閑話 騎士寮ランチ
レイはキラキラと瞳を輝かせて、ランチメニューを見ていた。
食堂前に置かれているイーゼルには、小さな黒板が掛けられている。
「今日はAランチがボアのすね肉の煮込みで、Bランチがチキンソテーか。どっちもうまそうだな」
隣で一緒にメニューを見ていたウィルフレッドが呟く。ヘーゼルの瞳は、珍しくわくわくと煌めいていた。
「騎士寮のご飯はとにかく量が多いんですよ。覚悟してくださいね」
ロナが「ふふふ」と笑いながら教えてくれた。
ショーンとカレブは気を利かせて「席取っときます!」と、一足先に食堂の中に入っていた。
(やった! 憧れの騎士寮ご飯!!)
レイは念願の騎士寮の食堂ランチに、胸を弾ませていた。
魔力研究の昼休憩の時だった。
レイが王宮内にある特殊魔術研究所で働き始めて数ヶ月。王宮でいろいろな噂話を耳にすることも増えた。
その中でも特にレイが気になったのは——
「騎士さんたちに『騎士寮の飯はうまい』って教えてもらったんです。演習とか遠征で一緒になるたびに聞いてたので、ずっと気になってたんですよ!」
レイはわくわくと騎士寮の食堂へと足を踏み入れた。
たくさんの騎士を抱える王宮の騎士寮は大きく、もちろん食堂も広い。
無骨な木製の長テーブルがいくつも置かれ、昼時ということもあり、たくさんの王国騎士や従騎士が食事をとっていた。
「でも私は騎士じゃないから、騎士寮の食堂は使えないな~って残念に思ってたんです」
食事の受け取りカウンター前に並ぶ騎士たちの最後尾に、レイたちは並んだ。
真っ黒な黒の塔の制服姿のレイに、近くを通りかかった従騎士たちがギョッとした視線を彼女に向けた。
「黒の塔に食堂はないんですか?」
「ありますよ、本館の方に! でも、ものすごく狭いですよ。昼だけしかやってないですし、メニューも日替わり一択ですし。味も普通です」
ロナが尋ねると、レイは苦笑いして応えた。
列が進んでカウンターが近づいてくると、食堂の従業員が注文を確認してきた。
訊かれるのは「AかB」だけだ。大量の注文を捌いているためか、大雑把な騎士たちを相手にしているためか、ものすごく簡潔だ。
レイはAランチを分量控えめで、ウィルフレッドとロナはBランチを注文した。
「騎士寮の食堂は『肉とボリューム』って言われてるんです。毎回すごい量が出てくるので、私も慣れるまで大変でしたよ。もしレイさんが食べ切れなかったら、ショーンかカレブに任せれば、彼らがペロリと平らげてくれますよ」
「『肉とボリューム』……」
レイはロナの言葉を復唱していた。目線は、先にランチを受け取る騎士たちのトレイの上に釘付けだ。
(AもBもメガ盛りなのっ!?)
メインの肉の量もさることながら、付け合わせのスパゲッティもサラダもたっぷりと山のように皿に盛られている。
ウィルフレッドも「おぉ。すげぇな」と呟いていた。
ドンッ。ドドンッ。
順番がくると、レイとウィルフレッド、ロナのトレイの上に本日のランチセットが置かれた。
Aランチは、ボアのすね肉の煮込みがメインだ。大きな拳のような骨付き肉がごろんと横たわり、お皿の上でほかほかと湯気をあげている。茹でたじゃがいもと粒マスタードも付いている。
Bランチは、チキンソテーだ。鶏をそのまま一羽使っているのではないかと思われるほど大きな肉塊が、皿の上をババーンッと我が物顔で占領している。こちらはバケット付きだ。
どちらも大量のスパゲッティとサラダ、コンソメスープ付きだ。
「わぁ! おいしそう!」
(でも、すごい量。本当にこれで控えめなの? 私、いけるかな……?)
