターであるフェリクスは、ナビゲーター役だ。
昨日の初級ダンジョン管理士の講習内容をおさらいしつつ、実際に活用するためのアドバイスをしてくれるのだ。
レイは、いつもの黒の塔のワンピース型の制服姿ではなく、冒険者のような格好をしていた。
動きやすいパンツスタイルに、アイザックの抜け柄の鱗を使ったブーツを履き、森織りのローブを羽織っている。
長い黒髪はいつものポニーテールで、炎織りのリボンで留めている。
フェリクスも、今日は珍しく冒険者の治癒師のような格好をしていた。
私服でもシンプルで上質な服装が多いためか、どこにでもありそうな冒険者の服装なのに、隠しきれない品の良さが漂っていた。
「ふふっ。義父さん、珍しい格好ですね。でも、とても似合ってますよ」
「その格好は久しぶりに見たけど、可愛いね」
レイがくすりと微笑んで褒めると、フェリクスも上機嫌に目尻を下げて、ぽんっと彼女の頭を優しく撫でた。
「上の階層の者たちには、本日フェリクス様とお嬢様が向かうことは伝えてあります。どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」
「うん、わかった。行って来る」
ギムレットが執事らしく恭しく進言すると、フェリクスは鷹揚に頷いた。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
「「「「行ってらっしゃいませ」」」」
ギムレットが深々と見送りのお辞儀をすると、他の階層ボスたちも頭を下げた。
「行って来ま〜す!」
レイは彼らに向かって、元気よく手を振った。
***
「ここが、八十九階層……」
レイは眩しそうに、目の上に手をかざした。
八十九階層は、天空フィールドだった。
どんな原理かは分からないが、空には大小さまざまな小島が浮かび、その小島の間には頼りなさげな吊り橋がかかっていた。
青空には、煌々と輝く偽の太陽があり、真綿のような真っ白い雲がぽっかりといくつも浮かんでいる。
レイが島から下の方を覗くと、ビュオッと一吹きの強い風が舞い上がってきた──そこには、島も海も何も無く、ただただ空のような青色が広がっているだけだった。
(……落ちたら一貫の終わり……)
レイは、サーッと血の気が引いていくのが、ありありと感じられた。
下を覗いてすっかり怯える義娘に、フェリクスがのほほんと声をかけた。
「下層階は、中層階とは違って魔術は使えるからね。飛空魔術も使えるし、魔力で足場を作ることもできるよ」
「ゔぅっ、それでも、これはかなり怖いですよ……」
「そうかい? ラスボスの間の前だから、ここまで来れた褒美として、サービスで用意したんだけどね……空を飛べる者にとっては、このくらいは大したことないしね」
フェリクスはそう言うと、早速、元のフェニックスの姿に戻っていた。
ごそごそと空間収納から鞍とゴーグルを取り出すと、白磁のような嘴の先で、ツンと突いた。
『空の階層は、僕が送って行くよ。さぁ、準備をして』
「ふぁい……」
レイは、フェリクスの背に鞍をくくりつけると、自身もゴーグルをつけた。
命綱の安全ベルトを、鞍と自分の腰のベルトにカチャリと付けると、「準備できました」と声をかける。
『それじゃあ、行くよ?』
「お願いします!」
フェリクスは音もなく、ふわりと浮き上がった。
風がレイの頬の横を吹き抜け、少しずつ加速していく。
振り替えれば、さっきまで立っていた島は、今は豆粒のように小さく見えていた。
『わぁ、気持ちいい……!』
飛行中は言葉では話せないため、レイは念話で呟いた。
今は遊覧するように、比較的ゆったりとしたスピードで空を飛んでいた。
底の方さえ見なければ、天気も良く、気温も心地よく、絶好の飛行日和だった。
小島と小島の間を飛べば、そこかしこにトラップ役の魔物たちが隠れていた。彼らはフェリクスとレイを見つける度に、小さく会釈をしてきたので、レイも頭を下げる。
(ダンジョンマナーの一礼……これでちゃんと伝わってるかな?)
レイは昨日の講習会で習ったことを思い出しつつ、内心小首を傾げていた。
『そういえば、島の方はアスレチック型のトラップが多いですね』
レイは小島の方に視線を落とすと、ふと念話で尋ねた。
それぞれの島には、中層階のモニターでも見たようなフィジカルトラップがいくつも仕掛けられているようだった。
『そうだよ。ここは下層階だからね。上層階にあるような魔術トラップと、中層階にあるような物理トラップの両方を仕掛けてあるんだ』
『え゛……』
レイは、念話なのに言葉に詰まった。
(……ただでさえ上層階も突破しきれてないのに、それにSA◯UKEが加わるの!!?)
