新人演習9
「うっ、頭がガンガンする……何だか熱っぽいかも……」
新人演習四日目の朝。テントの中で、エヴァは顔色も悪く唸っていた。
「ど、どうしましょう!? ここは野営地だし……」
「う〜ん……落ち着いて。こういう時こそ、教会の後方支援部隊よ。たぶん、風邪とか解熱用の魔術薬があるはずだわ」
レイを落ち着けるように、エヴァは声をかけた。
エヴァの顔色は青白く、瞼は怠そうにとろんと垂れていた。
「食欲はありますか? 朝ご飯は……?」
「全然無いわ。でも、何か食べないとよね……」
「スープとかがあればもらって来ましょうか?」
「うん、お願いできる?」
「はいっ!」
レイは、エヴァの上に自分が使っていた分の毛布をかけて温かくすると、すぐさま朝食をもらいにテントを出て行った。
***
レイはエヴァに付き添って、聖鳳教会の後方支援部隊のキャンプへと来ていた。
エヴァは朝食のスープを食べた後もやはり体調が悪いままで、今日の戦闘訓練は休もうということになった。
「レイ。それにエヴァ嬢も。どうしたんだい?」
後方支援部隊のキャンプ地に着くと、すぐにフェルが出て来た。
蜂蜜のように濃い黄金眼は、驚いたように丸く見開かれていた。
「フェルさん! エヴァが風邪を引いてしまったみたいなんです」
レイは、具合の悪いエヴァの代わりに説明をした。
「うん、それならこっちだね」
フェルに案内され、レイとエヴァは病人用の大きなテントへと向かった。
病人用のテント内には、いくつも簡易ベッドが置かれ、癒し属性の神官や聖女が何人も控えていた。
エヴァは簡単に診察を受けると、魔術薬を処方され、しばらくベッドで寝ているように指示された。
「レイちゃん、悪いんだけど、今日は私はこっちで休んでるわね。所長とライデッカーがいるはずだから、二人に指示を仰いでね」
「分かりました。お大事にしてください、エヴァ」
エヴァにぐったりとした様子で言われ、レイは素直に頷いた。
「僕もレイと一緒の班になるから大丈夫だよ」
「……ゔっ、それが一番心配です……」
フェルがさも当然というようにのほほんと言うと、エヴァは頭痛を堪えるように顔を顰めた。
——その時、テントの入り口付近がざわざわと騒がしくなった。
先日難癖をつけてきたエヴァの義妹——ミア・ダルトン——が、テントの入り口で「すみません、熱っぽいので休ませてください」と言って、堂々とテント内に入ろうとしていた。
彼女の血色は良く、とても元気そうで、胡桃色の髪は演習中だというのに、街にお出掛けにでも行くかのように綺麗にくるりと巻かれていた。
入り口付近にいた神官がすぐに気づいて、「あなた仮病でしょう? 訓練に出てください」と言って、ミアを追い返そうとした。
ミアは「あなたには分からないでしょうけど、私は体調が悪いのよ! 早く案内しなさいよ!」とすぐさま反論して、押し問答を始めた。
テント内にいた他の癒し属性の神官や聖女たちは、「また来たよ」とこそこそと話し合っていた。
それらを見たエヴァが、小さく「チクショウ」と呟き、ますます顔を激しく顰めた。
「あっ! お義姉様!? あの女こそ仮病じゃないの!?」
ミアがエヴァに気付き、止めようとする神官を押し退けて、ツカツカと近寄って来た。
「……あなた、いつもこんな所でサボってたのね。教会にまで迷惑をかけるだなんて……」
エヴァが怠そうにベッドから上半身を起こした。どうやら迎え打つようだ。
「何よ! 私は体調が悪いのよ! 休んで当たり前だわ! それよりお義姉様の顔を見たら余計に気持ち悪くなったから、このまま休むわ」
