護衛任務9〜王領へ〜
レックスが、ずいっとガロンの前に歩み出た。折目正しく挨拶をする。
「ガロン殿、ご無沙汰してます」
「おぉー、確か……」
「ルーファスです」
ガロンが「兄と弟どっちだっけ?」と悩んで言い淀んでいる隙に、レックスが先手必勝とばかりに言葉をかぶせた。まるでルーファスのように、爽やかに柔らかに微笑む。
「そうだったな! 久方ぶりだな、ルーファス!」
ガロンは気付かないまま、にかっと良い笑顔で挨拶を返した。
(ちゃっかりルーファスだって嘘通してる……)
レイは胡乱な目でレックスを見上げたが、「本当のことを言ったら〆る」の視線が返ってきただけだった。
「メーヴィス嬢、彼は……?」
ヴィムがこっそりと耳打ちしてきた。
「こちらは、Sランク冒険者パーティー『火竜の鉤爪』のリーダーのガロンさんです」
レイは改めて、テオドールとヴィムにガロンを紹介した。
ガロンも堂々と「大剣使いのガロン・イブリスです」と自己紹介する。
「まさか、あの炎帝!?」
「ガロン・イブリス殿!?」
ヴィムは丸メガネが飛び出しそうなほど驚いて目を見開き、テオドールは憧れの視線をガロンに送った。
「ガロン殿はなぜここに……?」
レックスは冷静に尋ねた。
「おお、そうだった! レイ、代わりのお守りだ。大事に使えよ」
ガロンは空間収納から、火竜の鱗を取り出した。前回もらった鱗よりも一回り大きく、艶々した深紅色の硬い鱗だ。
レイの手のひらの上に、気軽にぽんっと載せる。
それを見て、レックスは訳が分からないといった風に訝しげに眉根を寄せた。
ヴィムとテオドールは、火竜の鱗という特級の素材に、目を剥いていた。
「わぁ! ありがとうございます! 大切に使わせていただきますね!」
レイはにっこりとお礼を言うと、目に魔力を込めて、もらったお守りを見てみた。そこには、いくつも火の魔術が込められていた。
「付与してある魔術は前回と同じだ。まぁ、前のよりは火力が強いからな。扱いには気をつけな」
「そうなんですね。ありがとうございます……」
ガロンに説明され、レイは苦笑いで返した。
(前回の鱗でも、黒の塔一棟くらいは燃やせちゃうって聞いたような……)
ヴィムは「貴重な火竜の鱗を、お守りになんて……」と信じられないものを見る目で、ガロンとレイを交互に見ていた。
テオドールは深紅色の瞳を煌めかせ、魅入られるようにレイの手の上の鱗をじっと見つめていた。火竜王の魔力がこもった鱗に、惹かれているようだった。
「それで、レイはなんでこんなところにいるんだ?」
今度はガロンが尋ねてきた。
「ヴィムさんの護衛任務です! 王領サノセットまで行くんです!」
お守りの鱗をポケットにしまうと、レイは元気よく答えた。
「ほぉ、冒険者の仕事か。あと数日は休みがあるから、同行してやろうか? いろいろ教えてやるよ」
「いいんですか!?」
ガロンが無骨な手で顎を撫でながら提案すると、レイはキラキラと瞳を輝かせて食いついた。
「しょ……テオ、ヴィムさん! ガロンさんが一緒でも大丈夫ですか!?」
レイはくるりと二人の方を振り返ると、期待を込めて尋ねた。
「ああ、願ってもない」
「私としても、実力のある方が増えるのは、旅が安全になるので歓迎します」
テオドールは一つ頷き、ヴィムも丸メガネを指先でクイッと上げて答えた。
「ルーファスは……?」
レイは今度はレックスの方に振り向くと、控えめに確認した。
火竜王ガロンと光竜王レックスの関係性をまだあまり掴みきれていないため、少し心配したのだ。
「……俺は構わない」
レックスは腕を組み、淡々と答えた。
こうして、ガロンは休み期間が許す限り、レイたちに同行することになった。
ガロンの同行が決まると、レックスは近くに倒れている盗賊のそばにしゃがみ込み、難しそうな顔をして盗賊の懐を探りだした。
「ルーファスは何をしてるんですか?」
レイは、ひょっこりとレックスの手元を覗き込んで尋ねた。
「こいつら、随分精霊の匂いが付いてるんだが、何か精霊寄せみたいなものでも持ってないか確認してるんだ」
