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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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王族直轄領サノセット1

「ふぅ……やっと落ち着いた……」


 レイはぽふんっと、ベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。



 冒険者ギルドで依頼完了の手続きを済ませた後は、レイたちはすぐにバレット商会サノセット支部へと向かった。


 海を望める丘の中腹にあるバレット商会の受付で、レイはニールからもらったペンダントを見せながら宿舎の方に泊まりたいと告げたのだ。

 ニールからサノセット支部の方にも連絡がいっていたようで、レイたちはすぐに宿舎の方に案内された。


 バレット商会の宿舎は白壁の可愛らしい建物で、窓の外にはサノセットの美しい海の景色が広がっていた。

 各部屋には清潔なベッドと、小さなチェストと物書き机のみが置かれ、シンプルで過ごしやすい空間になっていた。


 窓を開け放つと、潮風がさらりと部屋の中に吹き込んできた。



 ベッドに寝転がるレイの影から、琥珀がするりと出て来た。

 早速、ヒゲをひくひくさせて匂いを嗅ぎ、この場所が安全かどうか見回りを始めた。


 琥珀はふかふかとベッドの上を嗅いで回り、そこからぴょんと窓辺へと飛び移った。傾きかけの日差しの眩しさにアンバー色の瞳を眇めると、潮風にそよよそとヒゲを揺らした。


 レイは疲れを癒すように、ただぼーっと琥珀の見回りの様子を眺めていた。その時──


「おーい、レイ。みんなで飯に行くぞ」


 軽く扉を数回ノックした後、扉越しにガロンが告げてきた。


「はーい! すぐ行きます!」


 レイはむくりと起き上がると、声を張って返事をした。

 琥珀も安全確認をピタリと止めて、またレイの影に潜り込んだ。



***



 サノセットはとても美しい港街だ。


 貿易港で王族直轄領ということもあり、道には石畳が綺麗に敷かれ、小洒落た煉瓦造りの建物が立ち並ぶ。


 海辺ということもあり、街ゆく人々は開放的で大らかで、街中のいたるところで人々の談笑する声や、陽気な笑い声が聞こえてくる。


 店先には珍しい絵付けがされた外国の工芸品や小物類が多く、またドラゴニア王国ではあまり見かけない服装の者も街中を堂々と闊歩していた。



「レイ、それは?」


 熱心に何か地図のようなものを覗き込むレイに、テオドールが問いかけた。


「ニールに、料理のおいしいお店を教えてもらったんです!」


 レイはにんまり嬉しそうに笑って、他のメンバーの前にパッと地図を広げて見せた。

 その地図には何ヶ所か赤い丸印が付けられていて、ご丁寧におすすめメニューのメモ書きまでも簡単に書き込まれていた。


 レックスは「バレット殿は相変わらず気が利くな」と感心し、ガロンは自分の顎を撫でながら「ニールが目星をつけたなら間違いないだろうな」と地図を覗き込んだ。


「せっかくだ、今日はこの地図に載っている店にしようか」


 テオドールが穏やかに微笑む。


「賛成」

「賛成だな」

「やった!」


 レックスもガロンもあっさり頷き、レイは大喜びして両手を上げた。



 レイたち四人は、テラス席から海が一望できるレストランに入った。

 まだ少し早い時間から店探しを始めたためか、スムーズにテラス席へと案内された。


 テラス席から眺める海は夕日でオレンジ色に燃え上がり、ぽつりぽつりと魔道電灯の明かりが街中に灯り始めていた。


「では、無事の到着を祝って」

「「「「乾杯!」」」」


 大人たちはシャンパンで、レイはオレンジジュースで乾杯した。


 料理も次々と運ばれてくる。


 地魚のマリネにはオリーブオイルが円を描くようにくるりと回し掛けられ、ケッパーとレモンが添えられて非常に爽やかだ。


 貝の白ワイン蒸しは、はまぐりのような二枚貝、マテ貝のような細長い貝、さざえのような巻き貝などこの地で採れたさまざまな貝がほこほこと湯気を上げ、ぱらりとパセリがかけられている。


 パスタには大胆にも頭付きの大きなエビがどどんっと乗せられていた。ガーリックと唐辛子がガツンと効いたペスカトーレだ。このお店の看板メニューの一つらしい。


 メインは、今朝獲れたての魚を使ったアクアパッツァだ。

 大きなピンク色のタイがお皿のまん真ん中に堂々と横たわり、尾はお皿からはみ出すほどだ。ミニトマト、オリーブ、玉ねぎ、ズッキーニなどが彩りを添えている。


「はぁ~……、おいしい」


(こんなに新鮮な海鮮料理が食べられたの、本当に久しぶりかも!)


 レイはほっぺたを手で抑えて、満足そうに溢した。


 こちらの世界は、レイの元の世界とは違ってそこまで流通が発達していない。新鮮な海鮮料理を食べたいとなったら、どうしても海の近くまで来なければならないのだ──内陸にある王都ではもちろん難しい。


「やはり海が近いと違うな。魚もエビも貝も、新鮮というだけでこうも旨みが違うのか」


 テオドールは上品に食べていた。瞳を煌めかせ、品よく頷く。


 レックスは、食べ慣れない生魚におっかなびっくりフォークを刺していた。

 レイやテオドールが抵抗なくおいしそうに食べているのを見て、恐る恐る口にする──口に入れた瞬間、彼は目をまん丸に見開き、瞳の中の星々が一段とキラキラッと瞬いたので、どうやらお気に召したらしい。


 ガロンは貝の白ワイン蒸しが気に入ったようだ。酒もハイペースで進めつつ、さまざまな貝の味わいの違いに、手が止まらなくなっていた。



「改めてだが、皆のおかげで無事にここまで来れた。感謝の言葉もない。本当にありがとう」


 一通り食事が終わった後、ゆったりと寛いでいる時に、テオドールが全員を見回してお礼を言った。


 ガロンが代表して「どうってことないさ」と答える。レックスもレイも頷いていた。


「それで、いつあっちに戻るんだ?」


 レックスが尋ねた。


「ジーンに確認したら、サノセットに着くにはあと二、三日かかるそうだ。その時に交代だな」


 テオドールはどこか寂しそうに微笑んだ。


「ガロン殿は?」

「そうだなぁ。せっかくだから、テオが交代するぐらいに帰るかな」


 レックスが今度はガロンに確認すると、ガロンは少し考え込んで言った。


「じゃあ、それまではサノセット観光ですね!」

「まぁ、いいだろう」

「いいぜ」

「そうだな。楽しみだな」


 レイがにこにこと提案すると、三人とも頷いた。



 旅の疲れも出ており、明日の観光の約束もしたため、レイたちはその日は早めにバレット商会の宿舎へと帰って行った。




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