報告会(アレクシス視点)
浄化の儀初日の夕方、招集命令が出た。
ランディと一緒に宿舎の食堂に向かうと、すでにデレク騎士とケイ、それからザック上級神官がいた。
俺たちが席に着くと、すぐにアルバン騎士がやって来た。
メンバー全員が集まっていることを確認すると、アルバン騎士が防音結界を張ってくれた——何か大事な話をするみたいだ。
ザック上級神官だけは、「何で俺も呼ばれたんだよ」と釈然としない表情で呟いていた。
「ザックも一応護衛だからな」
「あの子、結構強いぞ。使い魔も強いし」
アルバン騎士が淡々と言うと、ザック上級神官が呆れたように反論していた。
「それで、何があったんだ?」
アルバン騎士が、デレク騎士の方に視線を向けた。
今回の報告会は、デレク騎士の発案みたいだ。
「今日の浄化の儀の後に、高位者が現れたんだ。それも、魔物の王二体だ。おそらく、レイお嬢様はそちら方面に顔が広いのだろう? 今日も普通にお話をされていた。今後も似たようなことが起こるだろうから、重々気をつけて欲しい」
デレク騎士が重々しく報告した。プラチナ色の瞳で、ぐるりとメンバー全員を見回している。
……レイが、魔物の王と知り合い……? でも、フェリクス大司教の義娘だからな。知り合いがいてもおかしくはないか……?
「……そうか。それで、どなたがいらっしゃったんだ?」
「影竜王様と水竜王様だ」
アルバン騎士が確認すると、デレク騎士が淡々と答えた。
アルバン騎士は「なるほどな」と深く頷いていた。
昨年のフェニックスの祝祭期間中に、俺は運がいいことに聖騎士見習いにスカウトされた。
聖属性に配属されてすぐに、幼馴染のケイとランディと一緒に、フェリクス大司教に初めてご挨拶することになった。
意気揚々とフェリクス大司教の執務室に足を踏み入れた瞬間、俺はここに来たことを後悔した——執務室内にいたほとんど全ての人物が、人外だった。それも高位のだ。神官も聖騎士も、侍従でさえも。
ケイとランディは、全く気づいていない様子だった。
俺の「妖精の直感」がガンガンと警鐘を鳴らす中、どうにか頭を上げて、フェリクス大司教にご挨拶をした——彼は、今まで見てきた誰よりも高位の存在だった。
あの時、ぶっ倒れなかったのが不思議なぐらいだ。
聖鳳教会の信徒として、家族に連れられて聖堂に来ていた時には気づかなかったけど、聖騎士見習いとして教会内に入ると、至る所で人間の振りをした人外者を見かけた。聖騎士の訓練に、遠征に、さりげなく紛れ込んでいた。
しかも、教会内の階級が上がれば上がる程、人外者の割合も高くなっているみたいだった。
さすがにこれだけ人外者が多ければ、俺が彼らの存在に気がついていることも気づかれていそうだが、普通に聖騎士見習いとして過ごしている限りは、何かをされるようなことはなかった。
——だから、俺は教会内の人外者については素知らぬふりをして、聖騎士見習いをしている。
「……魔物の王???」
ケイがぽかんと呟いた。
「今日、控え室前に部外者がいただろう? あの方たちだ」
「えっ!? あの人たちが!?」
デレク騎士の言葉に、ケイはびっくりして大声をあげた。
「教会には人外の高位者がよく訪れるんだ。特に今は祝祭期間中だから、浄化の儀を受けにいらっしゃる。中には、レイお嬢様と顔見知りの高位者もいるだろう。お嬢様との関係性を知らないまま、我々が護衛しようとして不敬を働けば、命を取られかねない」
アルバン騎士が説明をしてくれた。
「そんな……」
実際に魔物の王たちを見たらしいケイは、言い淀んでいた。顔色がサーッと引いている。
「でも、そんな人、見たことないですよ? 妖精はよく見かけますけど……」
ランディの方は半信半疑だ。腕を組んで、難しい顔で呟く。
「だから厄介なんだ。完璧に人間に擬態しているからな」
「「……!?」」
デレク騎士が溜め息混じりにそう伝えると、ケイとランディが驚愕の表情で言葉に詰まった。
「……アレクは気づいてたの?」
ランディが、俺に尋ねてきた。珍しく「これはマジでヤバいかも」って顔に書いてある。
「なんとなく」
俺は、ただ単に頷いた。一応、気づいていたからな。
「アレクシスはやけに落ち着いてるな?」
アルバン騎士が、まじまじと俺を見つめてきた。彼も、フェリクス大司教の専属護衛というだけあって、人外者だ。しかもかなり強い。
「スキルでなんとなく分かるので、今さらというか……」
アルバン騎士の前ではちょっと言いづらいけど、ぼやかして答えた。
「なるほど、そういうことか」
アルバン騎士は、溜め息をついた。
これは、俺が「アルバン騎士が人外者だと気づいてる」ってことが、バレたかもしれないな……
「ザック上級神官はご存知だったんですか?」
ランディが今度は、一人黙々と夕食を頬張るザック上級神官に質問をした。
本日の夕食のメニューは、ブラウンシチューとバケット、サラダだ。
ザック上級神官は、耳だけこっちに傾けて、黙々と食事をとっていた。
「ああ、よく見かけるぞ。けど、見かけても気づかない振りをしろよ。気づかれたら、何されるか分かんないからな」
ザック上級神官があっさりと答えた。
もぐもぐとシチューを頬張りながら、「んなもん、いちいち指摘してたら、命がいくつあっても足らん」と答える。
やっぱり、ザック上級神官もご存知で、見て見ぬ振りをしてたんだな……このぐらいタフじゃないと、教会ではやっていけないのかな……
「人間に擬態している方は、こちらから何か仕掛けない限りは、手を出してこない可能性が高い。普通に人間に紛れ込んで、人間として生きているからな」
デレク騎士が、対処法を説明してくれた。
「ゔっ……でも、もしあの時、俺がお嬢様を守ろうとあの人の邪魔をしてたら……」
ケイはすっかり青ざめていた。
……ん?
