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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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目指せ!ダンジョン管理士!7

「うわあぁああっ!!! なぜだっ!? なぜなんだぁあっ!!?」


 ハムレットの慟哭が、魔術師の技巧箱(アルカ・アルス)の最最下層に響いた。彼は、絶望に頭を抱え、ほこほこと湯気をあげる泉の前で小さくうずくまっていた。


「ほぉ。ここには温泉が湧いているんですね」


 ニールはそんなハムレットをいつものことのように完全に無視して、温泉に片手を浸していた。ひとすくいすると、ほんのりと硫黄が香る温かな湯が、指の間を滑り落ちるように流れていく。


「おや? ハムレットは何を嘆いているんだい?」


 フェリクスが、教会関係者をぞろぞろと引き連れて、男湯にやって来た。きょとんと小首を傾げる。


「温泉にオスしかいないのを嘆いているだけです」


 ニールは、スーツのポケットからハンカチを取り出して、手を拭った。フェリクスの疑問にも、さりげなく答える。


「フェリクス様!! なぜ温泉に男しかいないんですか!!? 」


 ハムレットは、ここのダンジョンマスターであるフェリクスに、すがるように詰め寄った。ハムレットの目には、すでに大粒の涙が浮かんでいた。


「あぁ、レイからね、男湯と女湯を分けて欲しいって言われたんだ。確かに、レイも年頃だからね。恥ずかしいと言われて、初めて気づいたよ。義親になると、こういうことも気遣ってあげないとなんだね」


 フェリクスは、レイにおねだりされた時のことを思い出したのか、はたまた義父として新たな発見があって新鮮味があったのか、ほくほくと嬉しそうに答えていた。


 バンッ! バンッ!


「この板が!! この板がっ……!!!」


 ハムレットは悲壮感たっぷりに声をあげ、渾身の力で男湯と女湯を隔てている壁を叩いた。その拳は、すっかり瑠璃紺色の鱗に覆われた水竜の腕に戻っていた。


 壁は、竹を並べたような柔な見た目をしていたが、ハムレットの攻撃はしっかり跳ね返していた。


「その壁もダンジョンの一部だからね。ハムレットの力でも壊れないようになっているよ」


 フェリクスが珍しく、哀れなものを見るような視線をハムレットに向けていた。


「あっ! ヴェロニカ、ポリー! 二人とも講習会に来てたんですね!」

「レイ、久しぶりだな」

「おひさ〜。年越しぶりだね〜」


 壁の向こうからは、レイたちのはしゃぐ声が漏れ聞こえてきた。


「うっ、うぅ……この壁の向こうには楽園が……レイの声が、レディたちの声が……」


 壁にギリリと竜の鋭い爪を突き立てて、ハムレットはゆるゆると膝を落とした。そのままうずくまるように、しくしくと泣き始める。


「大人しく諦めるんだな、ハムレット。この壁を越えて向こうに行けたとしても、オスはダンジョンの外に強制的に飛ばされる魔術がかかってる」


 ニールは目に魔力を込め、冷静に壁にかけられている魔術を分析していた。



***



「はぁ〜〜〜、気持ちいい……」


 講習会が終わると、レイは温泉に入りに来ていた。


 勉強後の温泉は、じんわりと身体と手足を温め、レイの心も蕩けさせていた。

 ほのかな硫黄の香りも、顔をすすいで口の中に入ってしまった塩辛い味も、元の世界で家族で行った温泉旅行を思い出させるようで、レイの胸のあたりには懐かしくて少し切ない感覚が広がっていた。


(こっちの世界にも温泉があるだなんて……! また来たいけど、ダンジョンの最最下層じゃなぁ……)


 フェリクスに温泉設備をガッチリ整えてもらったため、脱衣所は広々として小綺麗で、泳げるほど広い露天風呂はのぞきの心配も無い。

 ただただほっこりとした癒しだけが、ここにはあった。

 レイはこのままふにゃふにゃにふやけっ切ってしまってもいいと、心地良く目を閉じて、あご先までぶくぶくと湯に沈んだ。


 講習会の最後にフェリクスがここの温泉を宣伝したおかげか、女湯には他の参加者たちも浸かりに来ていた。

 元がだだっ広い温泉のため、何十人が入っても、まだまだのびのびと広く利用できていた。


 不意に湯がザバザバと波打ち、誰かがレイの近くを通り過ぎようとしているのを感じた。


 レイが目を開けると、見知った顔だった──ユグドラの管理者のヴェロニカとポリーだ。


「あっ! ヴェロニカ、ポリー! 二人もと講習会に来てたんですね!」

「レイ、久しぶりだな」

「おひさ〜。年越しぶりだね〜」


 レイが声をかけると、二人もレイの方を振り返った。


 ヴェロニカがレイの近くに胡座をかいて座ると、手のひらサイズの妖精のポリーは、ヴェロニカの肩に腰かけたまま半身浴のような形で湯に浸かった。


「ユグドラの管理者は、他にも誰か来てるんですか?」

「ああ。ウィルとエルネストが来てるはずだ」


 レイが尋ねると、ヴェロニカがさらりと答えた。


 ヴェロニカは、ワタリガラスの魔物だ。人型は、レイの元の世界でいう宝塚の男役のような、凛々しくてかっこいいお姉様だ。黒髪ショートヘアに青い瞳をしていて、長身の伸びやかなスレンダー体型をしている。


(参加人数が多すぎて、全然気づかなかった!)


