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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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閑話 春の里のお土産

「……そうか、無事にティターニアの依頼を完遂して来てくれたようだな。ご苦労だった」


 ドラゴニア王立特殊魔術研究所——通称「黒の塔」——の所長テオドールは、ティターニアからの報告書に目を通すと、執務机の前に立っているレイを労った。



 王都に戻って来てから出勤初日、レイはグリムフォレストでの仕事の結果報告をしに、所長室を訪れていた。

 オリヴァーはすでに別の仕事が入ってしまっていたため、この場にはいなかった。


 所長室には他に、テオドールの護衛役も務めるライデッカーが、壁際にあるソファのいつもの席に、どかっと大きな背中を預けて座っていた。



「あ、そういえば、黒の塔のみなさんにお土産を買って来たんです。良かったら、みなさんで分けてください。オリヴァーさんにも訊いて、おすすめの物を買って来たんですよ」


 レイがそう言ってゴソゴソと空間収納に手を突っ込むと、テオドールとライデッカーが一気に顔色を悪くして身を引いた——ライデッカーに至っては、ソファを盾にして隠れている。


「むぅ……なんでそんなに身構えるんですか?」


 レイは少しだけ、むすっと頬を膨らませた。訝しげに小首を傾げる。


「……レイちゃん、お土産を取り出す前にさ、あらかじめテオに結界を張っといてくれない?」


 ライデッカーが、おそるおそるソファの陰から顔を覗かせた。大柄な体格のためか、完全にはソファ裏に隠れきれず、はみ出している。


「塔の魔術師は変わり者が多いのだ……買って来る土産も変わったものが多くてな、過去にも土産が爆発したり、呪いの品だったり、土産自体が暴れて怪我人が出たりしてきたからな……」


 テオドールが側妃似の繊細な美貌を強張らせて、説明してくれた。


「呪いの品も、爆発するような物も買って来てませんよ。ほとんどが食べ物なので安全ですよ」


 レイはそう言うと、ソファの前に置かれたローテーブルの上にお土産を並べていった。


 テオドールもライデッカーも、始めはおそるおそる、安全が確認できると、レイのお土産を普通に覗き込んだ。


「……これは?」


 テオドールが、カラフルなインク瓶を手に取った。木箱の中には数十種類、色ごとに小瓶に分けられたインクが入っていた。


「それは、妖精の魔術インクです。オリヴァーさんに訊いたら、自然系の妖精しか作れないみたいで、王都だと値段がすごく高くなるそうです。それで文字を書いたり塗ったりすると、妖精魔術の光がキラキラ光るみたいです。色によっては、花とか草木の香りもするんですよ」


 レイが丁寧に説明をした。


「へぇ〜、王都だとここまでの色数は見ないな」


 ライデッカーも、オレンジ色の三白眼を丸くして、興味深そうに木箱を覗き込んだ。


「魔術インクも、妖精のものは特に効能が高いからな。これはありがたい」


 テオドールは嬉しそうに柔らかく微笑んだ。


「この箱は?」


 テオドールが大きな白い箱に興味を持った。


「ああ、こちらは……」


 レイが説明するために口を開きかけると、コンコンッと執務室の扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


「失礼します。第四王子殿下の魔力測定についてですが……あら? レイちゃん、戻って来てたのね」


 テオドールが入室許可を出すと、エヴァが室内に入って来た。

 エヴァは、レイの存在に気づくと、にっこりと「おかえり」と言った。


「エヴァ、ただいまです! あ、お土産を買って来たので良かったら……」


 レイの言葉も終わらぬうちに、エヴァは手に持っていた書類を盾にして身構えた。


「エヴァ?」

「そのお土産はいきなり突撃して来たりはしないわよね?」


 エヴァが書類の盾から少しだけ顔を覗かせて、訝しげに尋ねた。


「しませんよ」


 レイは、ライデッカーと全く同じ行動をしているエヴァに、くすりと苦笑いして答えた。


「しばらく笑いが止まらなくなる呪いがかかってたりも?」

「大丈夫です。呪いの品は買って来てませんから」


 レイはエヴァの質問に、ふるふると首を横に振って否定した。


(エヴァはお土産でそんな目に遭ったことがあるのかな……?)


