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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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弟子取り

 ゴリッツ領から戻って来た次の日には、レイは黒の塔に出勤していた。

 久々に軍服風の黒いワンピースに袖を通し、ケープ型の制服のコートも羽織っていた。


(この制服を着ると、気持ちがシャキッとするな~。キリッとしててかっこいいし)


 レイは足取りも軽く、職場へと向かっていた。


(あれ? あの人は……?)


 レイが二階建ての古めかしい洋館の裏手に回ると、呪い魔術で黒ずんだ高い塔の前に、一人の男性が佇んでいるのが見えた。


 銀髪を長く伸ばした若い男性で、大扉の前で塔を見上げていた。彼が着ている王宮魔術師団の制服のローブは、団長職を示す紫紺色だった。


「あれ? イリアス魔術師団長ですか? ご無沙汰しております」

「お久しぶりです、メーヴィス魔術伯爵」


 レイが声をかけると、イリアスはくるりと振り返り、柔らかく微笑んで挨拶を返した。


「ここでお会いできたのは、ちょうど良かった。そろそろ弟子入りの件について、回答をもらえないかと思いましてね」


(ああああ……! すっかり忘れてた!!)


 イリアスの言葉に、レイは内心がばりと頭を抱えた。


「黒の塔に確認すれば、メーヴィス魔術伯爵はしばらく所用で出かけていると聞くし、今日くらいにはそろそろお戻りになられるかと思いまして」

「……!」


(ヒィッ! いろいろバレてる!?)


 イリアスがニコニコと告げると、レイは「ゔっ」と言葉を詰まらせた。


「こちらから弟子入りにあたっていろいろ提案もありますので、できればテオドール殿下も交えて、お話したいと思っていたのです」

「えっ、提案ですか……?」


(弟子入りの回答だけじゃなくて……?)


 イリアスの思わぬ言葉に、レイは目をぱちくりさせた。


「まずは殿下の元へ参りましょうか?」


 イリアスはここで提案内容を話すつもりはないようで、サクサクとレイを促して塔の中へと入って行った。



***



「? 珍しい組み合わせだな」


 第三王子で特殊魔術研究所所長のテオドールは、応接スペースに席を薦めると、さらりと感想を口にした。


 テオドールの向かいの二人掛けのソファにはイリアスが座り、一人掛けのソファには、レイとライデッカーがそれぞれ座っていた。


 所長室にレイとイリアスが珍しく連れ立って入って来たため、不思議に思ったようだった。


 イリアスは「ええ。ちょうどメーヴィス魔術伯爵と下で会いまして」と軽く返していた。


「それで、話とは?」

「メーヴィス魔術伯爵への私の弟子入りについてご回答いただきたいのと、その件につきまして、こちらからもご提案がありまして」


 テオドールに促され、イリアスは柔らかく社交的な笑みを浮かべて言った。


「まずは提案についてですが──」


 イリアスの提案は、シンプルなものだった。

 レイが彼を弟子にする対価として、彼女の研究を手伝うということだ──特に、王国騎士たちへ魔術指導する人員を、王宮魔術師団からも出す、という内容だった。


「王宮魔術師団の団員の中には、引退してから市井で魔術を教える者も多く、元々魔術教育に強い家系出身だったり、親類に魔術教師がいたりして魔術教育に興味がある者も多いです。王国騎士への魔術指導は、彼らにとっても良い経験になるでしょう」


 イリアスは、柔らかい声のトーンで、淡々と言葉をつづった。言葉も提案内容も押し付けがましくはないはずなのに、そこには言外に、言いしれぬ圧が感じられた。


(((しっかり対策が取られてる……)))


 イリアス以外の全員の心の声が一致した。

 弟子入りのためにここまでするのかとも思われたが、提案自体は、レイと黒の塔の悩みを解決するもので、非常に魅力的だった。


(所長、どうしましょう……?)


 レイはサッと上司に視線を送った。まさか弟子入りのためだけにここまでされるとは思っておらず、困惑しきった表情だ。


 テオドールは王族らしく社交的な笑みを貼り付けたままだったため、感情はうかがい知れなかった。

 ただその視線からは、「君がさっさと回答しないから、外堀を埋められてしまったぞ」と呆れが滲んでいた。


「私としては良い提案だと思いますが。黒の塔の業務負担も減らせますし、魔術師団の団員たちにとっても良い機会になる。それに師匠……おっと失礼、まだでしたね……メーヴィス魔術伯爵もご自身の研究により集中できるでしょう」


 イリアスはもうひと推しとばかりに、さらに言葉を続けた。彼のニコニコとした笑顔からは、「え? まさか断りませんよね?」と聞こえてくるようだった。


 レイは、たまたま向かいに座っていたライデッカーと目が合った。彼の視線は「レイちゃん、これはもう断れそうにないよ~?」と苦笑いで語っていた。


(……ブレイザー侯爵からは、イリアス魔術師団長は魔術バカだと伺ってたけど、まさか弟子入りのためにここまで準備してくるなんて……)


