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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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グリムフォレスト12

 シルルベルクの上空に現れた妖精騎士団団長——ティターニアと妖精騎士団員たちは、すっかり呆れた様子で街を見下ろしていた。



 シルルベルクの空にはどんよりとした暗雲が広がり、領主館にある塔のてっぺんからグリムフォレストに向かって、妖精魔術の虹がかかってキラキラと輝いていた。


 フェルタバ川沿いには水の竜巻がいくつも立ち上がり、川辺の岩や渡し船などを巻き込みながらジリジリと市街区に近づいていた。


 一方、市街区では、妖精たちが描いた落書きが、妖精魔術で実体化して動き回り、住民を驚かせたり、陽気に妖精の歌を歌ったりしていた。

 民家の壁や屋根からは、妖精たちが蒔いたであろう種が芽吹き、むくむくと不思議な木々や花々が生えて生い茂り、花や実をつけ始めていた。


 そこを、無数の妖精や水の魔物や精霊が飛び交い、住民たちが悲鳴をあげて逃げ惑っていた。


 シルルベルクを守る騎士や役人たちは、妖精のトラップに絡め取られたり、妖精たちにまとわりつかれて、身動きが取れなくなっていた。


 逃げ惑う住民たちの悲鳴に混じる、陽気な妖精の歌、そして水魔物の歓喜の鳴き声——まさにカオスである。



「久方ぶりにここには来たが、随分……」


 ティターニアは、あまりにも酷い街の状況に、口をポカンと開けて言葉を詰まらせていた。


「ティターニア、領主の元へ」

「おお、そうだったな……」


 補佐の妖精騎士に言われ、ティターニアは本来の目的を思い出した。領主館を目指して、アゲハ蝶のような羽を羽ばたかせた。



***



 領主館に着くと、ティターニアは領主の執務室へ向かった。

 館内もすっかり混乱しており、誰も案内が付かなかったため、ティターニアたちは堂々と目的地まで向かった。



「お前たちは一体何がしたいんだ!? クーデターか!!?」


 ティターニアたちが領主の執務室に入った瞬間、バルトルトは顔を真っ赤にして、力任せにバンッ! と両手で執務机の天板を叩いた。


 領主バルトルトは、妖精たちにまとわり付かれ、酷いいたずらを受けていた。


 ブラウン色だった髪の毛は歪に結ばれ、妖精の魔術インクで派手な色に染め上げられていた。顔にもおかしな落書きがされていて、耳の穴や服のポケットからは「あ、ティターニアだ!」とかわいらしく手を振る小さな妖精たちが、ポンッと顔を覗かせた。