レックスが、ゴソゴソと漁りながら説明した。
「確かに、匂うな……こりゃ、何の精霊だ??」
ガロンもレックスの横にしゃがみ込むと、盗賊の方を見た。鼻先をスンスンと動かし、渋い顔をする。
「……そういえば、あちらも複数の精霊の影響を受けた人間や魔物に襲われたと言ってましたね」
ヴィムが思案顔でぽつりと呟いた。
「うん? あちら?」
ガロンが訊き返す。
「え、ええ。知り合いが最近旅の道中で襲われたそうで……」
ヴィムが少し誤魔化して答えた。
レックスは黙々と他の盗賊の懐やポケット、荷物なども漁り始めた。「チッ。こいつら、何も持ってねぇ」と、どちらが盗賊か分からないような悪態をついている。
「レイ、お前も手伝え!」
「えぇっ!? 私もですか!?」
レックスに言われ、レイは自分自身を指差した。
「物取りじゃない、変なもんを持ってないか確認するだけだ!」
レックスが大声で返す。そしてまた盗賊たちのポケットを漁り始めた。
(むぅ、仕方ないなぁ……精霊関係の何かかぁ……)
レイは目を閉じて魔力を練った。辺り一帯に探索魔術を放つ。
(…………あれ? なんか変な反応がある。たくさんの精霊がぎゅって詰め込まれてるような……?)
レイは目を開けると、テテテッと反応があった方に駆けて行った。
倒れている盗賊が腰に付けているポーチの中を漁ると、中から飲みかけのポーション瓶が出てきた。
「酷いな……」
「えっ!? わわっ!?」
急に背後に現れたレックスに、レイはびっくりして尻餅をついた。
レイが後ろを振り返ると、レックスは痛々しい程に哀しげな表情をしていた。
「こりゃ酷ぇな……」
ガロンも心底呆れた様子で近づいて来た。
「ただのポーションではないのか……?」
テオドールが訝しげに尋ねる。
「おそらくこれは、さまざまな種類の玉型の精霊を、魔術的に無理矢理くっつけたものだな……」
「火に雷、光、風、毒……それだけじゃねぇな。全く、この一瓶でいったい何体の精霊を犠牲にしたんだ……」
レックスとガロンは、語るのも悍ましいといった風にあからさまに顔を顰めていた。
「えっ、それって……」
レイは嫌な予感がして、ざわりと鳥肌が立った。
「精霊を使ったキメラドリンクだな。これを飲めば、精霊が持つ特性を身に宿せると考えたんだろう……だが、これほど属性も魔力も魔術式もめちゃくちゃになったものを飲んでしまえば、ただでは済まないだろう。人間の体ではあまり耐えられないはずだからな」
レックスは苦々しく盗賊たちを見下ろした。「話を聞き出せるように生かしとくんだった」と小さく舌打ちをする。
「テオ様……」
ヴィムは指示を求めるように、テオドールの方へ振り向いた。
「ああ、キメラの実験は我が国では禁止されている。ヴィム、父上に連絡は取れるか?」
「ハッ、すぐに」
テオドールの指示が下ると、ヴィムはいつも使用している通信の魔道具とは別の魔道具を腰のポーチから取り出した。真っ黒な魔石でできたそれを握って、何やら暗号を呟き始めた。
「……レイ、訳あり任務か? 話せるところまで説明してくれ」
ガロンは太い人差し指でレイの肩をちょんちょんと叩くと、確認してきた。
レイがテオドールの方に許可を求める視線を送ると、彼はゆっくりと頷いて許可を出した。
「表向きはヴィムさんを王領まで護衛する依頼なんですが、本当は所長──テオドール殿下の護衛任務なんです」
レイはテオドールを指し示すと、ざっくりと答えた。
「ほぉ〜。もう王族護衛も任されるようになったか! 頑張ってんな、偉い、偉い!」
「うぷっ!」
ガロンは大きな手をレイの頭に載せ、子供を褒めるようにぐしぐしと撫でた。
レイはガロンの力強い手に押されて、思わず変な声が漏れた。「もうっ! 髪の毛が乱れちゃうじゃないですか!」と、ぺいっとガロンの手を頭から跳ね除ける。
「ここからは私が説明しよう」
テオドールは、微笑ましいものを見たようにくすりと小さく笑いながら、説明をバトンタッチしてくれた。
レイはむすっとした表情で、ひたすら乱れた自分の髪の毛を直した。




