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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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諜報活動(???視点)

 俺の母は、いわゆる貴族のお手付きだった。

 俺の父親は、母がメイドとして出入りしていた屋敷の当主らしい。母は俺を身ごもって、屋敷から叩き出されたそうだ。


 王都の片隅の貧民街で母一人子一人の貧乏生活だったが、それはそれで幸せだった。

 だが、そんな幸せな時間も長くは続かなかった。


 俺が幼い頃に母が亡くなった。

 それから俺は、父親の屋敷に引き取られた。


 俺の上には、母親違いの義兄と義姉がいた。俺は、病弱だった義兄にもしものことがあった場合のスペアとして迎え入れられた。


 妾の子の俺は、その屋敷では非常に肩身の狭い思いをした。

 父の正式な夫人である義母とはほぼ顔を合わせたことは無かったし、結局言葉を交わすことはなかった。


 一応、一通りの教育を施してくれたことには感謝してる。


 だが、俺はさっさとこんな屋敷からは出て行きたかった。

 あからさまに嫌がらせや危害を加えられることはなかったが、家族の食事やイベントに俺が呼ばれることはなかった。使用人たちも女主人の夫人の顔色を窺って、できるだけ俺に関わらないようにしていた。


 あの屋敷の中で俺は、半分いないような者だった。透明で、いてもいなくてもいいような存在だった。俺の居場所なんてどこにもなかった。


 義兄は成長するにつれて病気で寝込むことが少なくなり、体調が安定してきた。そのためか、余計に屋敷の中での俺の存在意義がなくなっていった。


 だから俺は自立して、さっさとこの屋敷を出ようと考えた。

 まず始めに、十四歳になったらすぐに冒険者登録をした。他にどうやって生きていけばいいか分からなかった。ただ、冒険者になれば、最低限働いて食っていけるだろうと考えた。


 人目を忍んでは屋敷を抜け出して、薬草摘みなり雑用なり簡単な仕事をこなした。その時の報酬は、屋敷を出る時のためにもできるだけ貯金した。

 剣も魔術も基礎だけは習っていたから、屋敷から出られない時はそれらを練習した。

 いつでも冒険者として生きていけるように、必死だった。


 十六歳の誕生日に、父から執務室に来るよう呼ばれた。この屋敷に来て以来、初めてのことだった。


 久々に言葉を交わした父は、俺に家を出ないかと提案してきた。俺は二つ返事で頷いた。


 家名を名乗らないこと、何があってもこの家に縋り付かないことを条件に、庶民なら一年は生きていける手切れ金と一緒に放り出された。


 どうやら俺の冒険者活動は逐一報告されていて、父の耳にも入っていたようだった。


 俺はもうこの家の者ではない、冒険者でも何でもやればいいと言われた——言われなくてもそうするさ。


 俺にとってあの貴族の屋敷は、「屋敷」であって「家」にはならなかった。

 追い出されたというのに、寂しいとか辛いとかはなく、ただ「やっと解放された」と肩の荷を下ろした気分だった。



 後に、あの屋敷の使用人と偶然飲み屋で知り合った。そいつから聞いた話だと、俺が屋敷を出るために、夫人がいろいろと裏で手を回してくれてたらしい。


 俺が冒険者登録をしたと知った夫人は、円満に俺をこの家から追い出そうと画策したらしい。——屋敷を出たい俺と追い出したい夫人の利害が一致したんだ。


 夫人は、俺が早くに屋敷を出ていけるよう冒険者ギルドに口利きをして、いくつか俺に依頼を斡旋していたらしい。どおりでたまにしかギルドに顔を出さない俺でも、すんなり依頼を受けられたわけだ。

 これで俺に冒険者として芽が出れば良し、まともに依頼もこなせないようであれば俺の自己責任で放っておけば良し。——まぁ、俺は普通に依頼はこなせたから、特に問題なかったが。


