表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

315/428

フェニックスの祝祭6

 フェニックスの祝祭最終日——今日は、テオドール第三王子がお忍びで、聖鳳教会本部の聖堂で浄化の儀を受ける予定だ。


 レイは、本日の護衛のアルバンとアレクシスを連れて、こっそり控え室を抜け出していた。



「所長、ライデッカー!」


 お目当ての人物を教会の敷地内で見つけて、レイは笑顔で声をかけた。


「レイ嬢か。随分と見違えたな。神官姿がよく似合っているよ」


 テオドールは、深紅色の髪を珍しく横に流し、いつもの優しく繊細な雰囲気ではなく、少しやんちゃそうなイメージだ。

 気配を薄くするような魔術付与が施された、丸メガネをかけている。


「おっ。レイちゃんも、浄化の儀に参加するのか?」


 ライデッカーは、今日は落ち着いた栗色のコートだ。色鮮やかな山吹色の髪も、鋭い三白眼もいつも通りだが、黒の塔の真っ黒な軍服風の制服姿ではないためか、威圧感はあまりなかった。


「はい! 今年は、全部の浄化の儀に参加してますよ!」


 レイは胸を張って、キリッと答えた。


「それでは、今日の浄化の儀も期待しているよ」


 テオドールに微笑まれ、レイは「はい!」と元気よく答えた。


 去り際にライデッカーが、レイの肩をちょんちょんと指先で突いた。


「レイちゃん。なんか教会内が物々しくない? 随分、見回りが多い気がするんだけど……」


 ライデッカーが、ひそひそ声で尋ねた。


「あ。去年の祝祭日に、教会で襲撃があったんです。なので、今年は警備を増やしてるんです」


 レイも、こそこそと声を潜めて囁いた。


 ライデッカーは、「うわぁ、命知らず過ぎる」とドン引きしていた。そしてすぐに、「でも、まぁ、その分、教会の守りは堅いか……」と、自分に言い聞かせるように頷いた。


「じゃ、浄化の儀、頑張れよ〜」


 ライデッカーは気軽に片手を上げて、テオドールの後を悠々と追った。



 レイが振り返ると、アレクシスがやけに渋い表情で、突っ立っていた。

 彼の隣のアルバンは、頭痛を堪えるかのように、こめかみを揉んでいた。


「アレクシスさん、どうしたんですか?」


 レイが、きょとんと不思議そうにアレクシスを見上げた。


「……レイお嬢様は、あの派手な髪色の人とは仲が良いのですか……?」


 アレクシスは端正な顔の眉間に皺を寄せ、暗い声のトーンで尋ねた。


「? 塔の同僚というか、先輩ですね。仲は普通だと思います」


 レイはあっけらかんに答えた。ライデッカーとの関係は、それ以上でもそれ以下でもなかった。


「そうですか……」

「??」


 アレクシスが物憂げに相槌を打つと、レイはますますきょとんとした。


「レイお嬢様、そろそろお時間かと……」

「あ、はい! 行きましょうか!」


 アルバンに促され、レイは弾かれるように返事をした。


 レイたちは、足早に控え室へと戻って行った。



***



 浄化の儀の時間になり、フェリクスが聖堂に一歩足を踏み入れると、小さく「少し厄介だね」と呟いた。


 彼の後ろを歩いていたレイはその呟きを拾って、一瞬「?」と思ったが、詠唱役の務めがあるため、すぐに頭を切り替えた。


 フェリクスのいつもの合図と共に、詠唱役たちは、呪文を口ずさみ始めた。


(む……なんか、いつもよりもやけに重たい……?)


 レイはむぎゅっと目を瞑って、聖堂内の重苦しい魔力を敏感に察知していた。じわりと額に嫌な汗が滲む。


 いつもよりも重くもたついた詠唱が、聖堂内に響いていた。


 あと少しで詠唱が一巡するという時に、聖堂内の空気が不穏に(うごめ)いた。


「アレクシス、レイの護衛を」


 フェリクスが呟くと、すぐにアレクシスが動いた。


 レイが目を見開くと、黒々と凝り固まった呪いと厄災の巨大な塊が、もぞもぞとアメーバのように悍ましい動きで彼女に向かって飛びかかって来ていた。


「……!!?」


 レイが驚いて声をあげようとした瞬間、ガツンッと衝撃が襲った。



「……いたぁ……」

「申し訳ございません……大丈夫ですか?」


 レイが顔を上げると、すぐ間近に、人形のように整ったアレクシスの顔があった。彼のエメラルド色の瞳は、いつも以上に煌々と輝き、心配そうにレイを見下ろしていた。


「きゃっ!?」


 レイは顔を赤らめて、すぐさま飛び退いた。バランスを崩して、尻餅をつく。


(ゔぅっ……心臓に悪すぎるよ……!)


