レイの内職2〜魔術付与〜
「わぁ〜、すごい! 黒狼の毛皮がこんなにいっぱい!」
レイは、商談用のローテーブルを覆い尽くすほど大量の黒狼の毛皮に、感嘆の声をあげた。
黒狼の毛皮は、毛の根元からその先まで基本的に黒一色である。闇夜のような漆黒の毛皮には自然な艶があり、高級感がある。
だが、魔物の黒狼は、冬になるとその毛先にシルバーに輝くティッピングが入る——毛の根元は漆黒で、毛先に向かうにつれて透けるようなシルバー色に変わるのだ。毛の根元から全てシルバー色の毛皮よりも、色合いに深みのある美しい毛皮になるのだ。
テーブルの上の毛皮は、全くの黒色一色から、深みのあるシルバー色、その中間のものまでさまざまだ。
「……ふむ。どれもいい毛皮だな。処理も良い」
ニールは、手近な毛皮を一つ手に取ると、ふかふかの毛皮をさらりと撫でた。ひっくり返して、裏面も確認する。毛皮はすでに処理が施されて、綺麗になめされていた。
「だろ? 知り合いのドワーフにここまで加工してもらったんだ。いい腕してるだろ」
ガロンが得意げに語った。
「付与したい魔術はもうお決まりですか?」
「おう、これだ」
ニールが尋ねると、ガロンが空間収納からバサッとメモの束を取り出した。
ニールはメモの束を受け取ると、ペラペラとめくってざっと目を通した。
レイもニールににじり寄って覗き込む。
「失礼しますよ…………どれがどの毛皮に付与するものか確認させてください。誤って別の毛皮に魔術付与してしまうと大変ですから」
「おお、いいぞ」
ニールが確認すると、ガロンは軽く頷いた。
ニールは番号が記されたクリップを空間収納から取り出すと、毛皮一枚一枚に印を付けるように挟んでいった。
メモの方にも、何番の毛皮がどの魔術付与なのか、番号を書き足していく。
(ふ〜ん、どの魔術付与も組み合わせが結構尖ってるかも。Sランク冒険者パーティーだから、それぞれの役割がきっちり決まってるのかも……)
レイは感心しながら、確認作業を眺めていた。
(あれ……?)
「この毛皮なら、もう一つぐらい魔術付与できますよ」
レイは、少しだけシルバーがかった立派な毛皮を指差した。番号は七番で、追加する魔術付与の内容は、火耐性だ。
なお、劣化・傷つき防止、防水、温度調整、氷耐性、衝撃吸収は元々付与する予定だ。
「えっ、ただでさえいろいろ魔術付与してあるのに、これ以上増やしたら素材の方が持たないはずよ……」
火竜の鉤爪の女性が、困惑気味に言った。
「レイならどう魔術付与する?」
ニールが、隣に座るレイを優しげに見下ろして尋ねた。
「う〜ん、この毛皮自体が氷耐性がすでに高いみたいです。もしかしたら、元の黒狼の氷耐性が高かったのかも。なので、氷耐性の魔術付与はやめて、代わりに別のものを付けた方がいいと思います」
レイは目に魔力を込めながら説明した。毛皮の周りには、氷属性らしい青っぽい色の魔力が残っているのが見えた。
「ふん、そういうことね……」
火竜の鉤爪の女性は、少し唇を尖らせて言った。
「……確かに、この毛皮の元の主が、氷耐性が高かったようですね。他にも同様の毛皮が無いか確認しますか」
ニールはそう言うと、ざっと他の毛皮にも目を通した——もちろん目に魔力を込めた状態で、だ。
「……十二番と十七番の方はラッキーですね。どれも『小』ではありますが、氷耐性持ちですね」
「これなら、さらに氷耐性を強化するか、もしくは別の魔術付与を選べますね」
ニールの言葉に、レイも相槌を打って補足説明した。
「ねぇ、あなた、さっきから口を出してるけど、何なの?」
火竜の鉤爪の女性が、腕組んで苛立たしげに訊いてきた。じっとりと向かいの席に座るレイを見下ろしている。
「おい、カメリア」
ガロンが嗜めるように、彼女に声をかけた。
チャドも驚いて、カメリアの方を見ている。
「おや、ご紹介が遅れてしまい申し訳ございません。カメリア様、彼女は魔術師のレイです。当商会の高級ランクの装備品に魔術付与をしてもらってます」
ニールは、丁寧に淡々と伝えた。
レイは魔術の練習も兼ねて、バレット商会で魔術付与の内職をしていた。
商会の方からしっかりお駄賃も出るので、レイとしてはちょっとした家のお手伝い気分でやっている。
「そ、そう。ならいいけど……」
カメリアは、ぷいっとそっぽを向いた。
(……あれ? 私、何か気に障るようなこと、やっちゃったかな?)