 レイは、エヴァの今までの不運っぷりに思い至って、さりげなく遠い目をした。


「おっ! クッキーか! うまそうだな!」


 ライデッカーがその場の空気も読まずに、白い箱の蓋を開けて歓声をあげた。


 箱の中には、花のような形をしたかわいらしいメレンゲクッキーが並んでいた。


「あ、それは妖精自治区で買った花蜜を使ったんです。バレット邸の料理人さんに、人間が口にしても大丈夫なように作ってもらったので、安全ですよ」


 ライデッカーは、レイの説明を聞き終わらないうちに、ポイポイと二、三個クッキーを大きな口に放り込んだ。「うん、うまい。テオが食っても大丈夫そうだ」と言うと、またクッキーに手を伸ばした。


「所長もエヴァも、どうぞ召し上がってください」


 レイはクッキーの箱を持って、二人の前に差し出した。


 ライデッカーが毒味を済ませているためか、テオドールもエヴァも素直に手を伸ばす。


「おいしい! 口の中でとろけちゃったわ!」

「うまいな。ほのかに花の香りがするが、何の花だろうか?」


 エヴァもテオドールも、目を瞠って言った。


常春(とこはる)の里の花蜜なので、いろんな春の花の香りが混ざっているみたいなんです。あと、これを食べると良い夢が見れるそうですよ」


 レイもポイッと口の中にクッキーを放り込むと、ほっこりと頬を緩めて説明した。


「ほお、妖精の祝福付きか?」


 テオドールは感心して呟いた。


「じゃあ、今夜の夢に期待ね」


 エヴァは嬉しそうに、もう一つクッキーを手に取った。


「調整して『良い夢が見れる』なら、花蜜自体は結構な祝福が付いてるんじゃないの? しかも、『常春の里』って、人間も入れたの?」


 ライデッカーは口角をひくつかせて尋ねた。


「確かに、ニールからは『花蜜を直接食べちゃダメだ』って言われました。常春の里は普通に案内されましたよ?」


 レイは、ライデッカーの方を見上げて答えた。


「保護者の方がしっかりされているようで何よりで……」


 ライデッカーは、遠い目をしてぼそっと呟いた。


「レイ嬢はティターニアの招待があったから、常春の里に入れたのだろう。『常春』『盛夏』『中秋』『常冬』は有名な妖精の国の名前だな。よく妖精の昔話に伝え聞くが、あまり人間が入ったとは聞かないな」


 テオドールが横から説明してくれた。


「そんな有名な所だったんですね! 綺麗な花がいっぱい咲いていて、とても素敵な所でしたよ!」


 レイは春の花々が咲き乱れる常春の里を思い出して、ほこほことした笑顔で答えた。


「お、こっちは何だ?」


 ライデッカーは、黒く細長い瓶に目を向けた。

 瓶の側面には古ぼけたラベルが貼ってあり、掠れた文字が書かれている。


「あ、それは妖精のお酒ですよ。オリヴァーさんのおすすめのお酒なんです」

「じゃあ、これは俺がもらっとくわ」


 レイの説明を聞くなり、ライデッカーはひょいっと酒瓶の首元を掴むと、そそくさと懐にしまった。


 エヴァが「あ、ずるい!」と声をあげる。


「それはできるだけ大人数で飲んでくださいね! そうしないと……」


 レイが妖精のお酒の説明をしようとライデッカーに近寄ると、


「へーき、へーき!」


 ライデッカーはするりとレイを避けて、足取りも軽く自分の研究室へと戻って行った。


 レイは腰に手を当て、「もう!」と呆れた息を吐いた。



***



 次の日、レイの研究室にぐったりと疲れた様子のライデッカーが現れた。

 色鮮やかな山吹色の髪や軍服風の黒の塔の制服は酷く乱れ、彼の頬には、虫刺されのような赤く腫れた跡がいくつもついていた。


「……レイちゃん、あの妖精の酒って……」


 ライデッカーが、酒に焼けたガラガラ声で尋ねてきた。


「あ、やっぱり独り占めしちゃったんですね……あのお酒はパーティー用で、みんなで分け合って同時に飲むものらしいんです。それで、飲んだ人のうちの何人かにちょっとした罰ゲームが起こるので、それを楽しむものらしいです。なので、お酒を独り占めしちゃうと、罰ゲームを全部一人で受けることになっちゃうんです」


 レイは、口をあんぐりと開けて説明した。



 オリヴァーが勧めた妖精の酒は、遊び好きでいたずら好きな妖精たちの間では定番の品で、パーティー用のロシアンルーレットのようなものだった。


 このお遊び用の酒には一つだけ破ってはいけない掟があり、「酒はみんなで楽しむものであり、独り占めはするな」ということだそうだ。



「そんなぁ〜……」


 ライデッカーは、がっくりとその場に沈んだ。


(こんなお酒をお土産に選ぶなんて、やっぱりオリヴァーさんも妖精だなぁ……見た目はすごく真面目そうなんだけど、結構いたずら好きなのかも)


 レイは、床に沈んで動かなくなったライデッカーを、呆れた様子で見下ろしたのだった。




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