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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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魔動絵本5

 フェリクス、レイ、レヴィはカパルディアの街にくり出した。


「今は定期市の時期じゃないのが残念だね。気球も朝しか飛ばないし」


 ホテルを出てきたものの、う〜ん、とフェリクスが顎に手を当てどこに行くか悩んでいる。今日一日は調査予定だったため、観光の予定は立てていなかったことも原因だ。


 カパルディアの魔術用品の定期市は年二回、春と秋に開催される。今年の春の定期市は既に開催済みで、次回はまだ少し先だ。


 気球は、気流の関係で安定して飛べる早朝にしか飛ばない。人気で予約もいっぱいなため、予約無しの場合、乗れるかどうかは運次第だ。


「そうしたら、僕が乗せようか?」

「前みたいな錐揉み飛行は嫌ですよ!!」


 レイは目を剥いて即座に反応した。あの恐怖体験後、レイはぐったりしてしばらく食欲が出なかったのだ。


「今回は観光だからゆったり飛ぶよ。あの飛行方法だと景色が楽しめないからね」


(それなら大丈夫かな……)


 フェリクスには前科があるので、レイはやや不安だ。レヴィの意見も聞いてみようと、レイはレヴィの方を見た。


「レヴィはどう?」

「滅多にない機会なので、是非」


 レヴィは新しい体験にわくわくと目を輝かせている。


「レヴィも楽しみみたいですし、お願いします」

「それじゃあ、ちょっと郊外の方に行こうか」



「フェニックスの状態で出たら、みんな驚いちゃうからね。周りには僕たちの姿は見えないようにしとくよ」


 フェリクスは幻影魔術を自らの周りに展開すると、ゴーグル、安全ベルト、二人乗りの鞍を空間収納から出し、鳥型に戻った。


 白銀の羽や見事な飾り羽に、黄色やオレンジ、朱色や赤など幽玄の炎が煌めくさまは、いつ見ても天上の生き物のようで美しい。


 レイはレヴィと一緒にその天上の生き物に鞍を取り付け、安全ベルトでしっかり固定し、二人して跨った。仕上げにゴーグルをして準備完了だ。


『レヴィ、レイが飛び出さないようにしっかり押さえてあげて』

「かしこまりました」


 レヴィがレイの後ろから腕で囲い込むようにがしりと押さえると、フェリクスはふわりと音もなく乾いた空へと舞い上がった。


『すごい! すごい!!』

『絶景ですね』


 空へ昇る前の低いテンションとは打って変わって、レイは大興奮だ。

 レヴィも珍しく弾むようなニュアンスの念話だ。


 山脈のようなゴツゴツとした岩山が下に見え、所々、窓や出入口用の穴が空いており、小さく人々が行き交っているのが見える。さまざまな奇岩が街並みと一体化して、緑は少なめだが、ミニチュアガーデンのような眺めだ。


 夕暮れに向けた時間帯なので、空の空気はどんどん気温が下がってきている。

 前回みたいに風圧を強く感じないのは、フェリクスが観光用にゆったり飛んでくれているからだ。


 羽ばたく度に羽先の炎の揺らめきが散り、空の遊覧を殊更に幻想的なものにしている。

 岩や地や砂の精霊たちも、気球以外の遊覧物が珍しいのか、ふわりと浮かんでは明滅し、興味深そうにこちらを見ている——空から見ると奇岩の周りに小さな光の花が咲いているようだ。


『精霊たちが何だか反応してます! こちらが見えてるのでしょうか?』

『玉型の精霊には何か分かるのかもね。彼らは神秘の生き物だし、限りなく自然に近いから、人や魔物でも気づきにくい微妙な変化にも気づくことがあるんだ』


 街から外れた所にある大きな奇岩群は空から見ても雄大で、観光客たちがトレッキングやハイキングを楽しんでいるのが見える。


 滑らかな表面でぽこぽこと湧き水が立ち上がったような岩群、海の渦潮のようにとぐろを巻いた荒々しい奇岩、小さなゴツゴツとした棒状の奇岩が広範囲に渡って林立ちになっている奇岩群、テラコッタと淡いグレー色の岩がマーブル状に入り乱れた奇岩や、さまざまな色の岩が階層状になった奇岩などもある。


(これを全部、岩竜王様が? スケールが大きすぎる!)


