氷竜の代替り2
氷竜討伐の応援に、王都からは四十名の王国騎士と十五名の魔術師がアイスガルド領に送られた。
移動には、王都とアイスガルドの領都であるランタノを繋ぐ転移門が使われた。ランタノから先は、氷竜湖に一番近いピリ村の拠点まで馬橇で移動する。
(うぅ……寒っていうより痛っ!)
レイは大柄なライデッカーの隣に、ちんまりと座っていた。
馬橇は、二列に合計十人が座れる客席があり、完全に吹き曝しだ。
王都周辺ではあまり見かけない、巨大としか言いようのない馬が力強く橇を引く。蹄は赤子の頭ぐらいあるのではないかと思えるほど大きく、どっしりがっしりとした太い脚には、長く優美な毛が生えている。
馬橇はそこまで速度は早くはないが、そこそこ大人数を運べて、応援部隊の人員の体力も温存できる。
雪原の風は身を切るように冷たく、風が直接当たる鼻や頬が赤味を帯びてほろ痛む。
「レイちゃん、寒くない? 大丈夫?」
ライデッカーが鼻の先を赤らめて、隣の席のレイを気遣った。
「寒いですよ! 肌が出てるところは痛いですし! でも、ニールがコートとかいろいろ新調してくれたので、他はポカポカです!」
レイは、アイスガルド領の遠征に向けて、ニールに冬の装備を一新してもらった。
コートもブーツも手袋も、バレット商会が取り扱っている最新のもので、全てに保温の魔術付与がなされている。
内側はふかふかのボアが付いていて心地良く、なおかつ、羽のように軽いのだ。
「さすがバレット商会……そういえば、レイちゃんは商会長様から何か聞いてない? あのお方なら、氷竜湖のことにいろいろ詳しいでしょ?」
「いろいろ聞きましたよ。氷竜湖の主さんのことや、後継者候補が三頭いることとか……あ、そういえば、後からニールも氷竜湖に来るので、その時に詳しく聞きましょうか?」
「えっ!? 商会長様も来られるの!!?」
ライデッカーが驚きすぎて、大声をあげた。
同じ橇に乗っていた全員の視線が、ライデッカーに集まる。
「……え、えぇ……それって大丈夫なの? 黒竜王様が氷竜討伐やSランク冒険者を邪魔したりとかは……?」
ライデッカーは気まづそうに大きな身を屈めた。ポケットに手を突っ込んで防音の魔道具を起動させると、率直に突っ込んだ。
「そんな雰囲気ではなかったですよ。元々、氷竜湖の主さんも今年の夏は越せなそうだってお話ですし……」
レイはふるふると首を左右に振った。
ライデッカーは「へ? そうなの?」と呆気に取られた。
「ライデッカー、随分興味深い話をしているな」
その時、第一騎士団団長のイシュガルが、後ろの席からがしっとライデッカーの肩を掴んだ。
狙いを定めるように、炎の塊のような真っ赤な瞳がライデッカーを鋭く見つめる。
イシュガルは、今回の応援部隊の総指揮を執ることになっているのだ。
「詳しく話してもらおうか」
決して逃すまいと、イシュガルの指がみしみしとライデッカーの肩に食い込む。
「バレット商会長が、これからいらっしゃるそうだ」
ライデッカーは、イシュガルの剣幕に若干びっくりしながらも、ベリッと彼の手を肩から引き剥がした。
「……商人か。それなら、我々が知らない情報も掴んでいる可能性があるな。よし、話を聞かせてもらおうか」
イシュガルは即座に決断した。
「レイちゃん!」
ライデッカーがレイの方を勢いよく振り返って、半べそ気味に縋りついてきた。
彼が影竜王であるニールに、そんな気軽にお願いできるはずがなかった。
「ニールに確認しますね」
レイは、イシュガルとライデッカーの気迫に押されつつ、こくりと頷いた。
***
ドラゴニア王国で氷竜湖に一番近い村——「ピリ」には、要塞が建てられていた。
もし万が一、氷竜が暴走した場合に、この要塞が防波堤となり領民を守るために築かれたものだ。
氷竜湖付近ではこの地方特有の薬草やきのこや魔石などが採れるため、ピリの冒険者ギルドは、それら貴重な資源を狙う冒険者に溢れていた。
