目指せ!ダンジョン管理士!1
「ヘぇ~、『冒険者チームの迷宮攻略魔術師会が、バルゼビス王国にある最難関ダンジョン魔術師の技巧箱の三十階層に到達』……ほぅ、よくやるねぇ~」
珍しく、ライデッカーが新聞を読んでいた。
ドラゴニア王立特殊魔術研究所の所長室にあるいつものソファで長い脚を組み、バッサバッサと新聞を広げていた。
レイはちょうど、ドラゴンスレイヤーの件を報告しに所長室に来ていた。
この部屋の主人のテオドールは、自身のデスクで書類にサインをしているところだった。
「最難関ダンジョン?」
レイは、ふと気になって訊き返した。
テオドールが、目を通していた書類から視線を上げる。
「隣国バルゼビスにあるのだ。ダンジョンが生まれてニ百年経つそうだが、いまだ人類が到達できたのは三十階層まで……ここまで難関なダンジョンは他に類を見ないそうだ」
「第一階層からえげつないトラップが、わんさか張られてるんだって。隣国でもトップレベルの魔術師がパーティーを組んで攻略に挑んでるらしいんだけど、魔術ギミックが多すぎて、次の階層に進むのも一苦労なんだって!」
「そうしてついたダンジョン名が『魔術師の技巧箱』だそうだ。最低でもAランク冒険者にならないと、挑戦できないように規制されているらしいな」
テオドールとライデッカーが、交互に説明してくれた。
「そうなんですね」
(最難関ダンジョン……私だったら、そんな所に行ったら、すぐに死んじゃいそうかも。絶対に立ち入らないようにしよう)
レイは想像しただけで、ぷるりと震えた。
そして、果敢にもそんなダンジョンにチャレンジし続ける冒険者たちに、畏敬の念を抱いた。
「あの、ゴリッツ領のドラゴンスレイヤーの件ですが」
「ああ、そうだったな。報告を頼む」
レイが報告しようとすると、テオドールは話を促すように相槌を打った。
レイが一通り報告をし終えると、コンコンッと所長室の扉が叩かれた。続いて「本日のお手紙です」と声が聞こえてくる。王宮に勤める手紙配りの使用人が、やって来たようだった。
「入れ」
テオドールが淡々と返事を返した。
ライデッカーが手紙を受け取りに、ローテーブルの上に読んでいた新聞を置いて、出入り口の方に向かう。
「今日もそこそこ届いてるな。全部テオ宛てだ」
ライデッカーは、受け取った手紙の宛名を軽く確認しつつ、テオドールの前までやって来た。空いている机の上に、バサッと手紙の束を置く。
「ありがとう」
テオドールは、デスクの引き出しから真っ黒なペーパーナイフを取り出すと、封を切り始めた。
(む? 銀色の封筒??)
レイはふと、ある手紙に目が吸い寄せられた。
艶消しがされた銀色の封筒は、厚みのある上等な紙質で、まるで何かの招待状のように見えた。
(所長宛てだから、夜会とかの招待状かな?)
レイがなんとはなしにその封筒を目で追っていると、テオドールがそれを手に取った。
封の隙間にペーパーナイフを入れ、手慣れたように中の便箋を取り出す。
「……うん? これは?」
テオドールが三つ折りになった便箋を開こうとした瞬間、レイの目には禍々しくも色鮮やかな魔術陣が見えた。
「所長! 危ないっ!!」
レイが手を伸ばした瞬間、魔術陣はテオドールではなく、いきなり飛び込んで来た彼女の方を吸い込んだ。
一瞬、目も開けていられない程の閃光が、所長室内に放たれた。
「レイちゃんんんっ!!?」
「レイ嬢!?」
ライデッカーとテオドールが目を開けた時には、すでにレイはその場から消え去っていた。
「「王都が吹き飛ばされるっ!!!」」
一拍置いた後、テオドールとライデッカーの悲痛な叫び声が、黒の塔最上階に響き渡ったのだった。
***
「みゃっ!? 痛たぁ……ここ、どこ?」
レイはポーンッと放り出された。勢いよく地面にズシャッと倒れ込むと、湿った土と水の香りが鼻をついた。
むくりと起き上がると、そこは全く見慣れない場所だった。
どこかの洞窟内のようなだだっ広い空間で、高い天井には光の魔石の結晶が鉱床のように広がり、柔らかい光が木漏れ日のように降り注いでいた。
左右の壁からは何本も細い滝が噴き出しており、レイが今いる離れ小島のような地面の周りには、深い湖水が取り巻いていた。
「……これ、まさか転移の魔術陣?」
レイは自分の足元に目を落とした。
ドラゴニア王都の転移門でも似たようなものを見たことはあったが、ここのはそれ以上に複雑で精緻で巨大だった。
「とにかく、ここから出ないと……」
(魔力も異様に濃いし、おそらく高ランク魔物がうじゃうじゃいるのかも……)
レイは、パチンッと両手で自分の頬を叩くと、気合いを入れ直した。
干渉されると困ると思い、レイは魔術陣から離れて転移魔術を発動した。
ポスンッと間の抜けた音だけが響いて、魔力が霧散する。
「嘘っ!? ここ、転移が使えないの!!?」
レイは頭を抱えて叫んだ。
(場所を変えれば転移できるかも!?)