 バクバクと激しく鳴る胸を、レイはこっそり押さえた。


「……ここは……?」


 レイは少し息を整えると、辺りを見回した。


 木の幹や枝葉がトンネル状に張り巡らされた、不思議な緑のトンネルがどこまでも続いている。


(どこかで見たことがあるような??)


「ここは妖精の小道です。基本的に妖精しか入れないので、緊急避難しました」

「緊急避難って、一体……?」


 アレクシスの回答に、レイは訊き返そうとしたが、脳裏を先ほどの真っ黒な厄災の塊がよぎった。


(……そうか、さっきの厄災はこっち側に入れないから、アレクシスさんが私をここに避難させてくれたんだ……)


 レイは、うぞうぞとアメーバのように蠢いていた厄災の塊を思い出し、両腕で自分自身を抱きしめて、ぶるりと震えた。


「……レイお嬢様、大丈夫ですか?」

「うん……ちょっとさっきのを思い出しちゃって……」

「失礼します」

「!!?」


 レイの震えが止まらないのを見ると、アレクシスはしゃがみ込んで、彼女を抱きしめた。ちょうどアレクシスの胸に、レイの頭がくっついている状態だ。


(え、え、えっ!? 急に何ーーーー!??)


 レイはさらにパニックを起こした。ドキドキドッキンとけたたましく心臓が鳴って、頬も茹で上がるように熱くなっている。


「俺の心臓の音に集中してください。気持ちが落ち着いてくるはずです」


 アレクシスは、幼子をあやすように、ポン、ポンと優しくレイの背中を叩いた。


(えぇ〜!? むしろ落ち着かないよ!!)


 レイはアレクシスの腕の中でどぎまぎしていたが、しばらくすると、彼の温かい体温と、背中のポンポンと優しい刺激に、段々と心が落ち着いてきた。


(……あれ? アレクシスさん、ちょっと鼓動が早い? でも、確かに心音って心地いい……ちょっと落ち着いてきたかも……)


 少し気持ちが凪いでくると、レイは自分でも深呼吸をするように呼吸を整えた。


「……あ、ありがとうございます」


 レイはすっかり落ち着くと、両手で優しくアレクシスの胸を押した。


 アレクシスは少し残念そうにレイを見つめると、彼女を抱きしめる腕を緩めた。


「えっと、さっきのは……」


「ああ、おそらく強力な呪い返しだと思います。時々あるんです。呪いを解こうとした者を呪い殺す(たぐい)の魔術が……それが、さっきの浄化の儀の会場にいた誰かにかかっていたのでしょう」


「そんなものが……」


 レイがショックで言葉を失っていると、アレクシスも「ええ、卑劣ですよね」と痛ましげに相槌を打った。


「フェリクス大司教が対処されているはずですので、我々は連絡があったら、元の場所に戻りましょう。アルバン騎士から、通信の魔道具を渡されているので、そちらに連絡があるはずです」


 アレクシスは制服のポケットから、薄く平べったい通信の魔道具を取り出した。


 すると、その瞬間に、通信の魔道具が着信を知らせるために青く光った。


「……連絡が来てしまいましたね。……はい、アレクシスです」


 アレクシスが、少し落ち込んだトーンで返答した。


『アルバンだ。こちらはもう対処済みだ。浄化の儀も終了している。レイお嬢様を連れて来ても大丈夫だ』

「了解です。すぐに戻ります」


 アレクシスは簡潔に応答すると、プツッと通信を切った。


「元の場所に戻りましょうか?」

「はい……」


 アレクシスに手を差し伸べられ、レイはおずおずと、そこに自分の手を載せた。

 レイはなぜか緊張してしまい、アレクシスの顔は見れなかった。



***



「レイ、良かった! 怪我は無いかい!?」


 レイたちが元の場所に戻ると、すぐさまフェリクスが駆け寄って来た。むぎゅっとレイを抱きしめる。


「大丈夫ですよ! アレクシスさんが守ってくれましたから!」


 レイもフェリクスを安心させるように、むぎゅぎゅっと抱きつき返した。


「義父さんの方は大丈夫でしたか? 強力な呪い返しだって聞いたんですが……」


 レイは心配そうにフェリクスを見上げた。


「うん、特に問題無かったよ。すぐに消したから」


 フェリクスがにっこりと微笑んだ。


 ただ、その笑みにはやけに凄みがあり、周囲にいた神官や聖騎士たちの顔色はすっかり青ざめていた。


「さ、もう怖いものは消えたから、僕の宿舎に戻ろうか? シェフに何かおいしいものでも作ってもらおうか?」

「おいしいご飯!」


 フェリクスの魅力的な提案に、レイは瞳を煌めかせた。


 パタパタと弾む足取りで、レイはフェリクスと宿舎へと戻って行った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