 見渡す限りの乾いた大地に、奇岩が点在し、観光客たちも点々と見える。

 地平線もオレンジ色になり始め、空の高いところは濃い青から藍色に染まってきている。


 雄大な大地の景観に、レイも息を呑んで眺めた。



『少しサービスしようかな』


 フェリクスも奇岩地帯の遊覧飛行に気分が上がってきたのか、不穏な一言を放った。


 フェリクスは速度を上げた。レイとレヴィは、慣性に従ってガクンと前後に揺れた。


「きゃーーーーーーっ!!!」

「はははははっ!!」


 フェリクスは、狭い岩山の間をすり抜けようと、羽を上下の位置にしてギュンッと素早く飛び抜けた。

 岩山を抜けた直後にぐいんと急上昇し、一回転、二回転とぐりんぐりんと縦回転をしつつ、さらに高度を上げる。


 高度を上げられるだけ上げ切ったら、一度羽ばたきを止め、一瞬空中に停止したようなふわりとした浮遊感が包み込む時間が流れた。


 フェリクスはその長く優美な首を下に向けると、加速したまま急降下し、奇岩群の間を縫うように、ザザザザザッと超低空飛行をした。

 奇岩群をいくつも高速で抜け、ザアッと風も巻き上げてフェリクスが上空に舞い上がると、岩や地、砂の精霊たちが拍手喝采したようにぶわりと浮き上がり、強く明滅した——彼らなりのスタンディングオベーションのようだ。


 レイたちの姿は見えていないが、精霊が見えている人たちは、急な強風と精霊たちの変化にびっくりしている。


 前回よりは激しくないが、十分ジェットコースターの勢いだ。

 アクロバット飛行中、レイはずっと叫んでいて、レヴィはずっと愉快そうに笑っていた。


 絶叫アクロバット飛行の余韻でぜいぜいと荒い息を吐きつつ、こんなに大笑いしているレヴィは初めて見たかもしれないとレイは思った。



「もうっ! 何てことしてくれてるんですか! びっくりさせないでください!!」


 レイが、ぷくぅっとむくれつつ、人型のフェリクスの背中をバシバシ叩いている。


「ふふ、ごめん、ごめん」


 フェリクスは始終嬉しそうで、言葉の割に反省の色は全く無い。


「ご主人様たちと一緒にいろいろな生き物に乗ってきましたが、フェニックスは初めてです。今までで一番優雅な空旅です」


 レヴィが笑いの余韻に浸りながら呟いた。


「あのアクロバット飛行が優雅?」


 気が立っているレイはじろりとレヴィを見た。


「今まで何度も過去のご主人様たちに振り回されてきましたからね、このぐらいでしたら何も問題ないです。それに、レイのためにゆっくり飛ばれたんでしょう?」


 レヴィがこともなげに言うと、フェリクスはうんうんと小さく頷いている。


 確かに、聖剣レーヴァテインことレヴィは、歴代剣聖のどんな剣技もどんな豪速剣もその全てを受けてきた身だ。このぐらいのアクロバット飛行は何でもないだろう。


 レイはその様子をげんなりと見つめていた。



***



 三人はホテルに帰ってきた。

 レヴィがほかほかと温かな包みを四つ持っている。

 レイがアクロバット飛行の謝罪として、フェリクスに買わせたケバブサンドだ。仕事中のアイザックも食べられるようにと、テイクアウトにしてもらった。


 謝罪用に買わせたはずなのだが、フェリクスはレイの滅多にないわがままに上機嫌だ。むしろご褒美になっていて、レイはこんなはずではなかったのに、と頭を抱えている。


 レイがホテルの部屋の木製扉を叩き「アイザック、戻りました」と部屋に入った瞬間、テーブルの上にあったはずの黒い本が部屋の中央に浮いており、バチバチバチッと電撃のような魔力の光を放った。


 あまりの眩しさにレイは目を閉じたが、ぐいっと胸ぐらを掴まれたかのように引っ張り込まれ、ぐるぐると洗濯機の中の洗濯物のように振り回された。


「レイッ!!」


 レイの後ろ側、遠くにフェリクスの叫ぶ声が聞こえてきた。



 レイがどさっと勢いよく放り出されたのは、草の生えた地面だった。

 雨と土の匂いが立ち込めるそこには、濡れそぼったアイザックがいた。


「レイ、何でこっち来ちゃったの!? 僕が心配で会いに来てくれたのは嬉しいけど!」

「……痛たた……ホテルの部屋に入ったら、本の魔術が暴走してて、巻き込まれたんです」

「ああ、ちょっと激しく本の中で魔術を使いすぎたかな……」


 アイザックが頬を人差し指で掻きながら、後ろめたそうに呟いた。


 少し丸みを帯びてデフォルメされた木や草が生えており、トーンは暗めながらも色鮮やかな世界だ。

 大粒の雨が降り注いでいるここは、ユークラストの水災の絵本の中だった。




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