「……邪魔……? レイお嬢様に何かあったのか!?」
今、何か、聞き捨てならないことを言ってなかったか!?
「お嬢様が、魔物の王様に求婚されてた」
ケイは、一瞬ビクッと肩を震わせて、あっさりと白状した。
「は?」
ふざけるな!!!
魔物の王が何で、俺のレイに求婚してるんだ!!?
「アレクシス、魔力が漏れている。気をつけろ」
アルバン騎士に低い声で注意された。
「……失礼しました」
クソッ!
俺の知らない間に、どうしてこんなことになってんだ!
とりあえず、落ち着こう。魔力を抑えろ、俺。
ついでに、ランディは半笑いでこっち見んな。こっちは全然面白くねぇんだよ!
「レイお嬢様は人気だね。お嬢様は、求婚にはどう返事されてたの?」
ランディが興味半分で薄ら笑いを浮かべながら、ケイに尋ねた。
コイツ……後で覚えとけよ……
「お嬢様はものすごくびっくりされてたよ。ただ、お嬢様が何も返事を返されないうちに、フェリクス様の命令で、魔物の王様はつまみ出されてたよ……」
ケイが素直に答える。
「えっ!? 魔物の王様に、そんなことができたの!?」
ランディが飲みかけ途中のお茶を吹き出しそうになりながら、確認した。
いくら教会内に人外者が多いからって、魔物の王になんて、誰も手を出せないだろう。
「一緒にいたもう一人の魔物の王様が、引き摺ってった……」
「えぇ……」
ケイの話に、ランディは若干引いた顔をしていた。
……とにかく、レイはフェリクス大司教に守られてるみたいだな。それなら、魔物の王でも手を出せないか……
「それから、俺の方からも共有だ。浄化の儀の最終日に、テオドール第三王子殿下が、お忍びで訪れる予定だ。レイお嬢様の上司に当たるお方だ」
アルバン騎士が言った。
テオドール殿下は、国の式典で何度か遠目に見たことがある。
男性にしては細身で、優美な印象の方だった。
その柔和で落ち着いた雰囲気から、エイダン第一王子殿下よりも、年頃の令嬢の間で人気だって噂だ。
……レイがテオドール殿下と一緒に仕事をしているかと思うと、あまり良い気はしないな……
「えっ!? 第三王子殿下!? レイお嬢様の上司って!?」
「何で教会本部に!? 王都でも浄化の儀をやってますよね!?」
ケイとランディが声をあげた。
「レイお嬢様は、普段は特殊魔術研究所に勤められている。魔術伯爵だな」
「ほえ〜、魔術伯爵……俺より若いのに……」
アルバン騎士の説明に、ケイがぽかんと大きな口を開けた。
「王都の教会よりも、本部の浄化の儀の方が効果があるからな。それがお目当てらしいぞ」
ザック上級神官が、食後のお茶を飲みながら、横から口を挟んだ。
一通り報告が終わった後、不意にアルバン騎士が口を開いた。
これから宿舎の自分の部屋に戻ろうと、みんなが席を立った時だった。
「ああ、それから、ここでの話は絶対に口外するな。不用意に周りに不安を振り撒くだけだ。それに、一般の者に言っても、信じられないことの方が多いだろう」
「「「はい……」」」
俺たちは素直に返事をした。
俺は薄々気づいてたし、あらかじめ聞いてたことも多かったけど、今日の話はケイとランディには初耳のことが多かっただろうな。
チラリと二人の様子を窺うと、二人とも結構疲れた顔をしていた。
……明日はランディが護衛の番か。悪ノリしてレイに変なことを訊かなければいいけどな……
俺は薄らとなんだか嫌な予感がしていた。
本日より投稿再開しております。
第三章は、ノア君側のフェニックスの祝祭のお話です。
今回は、全五話で短めです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
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