呪いと聖灰4(テオドール、サイモン視点)
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の部分で、視点がテオドール→サイモンに変わります。
昨日、部下のレイ・メーヴィス嬢がいきなり王国騎士団に拘束され、取り調べを受ける事件が起こった。
レイ嬢は結界魔術が得意で、彼女が張る結界は非常に頑丈だ。
そのため、最近は何かある度に、私は彼女の結界に頼っていた。
もしかしたら、そんな彼女を邪魔に思い、正妃派が排除しようと裏で動いていたのかもしれない。
尋問を担当した王国騎士たちに、正妃派の誰かから何かしらの口添えがあったのかもしれない——昇進をチラつかせたか、逆に脅されたか……こればっかりは、騎士たちに確認しないと分からない。
ともかく、守護竜の大叔母上と大叔父上が直々に対応してくださり、レイ嬢を不当な尋問から救出し、さらには彼女を庇護する人外の高位者たちを宥めてくださった。
レイ嬢の庇護者の一人であるニール・バレット殿から彼女の休暇申請をされたが、正妃派の目をくらますためにも、私と彼女がしばらく距離を取るのは良い案だと思った。
業務上も問題がないため、即座に許可を出した。
コンコンッ。
所長室の扉が控えめにノックされた。
「どうぞ」
「お呼びでしょうか?」
扉から顔を覗かせたのは、サイモンだった。
長く伸ばしっぱなしの青紫色の髪に、不健康そうな青白い肌。さらに痩せぎすな体型で表情も乏しいためか、初めて会った時は恐ろしげな印象を持った。だが実際に彼と話してみると、穏やかで理知的なため、好印象を受けた。
彼は黒の塔では一番の古株で、この塔とその周辺の警備や地下倉庫に封印してある呪物の管理も担当しているため、相談することが多い。頼りになる人物だ。
「ああ。黒の塔とその周辺の警備を見直してもらいたいのだが」
私は壁際のソファに向かうと、サイモンに席を勧めた。
「それはフェリクス大司教からのご依頼ですか?」
サイモンはスッと私の向かいの席に腰かけると、冷静に尋ねてきた。
「いや、バレット商会の商会長からだ。彼の屋敷にレイ嬢が身を寄せているからな」
「……なるほど。彼も別の意味で敵には回したくないですね」
サイモンは軽く思考した後、「分かりました」と頷いてくれた。
バレット殿がただの商人ではなく、人外の高位者だと知っている者とは、やはり話の進みが段違いだな。
コンコンッ。
——その時、また出入り口の扉がノックされた。
私が返答すると、今度は従兄弟で第一騎士団団長のイシュガルが入って来た。
「テオ、先日の事件についてだが……おっと」
イシュガルは先客を見とめて、口をつぐんだ。
「レイ・メーヴィスのことでしょう? 僕も今後、塔周辺のトラップの張り直しをするので、参考までに聞きたいのですが」
サイモンが、イシュガルの方を振り返って言った。
「テオ、いいのか?」
「構わない」
私は、イシュガルにも席を勧めた。
イシュガルは、一人がけのソファに座った。
イシュガルからは、守護竜様たちの尋問結果と事件を起こした騎士たちに下された決定、そして聖灰の解析結果を報告された。
騎士たちの動機としては、騎士団内での昇進と立場を危ぶんでのことだったそうだ。
ちょうど担当していた失踪事件が迷宮入りになりそうになり、このまま何も解決できないままでは今後の進退に響いてしまうと、とある人物から教えられたそうだ。一方で、この難解な事件を解決できれば、昇進が早まるだろうとも言われたそうだ。
そして、元平民で後ろ盾の弱いレイ・メーヴィス魔術伯爵を犯人に仕立て上げればよいのではないか、ともアドバイスされたそうだ。
だが残念なことに、誰にそんなことを教えられたのかは、彼らは秘密保持魔術契約で言えないようになっていた。
王宮の魔術師団長に、彼らの秘密保持魔術契約を紐解いてもらったところ、命を代償にした違法なものだと判明した。つまり、騎士たちが、彼らを唆した者が誰かを他の者に漏らそうものなら、命を刈り取られる代物だったらしい。
騎士たちにいつそんな契約をしたのか確認しても、酒が入っていたため記憶があやふやだとか、子供がするような指切りのような遊びと変わらないものだったと、何とも頼りない回答だったらしい。
騎士たちは、「命を賭してでも吐け」と命じられるのではないかとかなり怯えていたそうだが、守護竜様は「これ以上は追及しない」と決断された。
このため、彼らは全員、寛大な判断をしてくださった守護竜様たちに感謝を捧げたそうだ。
それから、守護竜様から下された決定は二つだそうだ。