レイは内心、首を捻ったが、今日出会ったばかりの相手ということもあり、特に何も思いつかなかった。
少し心配にもなったが、今は商談の方に集中するように気持ちを切り替えた。
「追加の魔術付与については、後ほどご連絡ください。それから、コートのデザインの方ですね。昨年の秋冬の見本品ではございますが、お持ちします。それから今年のカタログも」
ニールが呼び鈴を鳴らすと、バレット商会の店員たちが「失礼します」と部屋の中に入って来た。何着もの見本のコートや素材、カタログなどを続々と運び込んで来る。
火竜の鉤爪メンバーは、「おぉ!」と目を輝かせた。
「どうぞ、お手に取ってください。もちろん、コートの素材もお選びいただけます。こちらが布見本ですね。ボタンのデザインもお選びいただけますし、ご相談いただければ、隠しポケット等も追加できます。採寸はまだ先の方がよろしいでしょうか?」
ニールがにこにこと説明を続けた。
「ああ、そうだな」
ガロンが、トルソーに着せられた立派な男性用のコートを眺めつつ、返事を返した。
「こりゃ、迷うな」
チャドも手近にあった布や糸、ボタンの見本をテーブルの上に広げて唸った。
「こんなにいろいろ選べるなら、他の子たちも連れて来ないとじゃない! すぐには選べないわ!」
カメリアが難しい顔で、でも瞳はキラキラとさせて女性もののコートを見比べていた。
「ええ、今年の秋冬までにはまだまだ期間がございますから、ゆっくりと決めていただいて結構ですよ。カタログだけでなく、布やボタンの見本品もお渡しいたしましょうか?」
「是非!」
「お願いします!」
即座に、カメリアとチャドが揃って声をあげた。
ひとしきり見本品を眺めた後、火竜の鉤爪メンバーはカタログや布見本などをもらって、ほくほくとした表情で商談部屋を出ようとしていた。
ガロンが部屋を出ようとした時、レイが彼の袖を引いた。
にっこりと笑顔で大柄な彼を見上げる。
「ガロンさん、鱗のお守りありがとうございました! おかげで助かりました!」
「……アレが役に立ったのかよ」
ガロンは複雑な表情をした。役に立ってレイの身を守れたことは嬉しいものの、それだけ危険な目にも遭ったということだ。
「またあとで鱗送るわ」
「え、でも……」
「いいから、いいから。子供は貰っときなさい」
ガロンにがしっと頭を撫でくりまわされて、レイはぐるりと頭を回されながら「ぬわぁ、ありがとうございますぅ〜」とどうにか答えた。
「ガロン! 早くして!」
「おう、今行くわ」
カメリアに鋭く指摘され、ガロンは「へいへい」と生返事を返した。
(……むぅ、ガロンさん、師匠よりも髪の毛乱してくる……)
レイはむすっと頬を膨らませて、ガロンのせいでボサボサになった髪を整えた。
その時、レイの隣にチャドが立った。
『うちの魔術師がキツく当たってごめんな。カメリアは、ガロンに惚れてるんだ』
レイの耳にはっきりくっきりと、チャドの声が響いた。
だが、他の人には聞こえていないようで、誰も何も反応していなかった。
チャド本人も、何事も無かったかのようにさっさと部屋を出て、玄関ホールの方に向かってスタスタと歩いて行く。
(あっ、それで!)
レイは納得がいって、目を丸くした。ぽんっ、と思わず手を叩く。
「伝心スキルだな。隠密用の連絡スキルだ。周囲にバレないように伝えたい人物にだけ言伝できるんだが……何を言われたんだ?」
「あとで話しますね」
ニールにこっそり訊かれ、レイも小さく返事を返した。
ニールとレイは、火竜の鉤爪メンバーを玄関ホールで見送った。
ガロンたちは賑やかにバレット商会本店を去って行った。




