護衛任務2〜王領へ〜
王都を出発する日、朝も早くにレイは待ち合わせ場所に到着した。
王都の公園にある噴水の前には、先日紹介されたヴィムと、ローブのフードを深く被ったテオドールが待っていた。
「お待たせしました!」
レイは軽く息を弾ませて、二人の元に駆け寄った。
今日のレイは、冒険者をやっていた時の装備を引っ張り出し、腰にはショートソードを、足元にはアイザックの抜け殻の鱗のブーツを履いていた。長い黒髪は動きやすいようにポニーテールにまとめ、普通の冒険者の振りをするため、空間収納付きの小さなリュックを背負っている。
「レイ嬢、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
テオドールが柔らかく微笑んで、挨拶をした。
彼の隣にいたヴィムは、挨拶も忘れて、なぜか目を白黒させていた。
「ご無沙汰してます! えっと……」
「『テオ』と呼んでくれ」
「はい! テオ様!」
「いや、様付けは不要だ。今回は冒険者仲間として頼む」
「分かりました!」
テオドールとレイは、和やかに今後の呼び名を決めていた。
「メ、メーヴィス嬢? もしかして、私の隠蔽魔術は効いていませんでしたか?」
ヴィムが、少し焦ったように質問してきた。丸メガネをクイッと指先で上げる。
「えっと、隠蔽魔術はちゃんと効いていましたよ? 私は今日の待ち合わせ場所を知ってますし、噴水周りで魔力的に不自然な場所はここだけでしたので、おそらくここにお二人がいらっしゃるんだろうなと思って声がけしました」
レイは「大丈夫ですよ」と安心させるように、にこにこと笑顔で説明した。
「そ、そうでしたか。魔力的に不自然とは……?」
「目に魔力を込めると、魔力の流れが分かるので」
「ほう、それで……」
レイの説明を聞いて、ヴィムは少し落ち着いたようだった。ほっと肩から息を吐く。
その後ヴィムは「やはり黒の塔の魔術師は、レベルが高い……」と小さく呟いて唸っていた。
「あ、あと変装グッズも持ってきました! これでたぶん、少しは誤魔化せるかもしれません!」
レイは背負っていたリュックから、ノームの三角帽子と伊達メガネを取り出した。
ポンポンの付いたパーティー感あふれる派手な三角帽子に、テオドールもヴィムも目が釘付けになった。
「……これを、私がかぶるのか……? 確か、かなり貴重なものだったはずだが……」
テオドールが「本気か?」と言いたげな表情で、三角帽子を見つめて言った。
冒険者らしく地味めな格好をしている今のテオドールには、はっちゃけた三角帽子は浮いてしまうだろう。
「これをかぶると、種族ごとノームに擬態できるんです。あと、このメガネは、街中で知り合いと視線が合いそうになると、向こうの人の方が視線を逸らしてくれるおまじないが付いてます」
レイは、三角帽子と伊達メガネについて簡単に説明した。テオドールにブツを手渡す。
「……なぜ、そのようなおまじないを?」
テオドールは、訝しげに伊達メガネを眺めた。見た目は、縁が太めの普通のメガネだ。
「自分を知る相手に、自分が街中にいると気付かれづらくなるそうです。念のためです」
(本当は「コミュ障の人が安心して街中を歩けるおまじない」らしいけど……)
レイは内心気まずい汗をかきつつ、表情には出さずに説明した。
このおまじないは、以前、ユグドラの図書館で見つけたおまじないの本に掲載されていたものだ。変装に使えそうな付与魔術を探した結果、発見したものだった。
「そうか。確かに、気付かれづらくなるのはありがたいな」
テオドールはレイの説明に納得して、早速伊達メガネをかけてみた。
すぐに、レイとヴィムがあからさまに視線を逸らした。
「はっ!?」
「ゔっ!?」
レイとヴィムの肩が、気まずそうにビクリと跳ねた。
三人の間に、なんとも言えない空気が流れた。
「…………おまじないと言う割には、かなり強力だな…………」
テオドールは、どこか寂しそうに伊達メガネを外した。
「それで、あともう一人は来るのだろうか?」
テオドールは何事もなかったかのように、さらりと話題を切り替えた。どうやらさっきのことは不問にしてくれるようだ。
「あ、それならもうすぐ来るかもです! 昨日確認したら、『参加する』と言っていたので……あっ!」
レイは辺りを少しキョロキョロと見回すと、公園の出入り口の方をパッと振り向いた。
そこには、さらりとした金髪を後ろに束ね、冒険者らしく弓矢を背負った美青年が立っていた。
「ルーファス!」
レイは久々の再会に嬉しくなって、大きく手を振った。
彼もレイたちに気付いたようで、小走りにこちらに駆けて来る。