 弟子入りの件を後回しにしていたレイは、イリアスの積極的すぎる行動力に若干引いていた。とりあえず、頭と気持ちを整理するためにも、おずおずと口を開いた。


「えっと、質問をよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」


 イリアスも一つ頷く。


「イリアス魔術師団長は、私の弟子になりたいとおっしゃってますが、私は何を教えたらいいのでしょうか?」


 イリアスは、このドラゴニア王国でも一番の魔術師だと言われている。そんな人物に、レイが何かを教えられるような気が、全くしていないのだ。


「そうですね、やはり無詠唱魔術は非常に魅力的ですね。詠唱を口にするのが魔術の基本ですが、それが不要になるだけで、戦闘でかなり有利に立てますし、戦略の幅も広がります。是非これは王宮魔術師団の他の団員たちにも訓練させたいですね。それから、魔術で作りあげた物体に、別の魔術を貼り付けるという技術──これは使用者は限られるでしょうが、決して不可能というわけはない。組み合わせ次第では、無限の可能性があります。体内の魔術操作についても、今はまだ研究の初期段階ですが、これから訓練方法と活用方法が確立されれば、今まで魔術を使えなかった層が魔術を使えるようになるだけでなく、魔術師全体の技術力向上にもつながりそうですね。……どれも魔術師としては、興味深いですし、使い方によってはこの国の魔術の発展に大きく寄与するでしょう」


 ペラペラペラリと喋りまくるイリアスに、レイたちはただぽかんと大きな口を開けて、置いてきぼりになっていた。


「イリアス魔術師団長の意見は分かった。それで、レイ嬢としてはどうなのだ? 黒の塔としては、他に教えられる人員を出せないし、王宮魔術師団の協力が得られるならありがたいのだが」


 テオドールはイリアスの語りを止めさせると、レイの方に視線を向けた。


 レイには、テオドールだけでなく、イリアスとライデッカーの視線も集中した。


(ゔぅっ、ここまでウィン・ウィンな感じで外堀りを埋められたら、ものすっごく断りづらい……)


 三人からじっと見つめられ、レイはたじたじになった。特にイリアスからは期待するような熱い視線を受けて、ジリジリと肌が焼かれるような感じさえしていた。


「……師匠は、私なんかが弟子になったら、困ってしまいますよね……」


 すると、誰も一言も発しない緊迫した空気の中、イリアスは急にしおらしい態度に出た。非常に残念そうに俯いたアメジストのような瞳は、若干水の幕をはらんでうるりと揺れていた──イリアスが元々優しげに整った顔立ちをしているせいか、まるでレイが何か酷いことをしでかしたかのような、彼を傷つけたかのような非常に儚げな雰囲気になっていた。


(ヒイィッ!! ざ、罪悪感がひどい……!!!)


 ズキンッ! と鋭い何かがレイの胸を突き刺した。


 ふとレイが他の二人に視線を向ければ、テオドールもライデッカーも、同情するような、憐れむような視線を彼女に送っていた。


「…………そんな、ことは、ないです…………」


 レイはたどたどしく否定した──イリアスの熱意に、完全に押し負けるような形になった。


「はあああっ! ありがとうございます! 師匠!!」


 イリアスは歓喜のあまり頬をバラ色に染め、思わずレイの両手を握ってぶんぶんと上下に振ったのだった。



***



(うぅっ、魔術を教えるったって、何を教えたらいいんだろう……?)


 レイはしょんもりと眉を下げながら、イリアスを塔の出口まで送っていた。


「おや? 師匠は何か考えごとですか?」

「その……呼び方は『師匠』になるんですか?」

「そうですね、事実ですし。あ、私のことは『イリアス』と呼び捨ててください。敬語も不要です。弟子ですから」

「……」


 うきうきと上機嫌に答える年上の成人男性な弟子に、レイは言葉を返す気力も出なかった。


「もちろん師匠がご不満なら、いつでも私を破門してくださってかまいませんよ。その際は、王宮魔術師団からの支援も止めさせていただきますが」


(……頷いてしまった時点で、完全に詰んでる……!!)


 レイは内心、頭を抱えた。

 上司のテオドールも巻き込んでしまった時点で、元々レイに拒否する選択肢はなかったのだと、改めて実感したのだった。


「イリアスは私が師匠で良かったの? 魔術理論は基礎しかやったことないし、普通の教え方がどんなのかも知らないし……」

「そんなこと存じ上げてます」

「ぞんじあげ……」

「それでも師匠の魔術はユニークです。他の誰かから教わることはできません。だから私はあなたを選びました」


 イリアスは、真っ直ぐにレイを見つめた。深いアメジストのような瞳は、一筋の芯が通っているような、落ち着いた力強さがあった。


「う〜ん、私は師匠初心者なので、どう教えていったらいいかは、相談して決めていきましょうか」


 レイは、彼の熱意を否定する程のものは持ち合わせてなかった。ただ今の自分にできることを提案した。


「ええ、それでかまいません」


 イリアスはふわりと微笑むと、自身の職場へと戻って行った。




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