職場復帰
レイは姿見の前でくるりと一回転した。
黒の塔の制服である軍服風のワンピースの裾が、ひらりと舞う。
(やっぱりこの制服を着ると、気持ちがシャキッとするかも!)
レイは気持ちを上げるように、にっこりと口角を上げた。鏡の中のレイも、可愛らしい笑顔になる。
サイドに編み込みが入ったポニーテールは、久々の出勤に気合いを入れるため、バレット邸の侍女に整えてもらったものだ。
最後に真っ黒なケープ型のコートを羽織ると、準備は万端だ。
レイは数ヶ月ぶりの職場復帰に、ドキドキと胸を高鳴らせた。
***
(わぁ〜、ここも変わってる!)
レイは目に魔力を込めて、自分の職場である黒の塔を見上げた。
以前よりも緻密で繊細な魔術式が、呪い魔術で黒ずんだ塔を取り巻いていた。
魔術式を避けるように大扉に近づき、力を込めて開く。
ギギギッと重そうな音が響き、見た目だけは見慣れた一階フロアに入った。
(見た目はどこも変わってないけど、魔術式がすごいことになってる……サイモンさん、かなり気合い入れて直されたのかも)
レイは一階ホールをぐるりと見回した。感心したように小さく息を吐く。
(とりあえず、まずは所長室に行って挨拶する感じかな?)
レイはひとまず、所長室の前へと転移した。
コンコンッ。
「入れ」
レイが所長室の古ぼけた木製扉を叩くと、中から男性の声が聞こえてきた。
「失礼します」
部屋の中に入ると、よくテオドールが使用していた執務机の斜め前に、横向きに新たに机と椅子が運びこまれていた。
赤茶色の髪の中年男性が、新しい席に座って仕事をしていた。書類から顔を上げると、訝しげに、部屋の入り口に佇むレイに視線を向ける。
「……誰だ?」
「レイ・メーヴィスです。職場復帰のご挨拶に参りました」
男性から怪訝そうに訊かれ、レイは淡々と答えた。
「あー、そっか……思ってたより来るのが早かったな。俺はここの副所長のジャロッド・キースリーだ。テオドール殿下が仕事で出られている時は、所長代理を務めることになった。よろしく」
ジャロッドに挨拶され、レイも「よろしくお願いします」と素直に頭を下げた。
「それで、メーヴィス嬢にはいろいろと聞きたいことがあったんだ」
「はい」
「まずは、殿下の王領行きの護衛を務めたんだろ? そのことについて簡潔に報告してくれ」
ジャロッドが尋ねた瞬間、執務室の扉がノックされた。ジャロッドが視線だけ出入り口に向ける。
レイも思わず、背後にある扉を振り返った。
「入れ」
ジャロッドが少しイラついたように答える。
ゆっくりと扉が開き、青白い顔に青紫色の長い髪の魔術師が顔を覗かせた。彼の色鮮やかな黄金眼は、爛々と煌めいていた。
「やあ、副所長、レイ。僕もその話が聞きたいな」
「……なんだ、サイモンか……聞くならさっさと入れ」
「はーい」
サイモンは気安く答えると、幽霊のように音もなくスーッと応接スペースのソファに座った。細く長い脚を組む。
レイは簡単に王領までの護衛の旅のことを報告した。
旅でのテオドールの様子や、道中ではあまり魔物に出会わなかったこと、盗賊団に出くわしたが、無事に切り抜けたことなどを話した。
もちろん、光竜王レックスがルーファスの代わりに勝手について来たことや、国王の影が絡むことになったキメラドリンクの件については何も言わなかった。
ジャロッドもサイモンも特に口を挟むこともなく、静かにレイの報告を聞いていた。
「それで、殿下は帰りは本隊と一緒に王都に戻られると?」
「そうです。帰りは何か仕掛けられることもないだろう、と……」
ジャロッドの質問に、レイは相槌を打った。
「最近、いろんな派閥の貴族が何人も摘発されてるからな……まぁ、今は事を起こすとすぐに疑われるだろうからなぁ」
ジャロッドは腕を組むと、いろいろと思い返すように天井を仰いだ。
そして、しばらくすると体勢を元に戻して、口を開いた。
「そうか、ご苦労だった。それから、魔術研究報告会についてだが、旅の途中で殿下から何か聞かされてはいるか?」
「? 魔術研究報告会、ですか……? いえ、何も」
レイは心底わからなくて、小首を傾げた。
(魔術研究報告会って……何だろう??)