レイはキッと周囲を見渡した。
この小島から出る道は二本──レイから見て、前方と後方に、壁にできた洞穴へと通じる道が伸びている。
レイがどちらの道にしようか迷っていると、彼女の右斜め前、数メートル先にパッとスポットライトが当たった。
「クククッ。よく来たな」
さっきまで誰もいなかった場所に、いきなり人──いや、異形の者があらわれた。
がっしりと筋肉質な男で、首から上には狼の頭が三つ付いていた。尾にも蛇のような頭が付いていて、獲物を狙うかのように、レイにじろりと睨みをきかせている。
「久しぶりの来訪者ね」
レイの右斜め後ろに、スポットライトが当たった。
急に別の声がして、レイは目の前の男を警戒しつつ、横目で確認する。
今度は美しい女性のようだった。ただ、彼女の波打つような長い髪は、ゲル状の半透明だ。毒々しい紫色に蛍光色のライム色がまだらに入っていて、ライム色の部分は、蛍のようにぼうっと光っている。
「例の召喚状の客か」
レイの左斜め後ろに、スポットライトが当たった。
レイも左手後ろ側に視線を移す。
一際大柄で厳つい男だ。極太の腕だけでなく、鼻の頭から額にかけて鎧鱗が生えている。頭にも二列に並んだ鋭い棘のような角が生えていて、岩竜のように硬そうな尾をゆったりと揺らしている。
「それなら今宵はパーティーだな」
レイの左斜め前に、スポットライトが当たった。
細身でかなり長身の男で、貴族風の服を着ている。背中には極彩色の大きな羽が生えていて、頭には真っ赤なとさかが生えていた。
(マズい! 囲まれた!! それに、絶対みんな高ランク魔物だ!!!)
レイはぎゅっと身を固くした。
異形の者四体からは、レイが今まで出会ってきた高ランク魔物と同じようなプレッシャーを感じられた。
そして、レイ自身に、大きく眩いスポットライトが当たった。
「!!?」
一気に背筋に冷たい怖気が駆け巡り、レイはたまらず真後ろをバッと振り返った。
誰もいなかったはずのそこには、音もなく執事服を着た男が大きな花束を抱えて立っていた。
怜悧に顔が整った男の頭からは、ヤギのような角がスッと伸びていて、こちらを見下ろす彼の瞳孔は横型だった。そして、彼の背中からは、竜のような羽が生えていた。
「ようこそお越しくださいました、フェリクス様のお嬢様。ここは、フェリクス様がお創りになられた最新の箱庭。ダンジョンの魔物一同、貴女様を歓迎いたします」
「えっ……?」
執事服の男にいきなり花束を差し出され、レイは混乱しながらも反射的に受け取ってしまった。花束の瑞々しくもほのかに甘い香りが、まるで夢か幻のように鼻先をくすぐる。
パチパチパチパチパチ……
レイが花束を受け取ると、五人の異形の者たちの、ささやかな拍手の音が洞窟内に響いたのだった。
※今週は金・土に投稿予定です。




