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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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魔法少女1

「エヴァ嬢はもう体調はよいのか?」


 黒の塔の所長室で、テオドールは執務机の前に立つ人物に声をかけた。


「はい、もう大丈夫です! ご心配をおかけしました」


 エヴァはにこっと微笑んで答えた。

 新人軍事演習の後、体調を崩したエヴァは数日間寝込んでいた。そして、本日より出勤再開だ。


 今朝のエヴァは、頬には健康そうな赤みが差していて、すっかり回復したようだった。


 所長室には他に、大柄なライデッカーが、ソファに脚を組んでどっかりと座っており、エヴァの隣には一緒に呼ばれたレイが立っていた。


「それは良かった。二人は先日の演習に参加し、諸々関係しているから念のために伝えておくが……」


 テオドールは執務机の上で手を組み、静かに話し始めた。

 彼の火竜の加護の強い深紅の髪と瞳は、黒の塔の真っ黒な制服にしっくりと合っており、細身ながらも威厳が感じられた。


「何でしょうか?」


 エヴァは真面目な顔で相槌を打った。


「ミア・ダルトン子爵令嬢が、魔術師団を解雇となった。演習中の度重なる命令違反のこともあるが、聖鳳教会から正式に苦情を入れられたからな。王宮側としても何かしら対処しなければならない」


 テオドールの淡々とした連絡に、エヴァとレイは小さく息を飲んだ。


「分かりました。まぁ、あの子の身から出た錆ですね」


 エヴァはあっさりと答えた。


(義妹さんといっても、あまり仲は良くなかったみたいだし……)


 レイはこっそり隣のエヴァを見上げた。

 エヴァの金色の瞳は凪いでいて、存外、すっきりした表情をしている。


「ダルトン子爵令嬢のあの性格だ。もし何かあったら報告して欲しい」

「承知しました」


 テオドールの言葉に、エヴァはしっかりと頷いた。


「レイ嬢も、あれからフェル・メーヴィス殿から何か聞いたりはしていないか?」


 テオドールは、今度はレイに視線を向けた。彼の瞳には、少しばかり不安そうな影が差していた。


「いえ、特には」


 レイは小さく首を横に振った。


(演習の後にも連絡をとったけど、いつもと変わらなかったしな〜)


 散歩から戻って来た後のフェリクスは、怒りも鎮まり、いつもと変わらない穏やかな義父に戻っていた。

 演習後の義父との定期連絡会でも、新人演習や暗殺者の話はあまり出ず、日常の細々としたことを連絡し合っただけだった。


「……そうか。もし何か言われたら、共有してもらいたい。それでは業務に戻ってくれ」


 テオドールは少し強張った表情で、小さく頷いた。


「「はい!」」


 エヴァとレイは、ハキハキと返事をした。



***



 エヴァとレイは所長室から出ると、自分達の研究室に向かうため階段を下りて行った。

 十階まで下りた時、ジャスティンの研究室の扉が開いた。


 ジャスティンは長いヘーゼル色の髪を束ね、魔力を抑えるビーズが付いた紐で簡単にまとめていた。

 ずっと研究に没頭していたのか、端正な顔には薄らと隈ができていた。


「ああ、お前たちか」

「おはよう、ジャスティン。珍しいわね。研究室から出てくるだなんて」

「おはようございます、ジャスティン!」


 ジャスティンとレイたちは挨拶を交わした。


「そうだ、レイに研究を手伝ってもらいたのだが」

「? 何でしょうか?」


 ジャスティンに不意に頼みごとをされ、レイは小首を傾げた。



***



 ジャスティンの研究室に、エヴァとレイは案内された。

 室内は相変わらず、謎の魔術素材や呪術道具、魔道具など、わけの分からない物で溢れていた。


 物で溢れ返った長い木製のデスクの上には、一つだけ毛色の違う物が置かれていた。


「……これは?」


 レイは、デスクの上の物をまじまじと見つめて尋ねた。


「俺の先祖が残した杖だ。変わった形をしているが、かなり強力だぞ。そして、いろんな意味で持ち主を選ぶ……レイ、君なら扱える可能性がある」


 ジャスティンがデスクの上の杖を見つつ、淡々と答えた。


「扱えるって言われても……」


 レイはたじろいで言葉を濁した。


 それは「杖」というよりも、「ステッキ」と呼んだ方がしっくりくる代物だった。

 ステッキの先端には、宝石のようにキラキラと輝くようにカットが施されたハート型のピンク色の魔石が付いていた。そのハート型の魔石を囲むように、白い翼を模した二本のオブジェが付いている。持ち手は細く、こちらもピンク色の魔術塗料が施されている。


(……とんでもなく、魔法少女感……)


 レイは心の底から慄いた。この世界に来て一番かもしれないぐらいだ。


「あら? 愛と誠のマジカルステッキね」

「なんて?」


 エヴァの口からとんでもない名称が飛び出して、レイは思わず訊き返した。エヴァの方をガン見する。


「あれ? 愛と光のマジカルステッキ……だったかしら? 懐かしいわね〜。私も入塔したての時に、ジャスティンにこの研究に付き合わされたのよ。残念ながら、私はこの杖に選ばれなかったけどね」


 エヴァが懐かしそうにステッキに手を伸ばした。


 ゴスンッ!!!


 ステッキはエヴァの手元からつるりと滑って、くるくると勢いよく回転しながら天井に突き刺さった。塔が小さく揺れ、パラパラと、埃と一緒に割れたレンガの破片が落ちてくる。


「相変わらず、エヴァはこの杖に嫌われてるな」


 ジャスティンが、研究室の天井を眺めながら呟いた。


「悪かったわね! 選ばれし者じゃなくて!!」


 エヴァは鼻息も荒く椅子の上に上がり、天井に刺さったステッキに手を伸ばした。


 トスッ⭐︎


 ステッキはエヴァの手から逃れるように、今度は下にあった木製のデスクに深々と突き刺さった。


「……俺の研究室を壊すな……」


 ジャスティンが非常に不快そうに眉根を寄せ、エヴァを睨みつけた。


「何よ! 取ってあげようとしたんじゃない!!」


 エヴァも椅子から下りながら反論する。


「おーい、うるさいぞ! 何やってんだ? 上の階まで響いてるぞ〜」


 研究室の扉がノックされ、ライデッカーが顔を覗かせた。


「…………ああ、『マジカルシャイン⭐︎愛と元気のマジカルステッキ』か…………」


 ライデッカーが、デスクに突き刺さったステッキをオレンジ色の三白眼で怪訝そうに凝視し、非常に微妙な表情で呟いた。


(えぇ……「マジカル」って二回言った……)


 レイは心の底からドン引きしていた。

 大柄でゴツく、目つきの鋭いライデッカーからは最も聞きたくなかった名称だった。


「違う。『ミラクルシャイン⭐︎愛と勇気のマジカルステッキ』だ」


 ジャスティンが顔色も変えず、さらりと言ってのけた。


 レイはカッと目を見開いて、いかにも「マジかよ」と言いたげな視線をジャスティンに向けた。


 ジャスティンも偏屈そうだが端正な顔立ちをしている……それでも、そんな魔法少女感溢れる名称を口にするのは似合っていなかった。


「とりあえず、ここでは狭いから場所を変えるぞ」


 ジャスティンが何やら小さく呪文を呟くと、レイたち全員が転移していた。




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