レイのあまりにもきょとんとした様子に、ジャロッドの赤茶色の瞳が胡乱げに細められた。
「第三騎士団と協力して魔力の研究をしてただろう? その研究結果を報告してくれと、王国騎士団から催促がきてる」
「あっ!」
レイは突然思い出して、思わず声をあげた。慌てて両手で口元をおさえる。
(そういえば、そんなのがあったかも……!)
あまりにも研究から期間が空きすぎていて、すっかり記憶の彼方に追いやっていたものだった。
「えっと、そもそも魔術研究報告会というのは……?」
レイはおそるおそる尋ねた。
「ああ、そうか。それも初めてか。正式なものは年に一回、要請があった場合には臨時で研究成果の報告会が開かれる。黒の塔の魔術師は研究者だからな、これも職務のうちだ。ちなみに、珍しいことだが、今回は王国騎士団の方から要請があった」
ジャロッドは気を取り直すと、丁寧に説明を始めた。
「参加者は黒の塔と王宮魔術師団の魔術師、それから王宮の魔術関係機関のお偉いさん方、そのほか研究内容に興味のある貴族も聴講に来るから、気合い入れて準備しろよ。今回は珍しく王宮魔術師団だけじゃなく、王国騎士団の主要メンバーもこの研究報告を聞きたがってるからな。いつもより広めの会場を確保しといたぞ」
「え゛っ……」
(初めての研究報告会で、大会場……!!?)
レイは予想外に大規模になりそうな報告会に、目を白黒させた。人前での発表は、人並みに苦手意識があるのだ。
「とりあえず、メーヴィス嬢の研究報告書には目を通して、一応、赤入れもしといた。もし騎士団の被験者に発表の協力を頼むなら、早めに約束を取りつけておけよ。それから第三騎士団にも許可をとっておけ」
「は、はい! ありがとうございます……」
レイはジャロッドから研究報告書の束を受け取った。おそるおそるページをめくってみると、どのページも赤く色づいていた。
(ヒィイイイィッ!!! 報告書が真っ赤っ赤!!! これ全部、一つ一つ潰していくの???)
レイは悲鳴にならない悲鳴をあげた。
「それから、これらの本と論文は参考になるだろうな。読んどけ」
ジャロッドは論文の写しの束と古ぼけた本を数冊、レイが持っている報告書の上にバササッと載せた。
(うっ、重っ……)
レイは急に負荷がかかって、一瞬眉をしかめた。
「ああ、そうだった。報告書を読んだ感じ、メーヴィス嬢には魔術理論の基礎知識に穴があるっぽいからな、これも読んどけ。魔術関係機関のお偉方もそうだが、貴族の聴講生は魔術理論をかなり学んでるからな。そういうところはよく突っ込まれるぞ」
ジャロッドがさらに遠慮なく分厚い本を載せた。
(『基礎魔術理論』……?)
レイは少しよろけながらも、すでに手元にできていた本と論文の山の上に、バランスを取ってキャッチした。
「分からなかったら、エヴァ・ハートネットに聞け。魔術教育者だからな。おそらく一番説明が分かりやすいだろ」
ジャロッドは指示が済むと、さっさと自分の仕事に戻った。書類に目を落としていて、もうレイの方は見ていなかった。
レイは半分放心状態で、「はひ……」と返事をするので精一杯だった。