——だが、今はそんな冒険者ギルドも、出入りするのは地元民ばかりで、以前のような賑わいは鳴りを潜めていた。
ここ数年、氷竜湖周辺で巨大な氷竜が暴れることが度々あり、今まで採れていた場所に薬草などが生えなくなり、魔石の質も不安定になったのだ。
採集・採掘の危険度が上がり、実入りも不安定になった——結果として、多くの出稼ぎ冒険者がこの地を去ったのだ。
ピリの寂れた冒険者ギルドの酒場で、真昼間から酒を嗜む四人組がいた。
一人は深紅色の髪と色鮮やかな黄金眼をした、一際大柄な男だ。漢の中の漢といったどっしりとした風貌で、勲章のように頬に大きな傷がある。無骨なエールのジョッキも、彼が握ると小さくかわいらしく見える。
彼は冒険者の剣士らしく、傍らに大剣を携えていた。
酒場の丸テーブルで大男の両隣を囲うのは、金髪と栗色の髪の冒険者の男たちだ。
携えている武器から、剣士とナイフ使いのようだ。
どちらも手練れの冒険者の風格が漂っていた。
四人の中で一人だけ毛色が違うのが、ニールだ。
上等なコートを丁寧に折って椅子の背もたれに掛け、品の良いスーツを着ている。
艶麗な笑みを浮かべ、真っ直ぐに目の前の大柄な男を見据えていた。
「まさか、ニールが来るとは思わなかったよ」
赤髪の大男が、太い声で言った。
本気でそう思っているのか、目を丸くしている。
「俺もはじめは来る気はなかったんだが、用事ができてね。それにしても、ガロンがこの依頼を受けるとは思わなかったよ」
ニールはさらりと言い返した。
「ああ、爺さんがまだ矍鑠としてた時に言われたんだよ。いざとなったら、お前が引導を渡してくれって」
ガロンがあっさりと答えた。
「……ヴェイセル老らしいな」
ニールは目線を伏せて、小さく相槌を打った。
「星詠みの姉さんの話じゃ、爺さんも今年の夏まではさすがに持たないって聞いたからな。いい加減、爺さんも十分に生きただろ」
「そうだな」
ガロンの話に、ニールは淡々と相槌を打った。
「……最後に会わねぇのかよ?」
「俺が会っても、もう誰だか分からないだろ。いつでも会えば、先に亡くしたひ孫だか玄孫に間違えられる」
「……ああ、氷竜湖の次期主に推してたってひ孫か。ニールによく似てたんだろ」
「俺は孫じゃない」
「そうだな」
今度はガロンが渋い表情で頷いた。
「じゃあ、何で今の時期にここに来たんだ? 商売か?」
「俺の主人が氷竜湖を訪れるからな。安全確認と護衛だ」
「…………は?」
ガロンはエールのジョッキを掲げたまま、ぽかんと固まった。
「冗談を……」
ガロンは頬を引きつらせ、乾いた笑いを漏らした。
影竜王を従えられるような人物自体、全く想像がつかなかったのだ。
「な〜ん」
「おや? 琥珀?」
ニールの足元の影から、琥珀の小さな頭がにょきっと出てきた。
するりと地面に上がると、誇らしげに胸を張って、首元のリボンに括り付けられている手紙を見せてアピールした。
『レイ、要塞、着いた』
「そうか、ありがとう」
ニールは手紙を受け取ると、琥珀の頭をひと撫でした。
熱心に、手紙に視線を走らせる。
「ん? 随分ちっこいが、キラーベンガルか?」
「そうだな…………どうやら、俺もあの要塞に呼ばれたようだ。氷竜湖の話を聞きたいらしい」
ニールは手紙を折りたたんで胸ポケットにしまうと、メモ帳を取り出して手紙の返事を書き始めた。
琥珀のリボンに手紙を付けると、「行きな」と軽く手を払った。
琥珀も、ぴょこんとニールの影に潜って行った。
「お? 俺たちもあの要塞に泊まる予定だ。国からの依頼だからな。特別に部屋を用意してもらった。どうだ、一緒に行くか?」
ぐいっとジョッキをあおって飲み干すと、ガロンが気軽に尋ねた。
「そうだな、同行させてもらおう」
ニールもグラスの酒を空にする。
「さぁ、商売の時間だ」
ニールはコートに袖を通し、襟元を整えた。
そして、顔面には人の良さそうな社交的な笑みを貼り付けていた。