レイは、彼がどんどん近づいて来るにつれて、あることに気づいてしまい、表情が抜け落ちて真顔になっていった。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。銀の不死鳥のリーダーのルーファスです。どうぞよろしくお願いします」
金髪の美青年が軽く息を弾ませて、爽やかな笑顔で挨拶をした。
すらりとした背格好に、物語の中から飛び出してきた王子様のような正統派に整った白皙の美貌で、キラキラした爽やかな笑顔を振り撒いている。
近くを横切る若い女性たちは、チラチラと彼の方を見ては、「キャーッ!」と色めき立っていた。
笑顔で細められた彼の淡い黄色の瞳の中には、キラキラと小さな星々が煌めいていた。
「ああ、よろしくお願いします。依頼人のヴィムです」
「一緒に護衛を務めさせてもらうテオです」
ヴィムとテオドールは、卒なく挨拶を交わした。
「…………」
レイは無言のまま美青年の腕をがしっと鷲掴みにすると、テオドールたちから少し離れた場所へと強く引っ張って行った。
十分に離れたのを確認した後、レイは瞬時に、美青年と彼女を包む防音結界と幻影魔術を展開した。
「……何でここにいらっしゃるんですか、光竜王様?」
レイはじろりと光竜王レックスを睨み上げた。
「つまらんな。もう見破ったのか」
レックスは興が醒めたように、呟いた。さっきまでの爽やかな笑顔は嘘のように、傲慢にレイを見下ろす。
「本物のルーファスはどうしたんですか?」
「ルーファスは教会の祭儀で出られないから、俺が来たんだ。ありがたく思え」
「都合が付かなくて無理そうなら、無理と仰って下さい。その場合は参加されなくても大丈夫ですので」
「せっかくの護衛任務だろう? それも、ドラゴニアの王族のだ。どんな奴か見てやろうと思……いや、興味深くてな……」
「丁寧に言い直してますが、結局内容は一緒ですよ! あなたはトラブルメーカーなんですから、これ以上弟さんの胃痛になるようなことはやめて下さい!」
「そこらへんは大丈夫だ。ルーファスは知らないからな」
「は?」
一瞬、レイの時が止まった。何を言われたのか、全く頭に入ってこなかったのだ。
「知らないものは、胃を痛めようがないではないか」
「何で本人が知らないんですか!?」
しれっと曰うレックスに、レイはツッコミを入れた。
「たまたま教会のルーファスの部屋で茶をしていて、冒険者ギルドから手紙が届いた。ルーファスの代わりに返事してやったんだ、ありがたく思え」
「それ、泥棒って言うんですよ!!」
堂々と屁理屈をこねるレックスに、レイがさらに激しいツッコミを入れた。
「娘、何を勘違いしているのかは知ないが、お前に付いているのは俺の加護ではなくて、ルーファスの加護だ。あまり過ぎた口を利くなよ」
レックスはがしっとレイの頭の上に片手を置くと、ググッと軽く圧をかけてきた。
レイも両手でレックスの手を掴むと、ぺいっと投げ捨てるように放り出した。
「弟さんのことを思うなら、この任務では大人しくしてて下さい! そうしないと、ルーファスの顔に泥を塗ることになりますよ!!」
「ぐ……」
レックスは核心を突かれて、言葉に詰まった。
取り替えっこは楽しみたいが、大好きな弟のルーファスに不利益になるようなことはしたくないのだ。
レックスは不意に「はぁ……」と溜め息を吐いて、肩をすくめてやれやれといったポーズを取った。
「仕方がないな。今回はそうしてやる。だが、お前が言ったからではなく、ルーファスのためにならないからだ!」
レックスは、ビシッとレイを指差して念押しした。
レイは思いっきり遠い目をしていた。あんたが来なければ何も問題は無かったはずだが、といった目だ。
だが、せっかく引き出せたレックスからの譲歩だ。これ以上、彼の機嫌を損ねるのはマズいとも考えた。
「……分かりました。行き先は王領サノセットです。それまでよろしくお願いします」
「ああ、分かった」
レイがむすっとむくれつつも下手に出ると、レックスも横柄に了承した。
──これで、二人の間で期間限定の合意が交わされた。
レイとレックスが噴水前に戻ると、テオドールとヴィムは不思議そうに二人を見つめていた。
「すみません、お待たせしました! 久々に会ったもので、レイから積もる話がありまして……」
レックスは人が良さそうな雰囲気を醸し出して、申し訳なさそうに眉を下げた。
(本当、こういうところはちゃんとルーファス感出してくる……)
レイは思わず胡乱な目で、レックスを見上げていた。ただ、合意した手前、何も口には出さなかった。
「い、いえ……」
ヴィムが返事をした。
「準備が良ければ、そろそろ出発しましょうか?」
テオドールが穏やかに確認してきた。
「ええ、行きましょうか」
レックスは、にこやかに答えた。




