剣闘大会8
「着いたぞ、降りろ」
「「ヘイ」」
数十分ほど走った後、馬車は急に止まった。
レイとマリアンヌは人攫いの男たちに担がれて、荷台を降りた。
(……もしかして、ここがアジト?)
高いモミの木々が黒々と影を落とす森の中の空き地に、野盗の拠点ができていた。
粗末なテントがいくつも立てられ、見張りをしている者、武器を磨く者、何やら賭け事らしきことをしている者たちなど、むさ苦しい男たちがたむろしていた。
(マズいかも……敵の人数が結構多い……)
レイは人攫いの男たちにバレないように、チラリチラリと周囲を見回した──少なくとも、十人以上はいそうだ。
レイとマリアンヌは、奥の方にあるテントに運ばれて行った──テントとは言っても、屋根があるだけの非常に粗末なものだった。
そこには、戦利品らしき武器や物資が置かれていて、レイとマリアンヌは雑に下ろされた。
「きゃっ!」
「うっ!」
身体のあちこちを打って、マリアンヌとレイは小さく悲鳴をあげた。
「そこでおとなしくしてろよ」
運んできた男はそれだけ言うと、さっさと別の所へ行ってしまった。
「ヒッヒッヒ。可愛い顔してんじゃねぇか」
「オイ、大事な人質だぞ。手ぇ出すなよ」
「ヘイヘイ。これがドラゴンスレイヤーっつうお宝に変わるんすね」
アジトにいた盗賊らしき男たちは、代わる代わる冷やかしにやって来た。
じろじろと不躾にレイを見つめる。
「そっちの袋は何すか?」
「こっちは……」
盗賊の一人が、返事も聞かずにずだ袋に手をかけた。袋の口を開くと、泣いているマリアンヌの顔が見えた。
「あん? どっちが領主の娘だ?」
「さあ? どっちだ?」
「まぁ、いいさ。違う方は売り飛ばせばいいんだ!」
グハハッ、ゲハハッと、盗賊たちの下卑た笑い声が広がった。
(このままここにいたらマズい……でも、こんなに注目された状態じゃ、マリアンヌ様を連れて転移しようにも、すぐに邪魔されそうだし……)
レイはままならない状況に、ギリッと奥歯を噛み締めた。
横目でマリアンヌの様子をうかがうと、彼女はせめてもの抵抗で、顔を見られないように必死に俯いているようだった。
『レイお嬢様』
『セーラ!?』
その時、脳内に念話が届いた。
そっとレイが自分の足元を確かめると、微かに影が揺らめいていた。
『私と琥珀がフォローします。結界を張ってください』
『分かった!』
レイの返事と共に、影からセーラとライオンサイズに戻った琥珀が飛び出して来た。
いきなり飛び出して来た魔物と人物に、野盗たちは驚いて「あっ!」と声をあげた。慌てて手近にあった武器を手にしようとするも、セーラと琥珀にすぐに蹴散らされる。
「野郎ども! 襲撃だ! ……ぐえっ!」
「何だ、この魔物は!? ぎゃあっ!!」
野盗どもの怒号と悲鳴が飛び交う中、レイは、自分とマリアンヌの周りにだけ結界を張った。
素早く魔術で腕を縛っていた縄を切ると、そっとずだ袋からマリアンヌを出してあげた。
「マリアンヌ様」
「……レイさまぁ……」
マリアンヌはぐしぐしと泣きじゃくりながら、ずだ袋から這い出て来た。ぎゅっと力強くレイに抱きつく。
「もう大丈夫ですよ。結界も張ってあるので、安全です」
「ううっ……ごめんなさい、私のせいでレイ様まで捕まって……」
「私は大丈夫ですよ、仲間も助けに来てくれましたし」
レイは安心させるように、マリアンヌの肩をそっと撫でた。小さな肩はずっと震えていて、幼い子供のようにとても頼りなかった。
(酷い……女の子がこんな目に遭ったら、怖すぎて泣いちゃうよ……)
レイは寄り添うように、ポンポンとマリアンヌの背中を優しく叩いた。
マリアンヌが泣いている分、レイの方は逆に「私がしっかりしなきゃ」という気持ちになっていた。
結界の外では、セーラと琥珀が、野盗たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げしていた。
Bランクの影竜であるセーラと、Aランク魔獣である琥珀にとって、人間の野盗など大した敵ではなかった。
セーラは侍女のお仕着せのスカートをひるがえし、野盗たちを次々と蹴り飛ばしていた。
琥珀も、素早いしなやかな動きで野盗たちを翻弄し、猫パンチで容赦なく沈めていく。
マリアンヌが少し落ち着きを取り戻した頃には、いつの間にか倒された男たちの山ができていた。
「セーラ! 琥珀!」
「レイお嬢様」
「グルル……!」
レイが二人に声をかけると、セーラと琥珀がすぐに駆け寄って来た。
セーラはキリッと背筋を伸ばして主人に仕えるようにしゃがみ込み、琥珀は甘えるように大きな頭をぐりぐりとレイに押し付けてきた。
「わっぷ! 二人とも、怪我はない?」
「この程度の下郎、問題ございません。お嬢様こそお怪我は……?」
「ううん、大丈夫。怪我してないよ」
「それから、レヴィが騎士たちを誘導して、迎えに来る予定です。それまでに奴らを捕縛しておきます」
セーラがキビキビと答えた。凍えるような異様に冷たい視線を、伸びている盗賊たちに向ける。
「うん、お願い。それで、剣闘大会の方はどうなったの?」
レイは、ぐしぐしと琥珀の頭を撫でながら尋ねた。
元のサイズに戻った琥珀は、いつもよりも低く盛大なゴロゴロ音を鳴らしていた。
「剣闘大会は急遽、中止になりました。ヴォルフェン騎士団も、救出部隊を編成したり、賓客や観客を会場から安全に帰すために、大忙しですよ」
「……そう……大会は中止になったのね……」
セーラの報告に真っ先に反応したのは、マリアンヌだった。肩の重荷が下りたかのように、へなへなと全身のチカラが抜けて、ペタンと地面に座り込む。
「マリアンヌ様……本当は、大会で婚約者が決まってしまうのは、嫌だったんじゃないんですか?」
「えっ!? えぇ、まぁ、そうね……」
レイがへにょりと眉を下げて尋ねると、マリアンヌはもじもじと顔を赤らめて俯き、歯切れ悪く答えた。
どこかそわそわと落ち着かない雰囲気で、レイから視線を逸らしている。
(やっぱり! マリアンヌ様は、手紙では元気そうだったけど、実際にお会いしたら具合が悪そうだったし、きっとずっと思い悩まれてたんだ……)
レイは、攫われたことは不運だったけど、結果として大会自体が中止になったことは、マリアンヌにとって良かったのかもしれないと思った。
「でもこれで、無理に結婚する必要はなくなりましたね」
「え、えぇ。そうですわね……」
レイが慰めるように言うと、マリアンヌは目を泳がせつつ頷いた。
その時、大量の馬の蹄がこちらに向かって来るような音が、森の木々にこだますように聞こえてきた。
「……やっと迎えが来たようですね」
セーラは、ギッチギチに野盗たちを縛り上げて、やれやれと呟いた。




