グリムフォレスト7
レイは、要塞内の客室に泊まることになった。
ピンク髪とソフトモヒカンな妖精に付き添われ、客室まで案内された。
「わぁ! かわいい!」
レイは客室の扉を開けると、思わずはしゃいだ声をあげた。
崖をくり抜いた部屋には、春色の絨毯が敷かれ、窓の外を見れば満開のマグノリアが白い花を咲かせていた。
壁や天井に据え付けられたランプは、花や木の実を模していて、妖精たちの遊び心が窺えるようだった。ぽわりと灯るオレンジ色の明かりも、切り出しただけの冷たい岩壁に、あたたかなぬくもりを与えていた。
背の低いベッドには、干したてふかふかの布団やクッションがポンポンと置かれ、近寄れば、ふわりとお日さまと花のいい香りがした。
備え付けの椅子やテーブルやチェストは、全て木製だ。柔らかなカーブを描くコロンとした形状で、ぬくもりの感じられるものだった。
チェストの上のガラスのポットには、妖精魔術が込められているようで、中身のお茶には、キラキラとした妖精魔術の煌めきが見え隠れしている。
「まさかお嬢ちゃんが、ティターニアの客人だったとはな。そのブレスレットは、妖精自治区の客人の証だから、決して外すなよ」
ピンク髪の妖精が、レイの手元を指差して言った。
レイの腕には、先ほどティターニアから渡された木彫りの細いバングルが嵌められていた。バングルは、春の花の魔術塗料で綺麗に染め上げられ、妖精の言葉で『我らが同胞の証を贈る』と彫られている。
「分かりました」
レイは素直に頷いた。
「全く、人間だったなんて気づかなかったぞ。……まぁ、この里ではその帽子をかぶっていた方が安全だな。外に出るなら、かぶり忘れるなよ」
「オリヴァー隊長もそのうちやって来るだろ。そしたら、里を案内してもらいな」
「そうですね。ここまで送っていただいて、ありがとうございました」
ガチムチ妖精たちに言われ、レイはぺこりとお辞儀をした。
「いや、ティターニアの客人なら当然だ」
「自治区の妖精は、いたずら好きな奴が多いからな。気をつけろよ」
ガチムチ妖精たちはそう言うと、部屋を出て行った。
レイはぐるりと部屋の中を探検した後、備え付けのポットに入っているお茶をコップに入れ、窓の外がゆっくりと眺められるテーブル席に移動した。
お茶は、ホッと落ち着くような優しい香りがした。
(お部屋がとってもかわいすぎるし、まさかこんな真冬に花見ができるなんて! 贅沢すぎる!!)
レイは頬杖をついて、うっとりと窓の外を眺めた。
甘いマグノリアの香りが、春風に誘われてレイの部屋にも優しく入り込んでくる。
(あの桜の木みたいなのも、この部屋から見えるんだ。……何だか、久々に桜も見たくなってきちゃったな〜)
本日のレイは朝早くに領主館を出発し、一時間以上寒い雪の中を歩き、黒い影には追いかけ回され、グリムフォレストでは危うく遭難しかかった。
無事に目的地にもたどり着けて安心したからか、溜まっていた疲れが出てきたようだった。穏やかな気候に、うつらうつらとレイの瞼が落ちてきた。
その時——
「わぁ、お客様?」
「ノームの子、珍しいね」
「ティターニアのバングルだ! お客様用の特別なの!」
窓の外から、お人形さんのように小さな妖精たちが、顔をのぞかせた。
子供のようにかわいらしい声で、物珍しそうにレイに声をかけてきた。
(か、かわいい……!!)