今回事件を起こした三人の王国騎士を、王宮から解雇すること。
そして、彼らが所属する領地等には、王宮側は何も関知しないこと。
——つまり、今後、彼ら自身に何があったとしても、彼らの生家や彼らを匿う者に何があったとしても、王宮側は誰も何も手助けをしないということだ。
騎士たちの命は、確かに今は助かった。
だが、私からすれば、彼らは人外の高位者に生贄に捧げられたようなものだ。
事件の後、私が相対したバレット殿は淡々としていた——それは、すでに守護竜様たちと取り決めがなされた後だったためか……
バレット殿は元々は苛烈な性格のようだし、ライデッカーも「王都が消し飛ばされても文句が言えない」と非常に恐れ慄いていた。
「それから、聖灰についての解析結果が出たんだ」
イシュガルが報告を続けた。
王宮の魔術師団の研究部門から届いたばかりの解析結果では、アラン・ロッドフォードの屋敷で見つかった聖灰と、昨秋の新人演習で見つかった聖灰は、「同じ術者によるものの可能性が高い」という解析結果だそうだ。
そして、先日黒の塔を襲撃した者が聖灰化したものは、別の術者によるものだと判明した。
「解析した魔術師によると、『黒の塔の襲撃者の聖灰からは、花の香りがする』と」
「花の香り?」
イシュガルの報告に、私は違和感を覚えた。
新人演習の聖灰は、明らかにフェル・メーヴィス——いや、聖鳳教会のフェリクス大司教によるものだった。私自身、目にしたのだから間違いはない。
だが、レイ嬢の義父であるフェリクス大司教が、彼女の庇護者の一人ではないのだろうか?
「聖灰の色や純度も若干異なるらしいから、別の術者によるものだとの結論が出た」
「……そうか」
腑には落ちないが、解析結果として出てしまった以上、否定することも難しいな……
「おそらくだが、レイ嬢に加護か祝福を与えている高位者は、植物系なのではないか?」
「さぁ。私もそこまでは確認できていない。だが、複数名いるとは聞いている」
イシュガルに確認され、私は小さく首を横に振った。
「……複数名……守護竜様方が直々に対応されるわけだ……」
イシュガルが、重い溜め息を吐いた。
「で、そのレイ嬢は今どこに……?」
「彼女の庇護者からの要請で、しばらく休暇を取らせることになった。ここ最近、立て続けに襲撃に遭ったうえに、今回の事件だ。警備の見直しもして欲しいとの要望だ」
「そうか」
イシュガルはその後、いくつか世間話をして帰って行った。
今回、事件を起こした王国騎士たちは元は第二騎士団所属だったそうだ。
レイ嬢の魔力研究に協力していた第三騎士団から強く非難されたらしく、第二と第三騎士団の溝が深まってしまったと嘆いていた。
***
《サイモン視点》
僕は所長との打ち合わせの後、自分の研究室に戻った。
お気に入りの窓際のテーブル席に、本日の打ち合わせのメモ書きと、この塔とその周辺部の見取り図を広げる。警備、というかトラップの張り直しだ。
影の王の要請とあらば、無視するわけにもいかない。かの王は、竜としてだけでなく、商人としても力を持っているから非常に厄介だ。商売上、人脈も広いだろう。敵に回したくない相手だ。
メモ書きと見取り図を確認している最中に、思わず口元が緩んだ。クツクツと笑いが込み上げてくる。
——久しぶりに愉快な気分だった。僕の友人は良くやったものだよ。
「あれだけ高位の人外者を利用しといて、よくバレないものだね。彼は心臓に毛が生えているのか、それとも用意周到すぎるのか……まぁ、見事な呪いのかけ方だったよ」
いや、上手い呪い返しの使い方、かな。
特定の人物や物に目印をつけておいて、自分が誰かに呪いをかけて呪い返しされた際に、自分ではなくて目印をつけた相手に呪いが返されるように仕掛けることができる。
ともかく、彼は呪い返しで目的の人物を消した。それこそ、文字通り灰にした。
事件には高位者が関わることになるから、ドラゴニア王国としては、安全性を優先して捜査を打ち切ってお蔵入りさせる——彼が今後、犯人として捕まることもないだろう。
僕は呪いの王として、こういう上手い呪いの活用法は興味深くて歓迎だ。
気分が高揚しているせいか、次々と新たにトラップのアイディアが浮かんでくる——呪いは制約があって使い所を考えなければならないけど、トラップにも通ずるものがある。
「トラップの妖精でもいれば、話が合いそうだね」
僕は思いつくまま、見取り図に新しく考え付いたトラップのメモを書き込んでいった。
気分がノってるからか、トラップの張り直し案はサクサクと進んだ。