 レイは温泉から上がったら、後で挨拶に行こうと決めた。


「『ダンジョン管理士』って称号があるなんて、初めて知ったよ〜! 素材集めでちょくちょくダンジョンには潜ってたから、超ありがたいよ〜!」


 ポリーは、小さな足ではしゃぐようにパシャパシャと湯を蹴った。


 ポリーは、錬金鍋の妖精だ。ライラック色のふわふわボブヘアに、桃色の垂れ目をしていて、お人形のように可愛らしい女の子の見た目だ。妖精の羽はアゲハ蝶型で、パタパタと動かす度に、温泉の飛沫が細やかに散っていた。


「あらあら。あなたたちはエルネストの同僚の方たちかしら?」


 レイたちは、不意に声をかけられた。振り返ると、そこには緑色の髪をアップにし、頭にタオルを載せている女性がいた──彼女のパッチリと大きな黄金色の瞳には、小さく星々が煌めいていた。


(魔物か精霊の女王様!? ……それにしても、この顔はどこかで見たことがあるような???)


 レイはちょっぴり警戒しつつ、「そうです」と頷いた。


「そういえば、私ったら自己紹介がまだだったわね。私は癒しの精霊女王のユーフォリアよ。エルネストの姉なの」


 ユーフォリアが、鈴を転がすような可愛らしい声で自己紹介した。


「私は、ユグドラの魔術研究所所長をしているヴェロニカです。肩に乗っているのは、副所長のポリー。それから、彼女は三大魔女のレイです」


 最年長のヴェロニカが、まとめて紹介してくれた。


「まぁ。もしかして、あなたが噂の……?」


 ユーフォリアはレイの顔をじっと見つめ、口元を指先で押さえて呟いた。


「噂、ですか??」


 レイは目をしぱしぱと瞬かせた。


「私、時折、聖鳳教会を訪れるの。その時に、フェリクス様に義娘ができたと耳にしたのよ。非常に強い聖属性の魔術を使うと聞いてはいたけれど、三大魔女だったのね」


 ユーフォリアは感心しつつ、おっとりとレイの顔を覗き込んだ。


 レイも思わずじっくりと、彼女の顔を見返した。その時、レイの中で、ピンッ!と点と線が繋がった気がした。


(そっか! 癒しの精霊女王様は、確か教会では女神サーナーティアとして崇められていたはず! 言われてみれば、サーナーティア様の像とそっくりかも!)


「ユーフォリア様も称号を目当てに?」

「う〜ん、私はどちらでも良かったのだけれど、弟たちが参加するというから、せっかくだしついて来たの。でも、来て正解だったわ。こんなに気持ちいい温泉に浸かれるなんて、思わなかったもの」


 ヴェロニカに訊かれ、ユーフォリアはおっとりと答えた。片手で湯を掻き、白く細い肩に流しかける。


「温泉いいですよね〜! お肌もほっぺたもつるつる!」


 ポリーは、小さな頬をもちもちと両手で挟んだ。


「このままでもお肌に良いけれど、こうしたらどうかしら?」


 ユーフォリアは少しいたずらっぽくふわりと微笑むと、両腕を広げて優雅に湯の中を舞うように滑らせた。

 金色と緑色の細やかな光が、彼女を中心に同心円状に温泉の湯を伝って広がっていく。


 無色透明だった湯の色が、キラキラと金粉が舞う緑色に変わっていった。ツンと鼻を突く硫黄の香りも薄れて、薬草のような落ち着いた清々しい香りへと変わっていた。


「わぁ……!!」

「すごいな、これは!」

「綺麗〜!!」


 レイたちはキラリと瞳を輝かせ、魔法のように色が変わった温泉に感動していた。


「これでお肌もしっとりつやつやになるし、怪我や病気にも効くわ。そうねぇ、『エリクサーの湯』と言えばいいのかしら?」


 ユーフォリアは、片頬に手を添えて、ゆったりと口にした。


「えりくさーの湯……?」

「えっ!?」

「本当!?」


 レイは呆気に取られて目をぱちくりさせ、ヴェロニカとポリーは好奇心からユーフォリアの方へ身を乗り出した。


「姉上ェッ!? 何されたんですか!?」

「これは絶対に姉上の祝福でしょう!? 何勝手に他人(ひと)のダンジョンに付与してるんですか!?」


 男湯と女湯を隔てる壁が、ドンドンッと激しく叩かれた。


「あらあら、まあまあ。エルネストもユリシーズも、そんなに慌ててどうしたのかしら?」


 ユーフォリアは、壁の方にザパザパと近寄って行くと、おっとりと返した。


「「姉上のせいですよ!!」」


 エルネストとユリシーズの嗜める声が、壁の向こうから綺麗に重なって聞こえてきた。


(ユーフォリア様ってもしかして、かなり天然なのかなぁ?)


 ギャーギャーと壁を挟んで騒いでいる姉弟たちを、レイはぽかんと眺めていた。


「これは素晴らしい素材だ! 新たなアイディアが次々と湧いてくる!」

「やったね! 早速サンプルを確保して、研究所に持って帰ろうよ!」


 ヴェロニカもポリーも、祝福が付与された温泉水を、いつの間にか取り出していた大きなガラスボトルに採取していた。

 彼女たちの目は、研究者らしく怪しくギラギラと輝いていた。



 こうして、最難関ダンジョン「魔術師の技巧箱」の最最下層に、知る人ぞ知る秘湯「エリクサーの湯」が誕生したのだった。




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