執務室(第一王子エイダン視点)
「おう、珍しいな。どんな風の吹き回しだ?」
俺が従兄弟のハリソンを引き連れて久々に自分の執務室に入ると、客が来ていた——妹のナタリーだ。
ナタリーは、優雅に応接スペースのソファに座っていた。
パトリックは厄介事を嫌って、気配を完璧に消して執務室の端の方で粛々と事務をこなしていた。「決して話しかけるな」と、その真剣な横顔が物語っていた。
部屋付きの侍従の少年は、完全にカチンコチンに緊張して、壁際で固まっていた。粗相の一つでもあれば、すぐにどこかに飛ばされるからな。
妹の侍女も二人、壁際に控えている——二人とも初めて見た顔だ。前の侍女たちはもう辞めたか……
「せっかくかわいい妹が訪れたのよ。歓迎してくださってもいいんじゃなくて?」
ナタリーは貴族らしく微笑んでそう言うと、紅茶を一口飲んだ。
ナタリーの母上似の色鮮やかな金髪はシンプルにまとめられ、ドレスも上等だが華美すぎない——残念だが、今日は特に公務は無さそうだな……長居でもするつもりか。
「『図太い』の間違いだろう……で、何だ?」
俺は仕方なしに、ナタリーの前のソファに座った。
さっさと用事を済ませて追い出したかったため、単刀直入に尋ねる。
「あら、酷い……兄様は演習に出られたのでしょう? お話を伺いたくて。兄様は演習中に襲われたとの噂を聞きましたわ。それに、襲撃者を倒した騎士がいるとか……」
ナタリーが何やら期待を込めた視線を、こちらに向けてきた。
こいつ、どこかに密偵でも紛れ込ませてたか。
俺は昨夜に王宮に戻って来たばかりだし、襲撃されたことも演習の参加者たちには口止めしている——さすがに王子が二人も同時に狙われたのは、おおごとだからな。
「暗殺者は八人だ。今回も俺の火竜の拳で……」
「兄様の活躍は想像に難しくありませんわ。初代国王陛下の血を強く受け継いでいますもの。暗殺者などに負けるわけございませんわ。……それよりも、見習い騎士ながら活躍した者の話を聞かせてくださいな」
ナタリーは堂々と、俺の話を途中で遮ってきた。
チッ。やっぱりか。
——だが、お前の男を見る目はなかなか悪くなかったぞ。
「そうだな……同じ班になった見習い騎士の中に、随分ぼーっとした奴がいたんだ。はじめは『こいつはこんなんで大丈夫なのか?』と思ってたんだが、よりによって、そいつが一番最初に暗殺者の襲撃に気付きやがった。襲撃と同時に、一瞬で暗殺者を一人倒しやがったんだ。そこからは混戦だったな……」
俺が話をしてやると、ナタリーのローズ色に塗られた唇が、三日月型になった。
しばらくレヴィの話をいくつかしてやると、ナタリーは満足したのか、存外あっさりと引き下がっていった。
***
「テオドール殿下の方も襲撃を受けたとか……」
ナタリーが執務室を出て行った後、パトリックが控えめに尋ねてきた。パトリックがかけてるモノクルが窓から差し込む光に反射して、表情は少し分かりづらい。
「あっちも無事だったぞ。どうやら一緒にいた塔の魔術師が優秀だったらしく、ずっと結界を張って防いでいたらしい」
「そうですか……」
パトリックが少し残念そうに呟いた。
おいおい。政敵とはいえ、王族に対してその微妙な態度はどうなんだ?
……まぁ、俺も特にパトリックを嗜める気はないが、義弟が生きていて良かったとは思ってるぞ。
「それで、暗殺者の方は?」
パトリックは気を取り直して確認してきた。
「うちも何人か暗殺者を捕えはしたんだが、全員が服毒自殺で亡くなった。ただ、テオドールを襲った側の暗殺者はまだ一人生きてる」
「あれはあれで悲惨だぞ。捕えたのは聖騎士だ」
俺が説明すると、ハリソンが口を挟んだ。
ハリソンは珍しく口元を手で押さえ、顔を顰めていた。
聖騎士が捕らえた暗殺者の容態は、酷かった。
顔は原型を留めておらず、恐怖のあまり髪の毛はほとんど全て抜けていた。
自殺防止で歯を何本か抜いたと聞いたな。それでいて「拷問はしていない」か……「聖属性」って何だろうな……???
「聖騎士が……? なぜ?」
パトリックが「心底分からない」といった感じの声音で尋ねてきた。
「さぁな。気が向いたんだろ」
俺だって分からん。
今回の新人演習には、聖鳳教会の後方支援部隊も呼んでいた。
災害が起きた際には、王宮と教会が連携して救助なんかの対応をするから、交流を深めるためにも、時折、一緒に軍事演習をしている。
聖鳳教会の後方支援部隊には、神官や聖女の護衛のために聖騎士が何人かついて来ていた。
そして、聖騎士のうちの一人が、恐ろしく強かった。
演習の開会式で一緒に壇上に上がった聖騎士だったが、一目見ただけで「俺でも勝てない」とあっさり負けを認められる程の男だった。
だが、それ以上に、そんな聖騎士が護衛する神官の方がもっとずっと強かった。
俺も伊達に火竜の加護が強いわけじゃない。一目見れば、そいつの強さがなんとなく感じられる……
その神官を見た瞬間、全身が総毛立った——あれは、正真正銘のバケモンだ。
後で義弟のテオドールから『神官のフェル・メーヴィスには決して手を出すな』と使い魔で連絡が来た——俺のカンは正しかったらしい。
暗殺者なんて可愛いと思える程のバケモンが、あの演習にはいたんだ。
「暗殺者は何か言っていたのか……?」
パトリックが難しい表情で訊いてきた。
そりゃあ、テオドールに差し向けられた暗殺者なら、依頼主は十中八九、正妃——母上だろうな。下手すりゃ、俺の進退にも関わってくる。
「暗殺者は半分気が触れてるから、事情聴取は難しいだろうな」
俺がそう言うと、パトリックは難しい顔のまま、小さく安堵の溜め息を吐いた。器用な奴だ。
生き残った暗殺者は、片腕が聖灰になったと聞いた。
魔術師に調査させれば、強すぎる聖属性の魔力を浴びたことが原因だと言われた。そして、そんなことができるような魔力量は途方もなさすぎて、まず人間には不可能だ、とも言われた。
——つまり、人外の高位者が関係している。
人体が聖灰になる——魔術師団所属の中級魔術師が行方不明になった事件でも、失踪者の自宅で大量の聖灰が見つかった……この調査は十中八九打ち切りだな。相手が悪すぎる。
「とにかく、エイダンが無事で良かった」
「おい、それは一番最初に言うべきことだろ」
パトリックの今さらすぎる言葉に、俺はツッコミを入れた。
全く、コイツは……!




