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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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師匠に相談

「師匠! ただいまです!」


 久方ぶりに帰って来たユグドラの樹の前で、レイは元気良く挨拶をした。


「おう、おかえり。今回は一人……じゃないな」


 師匠のウィルフレッドが、ユグドラの樹の出入り口まで出迎えに来てくれた。


 ウィルフレッドは、カールがかった金髪を乱雑に一つにまとめ、本日もダボッとくたびれたシャツとズボンのラフな格好だ。

 にかっと笑って、軽く手をあげている。


 今回は、ニールとレイ、そして精霊馬のルカも一緒だ。

 ルカはしばらくニールの知り合いの元で調教を受けていたが、無事に終了したため、生まれ故郷のユグドラの森に一緒に帰って来ていた。


「さすがに精霊馬は、ユグドラの樹の中には入れらんないぞ。厩舎(きゅうしゃ)の方に案内する」


 ウィルフレッドが腰に手を置き、バッサリと伝えた。


「キュゥ……」

「でも、私の使い魔ですよ?」


 ルカが悲しそうな鳴き声をあげ、レイもウィルフレッドに懇願するように見上げた。


「うっ、ダメなもんはダメだ! ほら、こっちだ!」


 うるうるな視線に見つめられ、ウィルフレッドはばつが悪そうに顔を顰めた。腕を振って、ルカを急かす。


「むぅ、仕方ないです……」

「キュゥ……」


 レイもルカも仕方ないと、ウィルフレッドの後を追った。



***



 ルカを厩舎に送った後、ウィルフレッドとレイはユグドラの樹の中層階にある団欒室に向かった。


 団欒室のソファでは、先に上がっていたニールが、優雅に長い脚を組んで座って待っていた。


 団欒室の奥にあるキャットタワーや、部屋の高いところをぐるりと巡るキャットウォークには、使い魔の魔法猫たちが思い思いの場所でのんびりと寛いでいた。



「それで、魔術について聞きたいことがあるって?」


 ウィルフレッドは、どかりとニールの向かいのソファに座ると、率直に尋ねてきた。


「そうなんです。実は……」


 レイはニールの隣に座ると、これまでの経緯と、黒の塔の魔術師としての研究課題について簡単に説明した。


 ヴェロニカとポリーからもらった微弱な魔力を計測できる魔道具で、王国騎士たちを測定したこと。

 それまで「魔力無し」と判定されていた王国騎士に、微弱な魔力があることが判明したこと。

 微弱な魔力は、騎士たちの体内に留まって巡っているため、体内で消費するタイプの魔術であれば使えるのではないかと考えていること等々……


「問題は、教え方なんです。騎士さんたちはずっと『魔力無し』で生きてきたうえに、魔力量も少ないので、魔力を感じること自体が難しいんじゃないかって……」


 レイは困ったように眉を下げた。


「う〜ん、俺も魔力がほとんど無い奴を指導したことは無いからなぁ〜。それに、体内を巡ってる魔力か。どういう状態か見てみないと、何ともアドバイスしづらいな」


 ウィルフレッドは腕を組むと、頬杖をついて考え込んだ。


「ともかく、魔術はイメージが大事だからな。騎士たちとってイメージしやすい方法があるだろう? それを取り入れてやるしかないな」

「イメージかぁ……」


 ウィルフレッドの言葉に、レイはさらに困り顔で眉を下げた。


(騎士さんたちがイメージしやすいことって、何だろう……?)


「騎士たちなら、身体を動かすことが多いだろう。力を込めるのと同時に、魔力を込めるイメージをさせるのはどうだ?」


 それまで静かに二人の話を聞いていたニールが、口を開いた。


 王国騎士であれば、日々訓練を積んでいる。彼らの発達した筋肉の動きと、「魔力を込める」という意識を連動させれば、比較的イメージしやすくなるだろうと、ニールは考えたのだ。


「確かにそうだな。騎士なら、まずはそれを試してもらおうか。あとは、それでもイメージがつかなかったり、魔力を流しづらいタイプが問題だな」


 ウィルフレッドが思案するように顎先を撫でながら、ニールの案に相槌を打った。


「魔力を流しづらいタイプ?」


 レイは、初めて聞いた言葉に小首を傾げた。


「稀にいるんだ。身体が弱すぎたり、誰かにかけられた魔術や呪いの影響だったり、過度の加護や祝福が悪さしたりして、魔力の通り道を塞ぐことがあるんだ。そうなると、魔力自体が練りづらくなって、結果として魔術が上手く使えなくなる」


 ウィルフレッドが丁寧に説明する。


「そういう場合はどうするんですか?」


 レイがさらに質問した。


「個別に魔力の流れを見て、対応してやるしかないな。ほら、俺が一番最初に、レイに魔力が感じられるかどうか試したことがあったろ? あんな要領で、こう、両手を握って魔力を流して……」


 ウィルフレッドは、そこまで言うと口を噤んだ。手を握るようなジェスチャーをしたまま、なぜかだんだんと表情が強張っていく。


「「…………」」


 ニールも何かを察したのか、柳眉を顰めて、ウィルフレッドと一緒に無言になった。


 この時、ウィルフレッドもニールも全く同じ想像をしていた——レイが魔術研究のためとはいえ、むさい騎士たちと仲睦まじく手を繋ぐイメージだ。


「いや、いや、いや! 別の方法を考えよう! この方法はできる者が限られるからな! 再現性が低い!」


 ウィルフレッドはぶるぶると頭を左右に振ると、今まで自分が言っていたことに勢いよく反論し始めた。


「え、それならできるように練習をすれば……」


 レイは急に意見を変えたウィルフレッドを不思議に思いつつ、口を開いた。


「ダメだ! 危険すぎる! 流す魔力量によっては、相手にかなりの負担になるからな!」


 ニールもすかさず、ウィルフレッドに援護射撃をした。

 レイの方を向いて、真剣な表情で「ダメだ」と首を小さく左右に振る。


「えぇっ?」


(ニールまで、急にどうしたんだろう……?)


 レイはきょとんと首を捻った。


 ウィルフレッドもニールも、可愛い弟子(妹)に変な虫を近づけないよう必死だった。


「……むぅ。それなら、そんな人が現れたらどうしましょう? 研究が進まなくなっちゃいますよね?」


 レイはむすっと少し頬を膨らませて、尋ねた。


「俺が行く」


 ウィルフレッドが、間髪入れずに言った。


「えっ? いいんですか? ユグドラの方は……?」

「たまには休みを取る。日程が決まったら、教えてくれ」

「えぇっ!?」


 ウィルフレッドの珍しすぎる行動に、レイは驚愕の表情を彼に向けた。


「それに、黒の塔も見学したかったんだ。人間がどの程度呪い魔術を扱えるようになったか、確認しておかないとな」


 ウィルフレッドは、にやりとほくそ笑んだ。


(……何か悪巧みしてそう……?)


 レイは、自分の師匠だからこそ、目を眇めて疑いの視線を送った。




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