 夫人は義兄と義姉の婚約をさっさとまとめ、もし義兄に何かあっても、義姉とその将来の夫が家を継げるように整えたらしい。——これで、俺がこの貴族家を継ぐ可能性は万に一つも無くなったわけだ。


 これには父も舌を巻いたらしい。

 妾の子を引き取るのに反対もしなかった、控えめで大人しいと思い込んでいた夫人の手腕によって、俺を屋敷に置いておく理由が無くなった。

 折よく俺も成人したし、冒険者として活動実績も積み始めていた。養育だけはしてやったしもう十分だろうと、父は俺を放逐した。


 貴族なんて、どいつもこいつも勝手な奴らばかりだ。この考えは、今でも変わっていない。



 それから二年間は、自由な冒険者生活を謳歌した。

 危険と隣り合わせの仕事ではあったが、俺には居場所ができた。パーティーも組んで、仲間もできて、それなりに充実した生活を送っていた。


——そんなある日、俺に指名依頼が入った。よりにもよって、実の父親からだった。


 二年ぶりに見た父は、少しだけ老け込んでいた。顔に皺が増え、髪にも白髪が混じるようになっていた。


「……何のご用でしょうか?」


 冒険者ギルドの個室で、俺は慎重に尋ねた。

 貴族がらみ、しかも一応縁故のある俺を指名——面倒な依頼に違いないと、俺の勘が告げていた。


「とある人物の諜報と報告をしてもらう。まずは、王国騎士団に入団してもらう」

「はぁ……」


 挨拶の一つもなくいきなり告げられたのは、依頼の話だった。

 王国騎士がらみの諜報活動——とんでもなく面倒な案件だ。


「お前が剣士をしていてちょうど良かった」

「お断りすることは……」

「今、お前はパーティーを組んでいるそうだな」

「…………」


 俺は思わず依頼主である父を鋭く睨みつけていた。


 やっとできた居場所を、こいつはまた俺から奪おうというのか。

 俺が断れば、パーティーメンバーに何か危害を加える気じゃないだろうな?

 一瞬だが、そんな思いが俺の頭をよぎって、警戒してしまった。


 結果、俺は奴を睨みつけていた。

 迂闊にも、自分で自分の弱みを晒してしまったんだ。


 そんな俺の様子を見て、逆に奴はほくそ笑んでいた。


「この依頼がうまくいけば、何か仕事を斡旋してやってもいい」

「…………」


——チッ。これだから、貴族なんて大嫌いだ。



 長期の指名依頼が入ったということで、パーティーメンバーには「少し抜ける」とだけ話した。

 これ以上、仲間を巻き込みたくはなかった。


 気のいい仲間たちは、俺の指名依頼に自分のことのように大喜びしてくれた。

 それだけが、俺の救いだった。



 王国騎士団の入団試験は、父の推薦もあり問題なく突破できた。

 昨年の秋から、俺は第三騎士団に所属することになった。その時にやっと諜報対象を教えられた。


 諜報対象は、騎士寮で同室のレヴィという男だそうだ。元剣聖候補らしい。

 どうやらナタリー第一王女殿下がご執心らしく、何かあれば逐一報告しろとのことだ。


「諜報」というからには、政敵だとか、犯罪者相手なんじゃないかと身構えていたが……まぁ、蓋を開けてみれば随分かわいらしいもんで少しほっとした。



 レヴィの剣の腕前は、剣士の俺から見てもかなりのものだった。「剣聖候補」とされたのも頷けるほどだった。


 ただ、レヴィは少し、いや、だいぶ変わった奴だ。

 あまり表情は変わらないし、感情の起伏もあまりない。受け答えしていても、「?」と不思議に思うことが多々ある。


 まぁ、根が悪い奴というわけではないし、こういう奴だと言われてしまえば、こっちが諦めて受け入れるしかない感じだ。王女殿下はこいつの何が良くてご執心なのかは、俺にはさっぱり分からなかった。