レイは念願の騎士寮ご飯にテンションが上がった。ただ、ちょっぴりAランチのボリュームにびっくりしていた。米限定のフードファイター・レイでさえ心配になってしまうレベルだ。
「レイ、食い切れるか?」
ウィルフレッドがAランチのボリュームに若干引きつつ、心配そうにレイの方を覗き込んだ。
「……だ、大丈夫……かな?」
レイは自信なさげに小首を傾げた。
レイたちが取っておいてもらった席に向かうと、代わりにショーンとカレブが食事を取りに行った。
レイの隣にウィルフレッドが座り、彼の向かいの席にロナが座った。
ショーンとカレブからは「先に食べててください」と言われていたため、遠慮なく冷めないうちに食事に手をつける。
「おいふぃ……」
一切れボア肉を口に入れると、レイはほっこりと呟いた。
頬がきゅっとなって、思わず手で押さえる。
ボアのすね肉は、しっかり煮込まれてスッと柔らかくナイフが入り、ゼラチン質がぷるりとジューシーに滴っていた。
口に含むと香草のほのかな香りがし、粒マスタードを付けると、酸味とスパイスでさらに味が引き締まった。
ボリュームにはびっくりさせられたが、味は満点だ。
「んまっ!」
ウィルフレッドも一口目に小さく叫んだ。
Bランチはチキンが大きすぎて、下にスパゲッティとサラダを敷いていた。
チキンは綺麗な狐色に焼かれていて、見ているだけでもおいしそうなのが伝わってきた。
「師匠。一口交換しませんか?」
「お、いいぞ」
レイはウィルフレッドにチキンを少し分けてもらった。
レイもお返しにボア肉を少し切り取って、彼の皿に置く。
「おいしい!」
レイは分けてもらったチキンを口に放り込むと、にっこりと言った。
チキンも非常に柔らかく、こちらはガーリックとバターが非常に香り高かった。定番の味だ。
しばらくすると、ショーンとカレブが食事を持って戻って来た。二人ともAランチにしたようだ。
ウィルフレッドとは反対側のレイの隣にカレブが座り、レイの向かいにはショーンが座った。
「「いただきます!」」
ショーンもカレブも勢いよく食べ始めた。あれよあれよと皿の上の肉が、付け合わせのパスタが、サラダが消えていく。
二人とも見ていて気持ちいいぐらいの食いっぷりだ。
レイは八割ほどを食べ切ったぐらいから、食べるペースが落ちてきた。分量を控えめにしてもらっても、大盛りに変わりはなかった。
「レイ? 無理すんなよ?」
ウィルフレッドが、様子を窺うようにレイの方を覗き込んだ。
「ふぅ……結構お腹いっぱいです」
レイは椅子の背もたれに寄りかかって、ぽんっと膨れたお腹を撫でた。
(残したらもったいないから、タッパーが欲しいかも。この世界にタッパーって無いのかな……?)
レイは、目の前の残りのスパゲッティとボア肉の塊と睨み合った。
残念ながら、お腹のから方は「もう満腹です!」とNGが出ていた。
「じゃあ、俺が残り食べますよ」
カレブがにこやかに手をあげた。Aランチはすでに綺麗に完食していた。
「……む。レイ、少し寄越せ。俺はまだいける」
ウィルフレッドが少し不機嫌そうに、レイの皿を引き寄せた。
「いやいや、無理しないでください、ウィルフレッドさん。俺、騎士なんで。このぐらいの量は朝飯前っす」
カレブが、ウィルフレッド側に持っていかれた皿を、自分側に引き寄せる。
「いやいや、若いもんにはまだ負けないから。俺もまだ食えるから」
ウィルフレッドが、またレイの食べ残しが載った皿を引き寄せる。
「いやいや、ウィルフレッドさん」
「いやいや、カレブ君」
ウィルフレッドとカレブは、レイの皿を引き寄せあった。少し意地になってるのか、互いに全く引かなかった。
ズルズルと目の前で皿が左右に引きずられるたびに、レイの胸の内にイライラが溜まっていった。眉間の皺もどんどん深くなっていく。
(行儀が、悪い……!)
「いい加減にしてください! 二人とも、食べ物を粗末にしない!!」
レイは拳をきゅっと握ると、バンッとテーブルを叩いた。
一瞬、レイたちの周りだけシーンと静まり返った。
普段大人しいレイの雷が落ちて、ウィルフレッドもカレブも呆気にとられていた。二人とも、大人しく「はい……」と思わず口ずさむ。普段優しくて大人しい人が怒ることほど怖いものはないのだ。
ショーンもロナも、びっくりして目を丸くしていた。
「もう! 食べたいんだったら、二人で平等に分ければいいじゃないですか!」
レイは自分の皿を奪うと、残っていた料理を半分こにして二人の皿にそれぞれ分けた。
「はい! 召し上がれっ!」
レイはキッと二人を睨み上げた。
もちろん、これ以上のケンカもお残しも決して許さない所存だ。
「「い、いただきます……」」
ウィルフレッドとカレブは急にしおらしくなると、黙々と食べ始めた。
レイは腕を組むと、「ふんっ」と荒く鼻息を吐いた。
ショーンとロナは「レイさんには逆らわない方がいいね」「そうね」とこそこそ目配せし合った。