 バルトルトが追い払っても追い払っても、新手の妖精が次々と現れ、隙を突いてはいたずらをしていく——妖精のいたずらは世にも恐ろしいのだ。



「クーデターなぞする気はない」


 ティターニアは、勧められてもいない応接スペースの椅子に座ると、腕と脚を組んだ。

 彼女の後ろには、屈強な妖精騎士たちが数名、並び立った。


「では、これは何なのだ!!? 妖精がやってることだ、早くどうにかしろ!!!」


 バルトルトは怒りのあまり、再度、執務机を激しく叩いた。

 勢いあまって、バルトルトの真っ赤に塗られた鼻から、ポンッとかわいらしい花が飛び出して咲いた。


 小さな妖精たちの「やったー! 咲いたー!」という場違いな喜びの声も聞こえてくる。


「クッ……よくやるのう。……愛し子が捕まっておるとは聞いてはいたが、ここまで妖精族に愛されていたとはな」


 ティターニアは小さく俯いて口元を隠すと、クスッと笑った。

 後ろに控えている妖精騎士たちも、笑いを堪えるように頬をピクリとさせていた。


「この街の状況は、其方(そなた)の不手際が原因であろう? 妾は妖精を守る騎士団の長ゆえ、手を貸すことはできぬ」


 ティターニアは一気に真顔になって向き直ると、青色にも緑色にも変わる瞳でバルトルトを見据えた。


 高位の妖精らしい、無慈悲で強大な自然を相手にしているかのような、得体の知れない空恐ろしい雰囲気に変わったティターニアに、バルトルトはぞくりと身をすくめた。


「それに、何だ! あの水の竜巻は!!?」


 バルトルトは苦し紛れに、今度は怒りに震える指先で窓の外を示した。


「あれは妖精のものではない。其方が水竜王の怒りにでも触れたのであろう?」


 ティターニアは、窓の外に見える水の竜巻を一瞥した。


「ぐっ……」


 バルトルトの顔色は、真っ青になった。


「水竜王はねちっこいゆえ、長引くであろうな。ただでは済まぬぞ」


 ティターニアは淡々と言い放った。


「ゔぅっ……」


 バルトルトは、苦悶の表情で頭を抱え込んだ。

 今度は彼の上着の袖口から、ポポンッと花が咲いた。小さな妖精たちも「やったー!」と囃し立てる。



 その時、コンコンッと執務室の扉がノックされた。

 バルトルトが許可を出す間もなく扉が開き、無表情のハムレットと難しい顔をしたオリヴァー、暗い表情のアルマが入って来た。


 ハムレットは不機嫌そうな様子で、ティターニアの隣の席に勝手に座った。


 オリヴァーは、ティターニアと妖精騎士たちに軽く目礼をして、部屋の隅に控えて立った。

 アルマも、オリヴァーの隣で小さくなって立っていた。


「……レイが男と二人で逃避行に出たんだ……親族として責任を持って連れ戻せ」


 ハムレットは、色鮮やかな黄金眼の瞳孔を鋭く縦長にして、バルトルトをギロリと睨み付けた。


 ハムレットからはビリビリと重い魔力圧が漏れ、窓ガラスにはびっしりと水滴が結露した。


 執務室内にいた小さな妖精たちは、ぷるるっと震え上がると、妖精の小道へ慌てて逃げ込んで行った。


「報告の通りだな。珍しく随分と執心しておるの」


 ティターニアは面白いものを見つけたように、隣に座るハムレットを見やった。


「……あの妖精たちはゾーイの差し金なのかな? あの男は妖精の愛し子だろう?」


 ハムレットがチラリと不穏な視線を、ティターニアに投げかけた。


「まさか。妖精は自由気ままな生き物。特に小さき者たちは、妾が命令してどうにかなるものでもないわ。何があったかは知らぬが、あの子らが自ら判断してそうしたのであろう」


 ティターニアは、ハムレットの視線の鋭さを気にも留めず、あっさりと答えた。


「それなら、妖精ごとレイを呼び戻してもらおうか。そうすればレイも妖精の小道を通れるだろう」

「ああ、構わないぞ。あの子らが応えてくれるかどうかは分からんが」


「いや、待て! 誰も妖精をここに呼んでいいなどと許可してないぞ!!」


 ハムレットとティターニアの会話を聞いて、この部屋の主人であるバルトルトが必死の形相で悲鳴をあげた。


 ティターニアは、バルトルトのことはすっかり無視して、妖精たちに念話を送るように呼びかけた。彼女の瞳は、青みを帯びたエメラルド色に輝いていた。



「なぁに〜? ティターニア?」


 妖精の小道から、ひょっこりと小さな妖精が顔を覗かせた。


「レイ……ノームの三角帽子をかぶった女の子を連れて来てくれぬか?」


 ティターニアが優しく頼んだ。


「一緒にいた愛し子も一緒だ」


 その横から、ハムレットがジロリと小さな妖精を見下ろした。


「ぴっ!?」


 ハムレットに凄まれ、小さな妖精は震え上がった。すぐさま妖精の小道に頭を引っ込める。


「小さき者には凄んでくれるな。あの子らは純粋ゆえ、悪意はない。それに、お主に睨まれれば逃げてしまうぞ」

「…………」


 ティターニアがチクリと釘を刺すと、ハムレットはむっすりと不機嫌に黙り込んだ。



 しばらくすると、何も無い空間から、ポポンッとレイとヨハンが放り出された。


「わわっ!?」

「ゔっ、ここは?」


 放り出された時に打ちつけた脚や腰をさすりながら、レイとヨハンはキョロキョロと周囲を見回した。


「レイ!」


 ハムレットが、床に座り込んでいるレイをぎゅっと抱きしめた。「無事で良かった〜」と安心したように息を吐いて呟く。


 レイは背の高いハムレットの胸元で、息苦しそうにジタバタしていた。


「みゃっ!? どっ、どうしたんですか!? ……それになぜこんなにみなさん勢揃いなんですか?」


 レイは「ぷはぁっ」とハムレットの肩口から顔を出すと、目を丸くして尋ねた。


「さ、役者は揃ったな。レスタリアをどうするか話し合おうではないか」


 ティターニアが口火を切った。




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