 唯一レヴィの表情を変えられる人物といえば、特殊魔術研究所の魔術師の少女——レイ・メーヴィス魔術伯爵だけだ。


 どうやら、レヴィは王国騎士団に入団する前は、その少女と冒険者パーティーを組んでいたらしい。

 彼女に会うたびに、レヴィは普段は見せないような少しだけ柔らかい表情になった。


 その少女をレヴィが恋愛対象に見ているかまでは、さすがに俺でも分からん。というか、レヴィが恋愛をするのかどうかも分からん。ついでに言ってしまえば、ここ数ヶ月の間ほとんどずっと一緒にいたが、いまだに何考えてるのかもよく分からん奴だ。


 仲良くなった手前、少々後ろめたくもあるが、俺は王女殿下の宮殿に定期的に上がって、レヴィの様子を報告した。


 入団してからは、女っ気のほぼない騎士団で、淡々と訓練メニューをこなすだけの生活だった。報告内容も、俺がレヴィから聞き出した話だったり、普段の生活の様子を報告したりと、平和そのものだった。



——それが、今回は違った。


 第二騎士団と第三騎士団の交流試合——新人枠にレヴィが参加するということもあり、王女殿下も観戦されていた。


 交流試合の後、いつものように報告しようと王女殿下の離宮へ向かった時だった。


 ドンッ!


「キャーッ!」


 王女殿下の離宮の方から、何か大きな音が聞こえてきた。

 女性の悲鳴も聞こえたため、急いで駆けつけた。


 使用人用の裏口から入ると、いつものように部屋へと案内された。


 途中、離宮の廊下の壁に、折れた扇子が深々と突き刺さっていた。


 この高級そうな扇子って、王女殿下の私物だよな?

 なんでこんなところに?

 ってか、王女殿下がこれやったのか?

 あの細腕で?

 火竜の加護は薄いとの噂だったが、やっぱり王女殿下にも竜の血が流れてるんだな……


 現実逃避するような思考の後、見なきゃ良かったと思えた不安材料が視界に入ってきた。


 廊下の端で隠れるようにすすり泣く侍女。

 目を泳がせて知らんぷりしている護衛騎士。

 あるいは、壁と同化して嵐が過ぎ去るのを息を殺してじっと待っているその他の使用人たち……


 王女殿下は、癇癪を起こしているようだった。


「あの女は一体何なの!!?」


 ヒステリックな叫び声が、離宮内に響いていた。


 この時、俺は「死んだ」と思った。最低限、表情はすでに死んでいたはずだ。

 でもここに来てしまった以上は、報告もせずに帰ることもできない。


 とんでもなくタイミングが悪い時に来ちまったな……


 近くにいた王女付きの護衛騎士にこっそり確認すると、どうやら交流試合の時にレヴィとハイタッチした女がいて、相当ご立腹だとか……誰だよ、そいつ……


 俺は意を決して、王女殿下の部屋に入った。


 部屋に入った瞬間、俺はオーガにでも睨まれたかと思った。

 それぐらい、普段の王女殿下とは様子がかけ離れていた。


 俺がいつもの報告をしに来たと知るや否や、王女殿下は表情を和らげて、少し落ち着きを取り戻してくれた。


 俺が訓練場の控え室でのレヴィの様子を報告した時には、王女殿下は静かに話を聞かれていた。


 ただ報告が終わった後、俺には追加で新しい任務が命じられた——レヴィとハイタッチをしていた女について詳細を調べることだ。


 俺は神妙に新しい任務を拝命した。


 俺も、自分の命が惜しい。

 こんなところで死にたくはない。


 そのハイタッチ女には悪いが、俺は俺の任務を全うさせてもらう。

 そいつには、レヴィに関わってしまったこと、王女殿下がレヴィに執心していることを不運だと思ってもらうしかないな……




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