目指せ!ダンジョン管理士!2
「ちょっと! これ、指定禁止魔道具じゃない!? これを持ってるだけで、殺人の意思ありとみなされて、殺人未遂容疑で投獄されるやつよ!」
看守長のマリーは、銀色の招待状のような封筒を手に取ると、わなわなと震えて叫び出した。
テオドールとライデッカーは、レイが消えてしまった後、すぐに王国騎士団に通報していた。
調査に訪れた王国騎士のうちの一人が、原因となる銀色の封筒を目にした瞬間、顔色をみるみるうちに青ざめさせて、国王直属の組織である「影」に連絡を入れたのだった。
王国騎士たちの調査と入れ替わりで所長室にやって来たのは、看守長のマリーと、彼の弟で看守のルイスだった。彼らは、看守をする傍ら、影の構成員も勤めていた。
看守長のマリオ・ギャレット──通称「マリー」は、令嬢のように毛先まで手入れされた金髪をなびかせ、いつも女性ものの看守服を着ていた。背は高いが、線が細く、彫刻のように整った顔立ちのため、化粧をしていても特段違和感はない。
弟のルイスは、マリーよりも頭一つ分背が高く、がっしりとした体格をしていた。短く刈り込まれた金髪は清潔感に溢れていて、同じく彫刻のように整った顔立ちだが、こちらは非常に男性的で、ハンサムだ。
「……取り乱してしまい、失礼しました。これは『銀の召喚状』と呼ばれているものですね」
マリーはコホンと小さく咳払いをして気を落ち着けると、ネイルまで綺麗に磨かれた指先で、応接スペースのローテーブルの上に銀の召喚状を置いた。
自然と、その場の全員の視線が、銀色の封筒に集まる。
「銀の召喚状とは? それに、指定禁止魔道具ということは、かなりの危険物なのだな?」
「そうです。他国で王族や要人がこれを使われて、二度と戻って来なかったそうです。その危険性が認められて、ここ数年、各国で所持を禁止する動きが出てきたため、つい最近になってわが国でも指定禁止魔道具に指定されました」
「そうだったか……どこへ召喚されたかは分かっているのか?」
「それが……ターゲットを召喚した後は、自動で魔術痕跡が消されるように仕組まれているそうで、魔術師たちも全く解析ができない状態だとか……」
テオドールの質問に、マリオは眉を薄くひそめて説明していった。
「それでは、レイ嬢がどこへ飛ばされたのかは、分からないのだな?」
テオドールは、「ふぅ」と重々しい溜め息を吐くと、呻くように背中からソファに沈み込んだ。片手を額と目元に、もう片方の手で胃のあたりをぐっと押さえている。
「レイちゃん……」
レイの友人であるマリーも、悔しげにローズ色の唇を噛んだ。
「テオ、落ち着け。レイちゃんなら転移も結界も使えるはず! そのうちひょっこり戻って来るかもしないぞ?」
テオドールの隣に座るライデッカーが、元気づけるように声をかけた。彼らしく、やけに楽天的な希望だ。
「ジーン……それでは間に合わないだろう……」
「ゔっ!」
テオドールは額にかざした方の手を下ろすと、青い顔で指摘した。
ライデッカーも何かに気づいたようで、一気に言葉を詰まらせた──二人は、王国騎士だけでなく、とある人物にも緊急連絡していたのだ。「レイが召喚されてしまった」と。
「殿下。顔色が優れないようですが、大丈夫でしょうか? それにライデッカー卿も、なんて顔をされているんですか?」
──マリーが気遣った瞬間だった。
ギギギ……
不意に、所長室の扉が、これ以上ないほど軋み、重苦しい音を立ててゆっくりと開いた。
その場にいた全員が、異様な雰囲気を察知して、バッと出入り口の方に振り向く。
「おや? 第三王子殿下とライデッカー卿だけかと思いましたが、他にもお客様がいらっしゃるようで」
扉から顔を覗かせたのは、漆黒の髪をウルフヘアにした絶世の美貌の麗人だった。彼は、星々が煌めく色鮮やかな黄金色の瞳を怪しく光らせ、所長室内を一瞥した。
彼が一歩、また一歩と室内に歩みを進めると、部屋の中の空気は一段と濃度と重みを増し、影はより色濃く深くなり、背骨をへし折りにくるかのような重圧が、その場にいた全員にのしかかった。
(((ヒィッ!! 魔王降臨ッ!!?)))