ゾゾゾ……と悪寒が背筋を走る。
『中・上層階を突破した者なら、簡単じゃないかな? 試しに僕の側近たちにやらせてみたら、みんな一日でクリアしてたしね』
フェリクスは、まるで今日のランチメニューについて話すような何気ない口調で、さらりと伝えてきた。
(いやいやいや……)
レイは内心、首を横にブンブンと振った。
フェリクスの側近といえば、全員が高階位の人外者だ──確かに、彼らにとっては朝飯前なのだろう。
だが、このダンジョンを今まさに攻略しようとしているのは、主にひ弱な種族である人間だった。
(ジンデイジー、ベルモント……あなたたちの推しはまだまだ当分、下層階には来れなそうです……)
レイは、今回のダンジョン訪問で快くもてなしてくれたボスたちに、憐れみの念をそっと送っておいた。
***
「中層階は、本当に魔術が使えないんですね」
レイはぽつりと呟いた。
試しに魔術で水を出そうとしたが、手のひらの上でポスンと間の抜けた音がしただけで、何も出てはこなかった。
現在、レイたちがいるのは、六十九階層──中層階の一番下の階だ。この一つ下の階には、ニコラシカが階層ボスを務める七十階層がある。
「うん。魔術は一切使えないようにしてあるよ。その代わり、所々にセーフティポイントがあるんだ」
「あ! 魔物側は入っちゃいけない場所ですね!」
レイは「ハイッ!」と大きく手をあげると、昨日の講習会で習ったことを口にした。
「うん、よく覚えてるね。セーフティポイントは、冒険者たちの休憩と安息の場所だよ。そこは時間制限も無いし、魔術も使えるし、さらには魔物は立ち入れないようになってる。だから、もし僕たちが中層階で休憩したくなったら、ダンジョンの壁裏にある管理人施設の方を使うことになるよ」
フェリクスは、おさらいするように優しく説明してくれた。
「管理人施設……普通にダンジョン探索してるだけじゃ、見つからないですよね?」
「そうだね。だから、こういう時にはマップを使うんだ」
フェリクスに促され、レイは空間収納から真っ黒な板を取り出した──ダンジョン管理士専用の魔道具だ。
レイが黒い板の表面に指先で触れると、パッと画面が明るくなった。
(……本当に、まんまタブレット端末だし……)
レイはなんとなく、地図っぽい紙の端がくるりと巻かれた絵柄のアイコンをタップした。
すぐさま画面いっぱいに、レイたちが今いる階層の地図が広がった。
二本の指をつかって、スッ、スッと地図を移動させていく。
「おや? もう一回使ってみたのかい? ずいぶん手慣れているね」
サクサクと操作していく義娘に、フェリクスは目を瞠っていた。
「えぇ、まぁ……」
(操作感も、元の世界のと一緒だしね……)
レイはほんのり苦笑いで返した。
「あ。ここの壁に、隠し通路が……」
「うん、そうだね。早速ここに行ってみようか?」
レイとフェリクスは、地図を見つつ、隠し通路がある壁の方に向かって行った。
六十九階層は、「まさに洞窟系ダンジョン」といった景観で、ごつごつとした岩壁に、洞穴が続いているような場所だった。
そこに、落とし穴や動く床、壁に鎖やボルダリングのような突起物が突き出した場所など、フィジカルトラップがたんまり仕掛けられていた。
途中、この階層の魔物たちともすれ違ったが、互いに軽く会釈をしてスルーする。
(……なんか、ちょっと登山者っぽい感じ……)
レイはちょっぴりこそばゆく感じながら、先へと進んで行った。
「……はぁ、はぁ……着いたぁ!!!」
レイは、行き止まりの壁の前で、地面にうずくまった。荒い息を肩で吐いて、少しずつ整える。
「う〜ん、そうか。ダンジョン管理士にトラップは発動しないけど、通り道自体がアスレチックになってるから、そこは通らなきゃいけないんだね」
その横で、フェリクスは息一つ乱れることなく、思案顔をしていた。実際に自分の足で歩いてみて、いらいろと思い至ったようだった。
「なんでここの魔物さんたちは、あんなに素早く移動できるんですか!? さっきのねずみさんですら、壁を横に走ってましたよね!?」
レイは見たのだ。ねずみ型の魔物の群れが、高速で足を動かし、猛スピードで壁を駆け抜けて行く様を。去り際に、器用に会釈をしていく様を。
「う〜ん、元々ここで生まれ育った子たちだから、適応したんじゃないのかな?」
フェリクスもよく分かっていないようで、きょとんと首を傾げた。
「それより、少し休んだら管理人部屋に行こうか? そこなら休めるし、泊まれるよ」
「うぅっ、今日はもう体力的に限界です……ここでお泊まりにしましょう……」
フェリクスの提案に、レイはこくりと頷いた。
(……ダンジョンボスたちが、やけに熱心に冒険者を応援してる理由がよく分かった……)
レイは改めて、このダンジョンを攻略中の冒険者たちに、深い畏敬の念を抱いたのだった。
※今週は金・土に投稿予定です。