レイはかわいらしい訪問者に、パッチリと眠気が覚めた。頬がふっと緩む。
だって、カワイイは正義なのである。
「このお茶、おいしいよね!」
「春の里の特産品!」
「妖精の魔術ポットに入ってるから、いつでもポカポカだね!」
妖精たちは遠慮なく窓から入って来ると、お茶の入ったコップの周りを小さな羽で飛び回った。
口々に、気のまま好き勝手におしゃべりを始める。
「ねぇ、どこから来たの?」
「王都から来たんだよ」
「すごーい!」
「遠くから来たね〜!」
「何しに来たの〜?」
「癒し魔術入りの水を撒きに来たんだよ」
「わっ! 君だったんだね!」
「南の方の妖精たちが自慢してたの! 癒しの水で森が元気になったって!」
「ふふっ。そうなんだ〜」
レイは、小さな妖精たちとのおしゃべりに、ほっこりと癒されていた。
しばらく妖精たちとおしゃべりをしていると、不意に妖精の女の子が、レイの服をツンと引っ張った。
「ねぇ、私、気になる子がいるの。ノームなら体も大きいし、人間に紛れ込みやすいでしょ? 助けてあげて欲しいな」
「? 『気になる子』って、どんな子なの?」
レイは妖精の女の子のかわいらしい仕草に、内心きゅんきゅんしながら尋ねた。
「人間の男の人だよ!」
「妖精にとって心地いい魔力をしてるの!」
「私たちのおしゃべりをちゃ〜んと聞いてくれるの!」
(もしかして、妖精の愛し子的な人なのかな……?)
レイはふむふむと相槌を打って、妖精たちのおしゃべりの続きを促した。
「最近はずっと塔の中にいて、全然お外に出てないの」
「扉に鍵が掛かってて、出られないんだ!」
「閉じ込められてて、会えないの!」
「えっ……」
(それって、マズくない? 閉じ込められてるって……)
レイは、妖精たちのとんでもない話の内容に、言葉を詰まらせた。
「それって、早く助けないと大変じゃない? その人はどこにいるの?」
レイはドキドキと焦る気持ちを抑えて、妖精たちにも分かるように冷静に質問した。
「じゃあ、今から連れて行ってあげるね!」
妖精の男の子がそう言うと、レイが座っていた椅子が急に消え、ピュンッと落下するような強い風を下から受けた。
「み゛ゃっ!!?」
レイはとてつもなく長い滑り台で滑るように、勢いよくどこかへ運ばれていった。
「嘘でしょおぉおぉおっ……!!?」
顔面に強く風が当たり、目もまともに開けられない状態で、レイは声なき声で絶叫していた。
飛ばされないように、必死に帽子を押さえつけて、身を守るように固める。
シャアアァアアアッ……! と、耳元で勢いよく風を切る音だけが聞こえ、レイは無情にも運ばれていった。
***
「みぎゃっ……!?」
レイはスポンッとどこかの空間に放り出されると、ボフンッと何かの上に勢いよくダイブした。
「いったぁ……ゔぅっ、今日はこんなのばっかり……」
レイはヨロヨロと起き上がりながら、状況確認のために周囲を見まわした。
とても小さくて簡素な部屋だった。
書き物机と椅子、小さな書棚、そしてレイが現在載っているベッドがあるくらいだ。
窓からは空が見え、黒々とした鉄格子がはめられていた。
「……? 今日はまた珍しい妖精が来たな?」
不意に、男性の驚く声がした。
レイが声がした方を振り向くと、驚いた表情の青年がそこには立っていた。
グレー色の瞳を大きく見開いた、緑色の髪の男性だ。質の良いシンプルなシャツに、グレーのズボンを履いていて、真面目で優しそうな雰囲気の人だ。
彼の周りには小さな妖精たちがいて、親しげに彼の肩にとまったり、シャツの胸ポケットに入り込んだりしていた。
(……この顔……この人ってもしかして……)
レイは嫌な予感を覚えて、息を飲んだ。
「わっ! その帽子、ノームの子だ!」
「はじめましての子?」
「そのバングル! ティターニアのお客様だぁ!」
男性の周りにいた妖精たちが、嬉しそうに声をあげた。
「……ティターニアの……?」
妖精たちの言葉に、男性は怪訝そうに顔を顰めた。
「あの、すみません、ここはどこでしょうか?」
レイは気を取り直して、おずおずと尋ねた。
「ここはシルルベルクの幽閉塔だ」
「シルルベルク!? それに、幽閉塔って……」
レイはびっくりしすぎて言葉を詰まらせた。
男性はますます警戒して、レイを見つめていた。
(……というか、私、今朝ここを出発して、またシルルベルクに戻って来たってこと……?)
レイは果てしない徒労感を感じて、ガックリと肩を落とした。
レイのぐったりした様子に、男性もさすがに「大丈夫か……?」と声をかけた。