テオドールもライデッカーもルイスも、異様な魔力圧に肌が粟立ち、体の芯から震えがくるほどの恐怖を味わっていた。
「キャーッ!! バレット様!? まさかこんな所でお会いできるなんてっ!!!」
ただ一人、マリーだけが両頬を押さえ、歓喜の黄色い声をあげていた。
***
「……これは、銀の召喚状ですね」
「まぁ! バレット様はご存じでしたか!?」
「ええ、噂はかねがね。実物を見たのは初めてですが」
ニールは一人がけのソファにゆったりと腰掛けると、テーブルの上に置かれた銀色の封筒を一瞥した。
「これでしたら、そろそろ連絡があるかもしれませんね……おや? ちょうどきたようです」
ニールが青色の平べったい通信の魔道具をスーツのポケットから取り出すと、ちょうど明滅を始めたところだった。
『ニール、今、大丈夫ですか?』
通信の魔道具から、可愛らしい声が聞こえてきた。
「どうした、レイ? 大丈夫だよ」
ニールもさっきまでの不機嫌そうな魔力圧をスッと抑え、優しく穏やかな声のトーンで訊き返した。
『実は、ダンジョンの最下層に飛ばされてしまいまして……』
「……ダンジョンの、それも最下層?」
ニールの笑顔がピシリと固まった。ブワッと不穏な魔力が、また彼の足元から放たれる。
ニールもライデッカーもルイスも、重苦しい魔力に身動き一つ取れず、ただただ顔色を悪くしていた。
マリーだけが瞳を煌めかせ、嬉々としてニールの顔面をつぶさに観賞して悦に浸っていた。
『あっ! 義父さんのダンジョンだったので、大丈夫でしたよ!』
通信の魔道具越しなのに、レイは何か不穏な空気を察知したようで、慌ててフォローを始めた。
((((義父さんのダンジョンだから、ダイジョーブ……???))))
ニールを除いて、その場にいた全員の頭の上に?マークが浮かんだ。
ダンジョンは決して個人で所有できるようなものではない──「言葉は分かるが、理解できない」といった状態だった。
『レイが僕のダンジョンに来たからね。十日ほど預かるよ』
その時、別の声が通信の魔道具から聞こえてきた。春の陽だまりのような、のほほんと穏やかな声音だった。
「フェリクス様のダンジョン……いくつもございますが、どちらのダンジョンでしょうか?」
『魔術師の技巧箱だよ。みんなレイのことを気に入ってくれたみたいで、おもてなしするって張り切ってるよ』
義娘が気に入られて嬉しかったのか、フェリクスの声は朗らかに弾んでいた。
『そうそう。召喚状の効果で、十日間は転移も召喚もできないからね』
「「「「「!?」」」」」
フェリクスからの追加情報に、その場にいた全員が息を飲んだ。
「銀の召喚状に、そんな効果が……」
「これでは、飛ばされた相手をこちらで召喚して取り戻すことは、不可能ですね」
マリーの呟きを、弟のルイスが拾った。
ニールは顎に軽く指先を添えると、確認するように、通信の魔道具に向かって尋ねた。
「……『十日ほど預かる』ということは、レイはその間は転移魔術も召喚魔術も使えない、ということですね?」
『うん、そうだね。だから、こちらで面倒をみるよ』
「かしこまりました。それでは、もし何かレイが入り用の物があれば、フェリクス様にお渡しすれば?」
『そうだね。あとで確認して連絡するよ』
「かしこまりました」
ニールが丁寧に返すと、そこでプツリと通信が途絶えた。
レイの安全が確かめられて安心したからか、それともニールから漏れ出ていた不穏な魔力が引っ込んだからか、誰からともなく深い溜め息がその場に漏れた。
「それでは、こちらでは、なぜレイがダンジョンに召喚されることになったのか、詳しい経緯を確認いたしましょうか?」
「「「……!!!」」」
ニールは全く目元が笑っていない微笑みで、テーブルを囲うメンバーをぐるりと見回した。
三人の男たちの肩が、捕食者に追われて怯える小動物のようにビクッと微かに跳ねた。
マリーだけが「そうですね、是非♡」と頬を染めつつ、上機嫌に答えていた。




