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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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ミダスの指手袋6

「おーいっ! テオ! レイちゃん! 無事か!!?」


 ライデッカーの大きな呼び声が、森の中に響いた。

 彼の隣では、琥珀が並走している。


 二頭は、テオドールとレイを追いかけて、森の中を走っていた。


 森の縁まであと少しというところで、二頭は立ち尽くしているテオドールとレイを見つけた。


 そこでは、土が草木を巻き込んで盛り上がっており、二メートルを超える高い土壁が築かれていた。

 テオドールとレイの視線の先には、真っ白な砂のようなものでできた小さな山があった。


「……ジーン」


 テオドールが半分呆けた様子で振り返った。


「琥珀!」

「グルルッ!」


 主人の無事を確認できて、琥珀は感極まってレイに飛びついた。そのままレイを押し倒す。

 レイも、むぎゅむぎゅとライオンサイズの琥珀を力いっぱい抱き返した。


「テオは怪我は……無いな。客人は?」

「……」


 ライデッカーは軽く目視でテオドールの様子を確認すると、尋ねた。

 テオドールは、視線を白い小山へと落とした。


「……客人は、ミダスの指手袋をはめていた。私たちがここまで逃げて来た時に、そこの土壁のトラップが発動して、追いつかれそうになった。客人に捕まりそうになった瞬間、一瞬だけ視界が真っ白になった。目を開けると、客人はミダスの指手袋ごとこうなっていたのだ……」


 ライデッカーはテオドールの説明を聞くと、大股を広げてしゃがみ込み、ざっくりと白い砂のようなものを手で掬った。白い粒が手の隙間からこぼれ落ちるのも構わず、鼻先に持っていって、くんくんと匂いを嗅ぐ。


「砂じゃなくて灰か……それに花のような魔力の香りがする……」


——その時、サイモンが軽く息を弾ませてやって来た。


「所長、無事ですか? これは……」


 サイモンは怪訝そうな表情で、白い灰の山の前に立った。

 灰を指先で摘み上げ、まじまじと眺めて観察した後、パッと手を払った。


「ミダスは完全に破壊できたようですね。後ほど呪物の破棄完了報告書にサインをお願いします」

「ああ……」


 サイモンが淡々と事務的に伝えると、テオドールは何か言いたげな表情で相槌を打った。


「……その、客人が灰になったのだが……」


 テオドールがおずおずと口にした。


「正確には聖灰ですね。おそらくレイの加護か祝福でしょうね。客人がミダスに魅入られて、彼女に呪いをかけようとした結果、返り討ちにあったのでしょう」


 サイモンは、じっと冷静にレイを見つめた。色鮮やかな黄金眼は、何かを含むような色をしていた。


(……あの時はがむしゃらだったからよく覚えてないけど、たぶん、私が「お客さん」をミダスの指手袋ごと浄化しちゃったんだよね……でも確か、こんな風に人間の身体を別のものに変えるのって、人間の魔力量じゃ無理だって言われてたような気が……?)


 レイは、サイモンがレイの正体を誤魔化してくれているのだと気づいて、コクコクと大人しく頷いた。


「あ゛~~~……そっか。それは、そうだよなぁ……」


 ライデッカーは、くしゃりと山吹色の髪を握りしめて、頭を抱え込んだ。

 テオドールも「そ、そうだな」と気まずそうに相槌を打った。彼の顔色は別の意味で悪く、その視線は宙を泳いでいた。——二人とも、レイが先代魔王の庇護下にいることを知っているのだ。


(……なんか、誤魔化せちゃったっぽい???)


 レイは目をぱちくりさせて、テオドールとライデッカーを見つめた。


「あ」


 レイがふいに、あることを思い出した。


「どうかしたか?」


 その場にいた全員がレイの方を振り向く。

 ライデッカーが代表して尋ねてきた。


「そういえば、一瞬真っ白になった時に、なぜか誰かの笑い声が聞こえたんです。『最期に面白い追いかけっこが楽しめた』って……」


 レイは少しためらいがちに話した。自分の空耳だった可能性もあるのだ。


「……そうか。ミダスは最期は笑って還ったか」


 サイモンだけが薄らと微笑んでいた。始めて見る、とても穏やかなものだった。



***



「あの手袋が無くなっても、呪いは解けないんですね」


 レイは、客人たちの石像を見つめて、ぽつりと呟いた。

 呪物であるミダスの指手袋を破壊すれば石化した人間も元に戻るのではないかと、考えていたのだ。


 客人もいなくなり、テオドールや他の塔の魔術師全員の安全も確認できたため、今は王国騎士団の調査が入っていた。


 今回の事件で客人と遭遇した塔の魔術師は、王国騎士団の事情聴取を受けるため、全員が所長室に待機させられていた。


 レイたちは自分の順番がくるまで、ソファに座り、ぼうっと王国騎士たちが石像を調査している様子を眺めていた。


 命をそのまま固めてしまった石像は、どんなに素晴らしい彫刻家たちが彫りあげた彫像よりも、異様にリアルで生々しく悍ましい感じがしていた。王国騎士たちは、薄気味悪いもの見るように、あるいは心の底から恐怖するように、丁重に石像を扱っていた。


「黄金と命を引き換えに、呪いが成就しているからね。一度完結したものは、もう元には戻らないよ」


 サイモンが淡々と告げた。

 呪いの精霊王直々に断言されてしまっては、本当にもうずっとこのままなのだろう。


「で、あれらはどうするんだ? ずっとここに置いて置くわけにはいかないぞ」


 ライデッカーが、ぶっきらぼうに尋ねた。後頭部で大きな手を組み、ソファの背もたれにだらしなく寄りかかって、石像を睨みつけている。

 テオドールを狙った客人の石像だ——そんなもの、本当なら見たくもないのだろう。


「現場検証が終われば、すべて資料室に運ぶ手筈だ。呪いでできた石像は珍しいからな。研究資料として残す予定だ」


 事情聴取が終わったテオドールが、応接室から戻って来た。「次はジーンの番だ」と、ライデッカーを隣室へと促す。


「……俺はあんまり取っておきたくないです。それに、もう呪物本体も無いじゃないですか」


 ライデッカーが、むすっと拗ねるように反論した。


「私は無事だったのだ。気にしていない。それに、今後の研究機会を奪ってしまう方がもったいない」

「……そうですか……」


 テオドールに穏やかに諭され、ライデッカーは完全には腑に落ちないまでも渋々頷いた。


 ライデッカーはソファから立ち上がると、事情聴取を受けるため、ぷらぷらと所長室を出て行った。



 その後、サイモンとレイも簡単な事情聴取を受けて、今回の事件は幕を閉じた。


 石像は、調査後にすべて資料室に運ばれた。

 根から枝葉まで黄金に変わってしまった木は掘り起こされて、王宮の宝物庫に収められることとなった。その他の黄金は、一部を資料として残し、すべて溶かして国に納められることになった。


 客人とミダスの指手袋が聖灰化したものについては、なぜか重要参考物として、騎士団が引き取ることになった。





PCが壊れたため、申し訳ございませんが、来週の更新はお休みさせていただきます。


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