ミアのとんでもない主張に、エヴァは「はぁあっ!?」と激昂した。そして、義姉妹の口喧嘩のゴングが鳴り響いた。
「あなたね、今は演習中なのよ!? さっさと戻って、真面目に仕事しなさいよ!!」
「何よ! こんな所で先に休んでるお義姉様には言われたくないわよ!! それに、私はお義姉様に何かを言われる筋合いは無いわ!!」
「私は本当に体調が悪くてここに来たのよ! あなたとは違ってね!!」
「私が仮病だとでも言うの!? ……あら、これだけ煩くあーだこーだ言えるんですもの、お義姉様の方が元気じゃなくって? 本当は仮病なんでしょ?」
「話をすり替えるんじゃありません!!」
エヴァとミアの激しい口喧嘩を、テント内にいた全ての人が、呆気にとられて眺めていた。
誰も彼もが、どう止めに入ろうか考えあぐねていた時——
「君の名前は何ていうのかな?」
フェルがミアの肩を叩き、名前を尋ねた。
急にイケメンな青年に声をかけられ、口喧嘩とは全く違った高い声のトーンで、ミアは答えた。
「ミア・ダルトン、十九歳です!」
ミアはもちろん、自分が一番かわいく見える角度で、フェルを見上げた。
「うん、教会から正式に王宮側に苦情を入れさせてもらうよ。迷惑だからね」
フェルは聖職者らしい微笑みを顔に貼り付けたまま、淡々と言い放った。
逆上したミアが「何ですってぇ!!?」と、フェルに掴み掛かろうとし、いつの間にか来ていたアルバン聖騎士に取り押さえられていた。
ミアは「ちょっと! 何するのよ!?」と手足をばたつかせて、騒ぎ散らかしている。
テント内にいた神官や聖女たちは「おぉ……」と感嘆の声をあげ、フェルにささやかな拍手を送っていた。
「レイは戦闘訓練に出るんだろう? 先に行っておいで。僕も後から向かうから」
「……分かりました……」
フェルに優しく気遣われ、レイは呆気にとられつつも、こくりと頷いた。
(……義父さんが、いろんな意味で強すぎる……)
レイの中で、義父の株が急上昇した瞬間だった。
***
「……ということで、エヴァは今日は風邪でお休みです。それから、後で教会から王宮に苦情が入るかと思います」
レイは、テオドールとライデッカーに先ほど起こったことを報告した。
テオドールの元を訪れていた魔術師団副団長のユルゲンは、非常に沈痛な面持ちで、レイの話を聞いていた。
彼からは、薄らと怒りの魔力が漏れ出ていた。
第一騎士団団長のイシュガルは、テオドールの護衛を兼ねているため背後に控えていたが、それでも驚いた表情をしていた。
「……そうか、分かった……」
テオドールは眉間を揉み込むように抑え、そう答えるだけで精一杯のようだった。
「義姉妹してなんてことしてくれてるんだ!!」
テオドールの隣では、ライデッカーが頭を抱えて吠えていた。
「それで、ミア・ダルトンはどこに?」
ユルゲンが非常に低い声で、レイに尋ねた。彼の目は据わっていた。
「アルバンさんに取り押さえられていたので、たぶんまだ後方支援キャンプにいるかと……」
レイは正直に伝えた。
(ユルゲン副団長が、ものすごく怒ってる……)
魔力圧は感じない方ではあるが、レイは小さくぷるりと震えた。
「殿下。本日は此度の不始末のため、教会への対応をさせていただきたく……」
「分かった。ユルゲンはそちらに集中してくれ」
「はっ。失礼いたします」
ユルゲンはテオドールに許可を取ると、荒々しく大股で後方支援キャンプへと向かった。
ユルゲンが去ると、誰ともなく疲れたような溜め息が、その場に漏れた。
「エヴァ嬢は風邪か……」
テオドールが朝から疲れた表情で、ぽつりと呟いた。
「それならレイちゃん、今日は俺たちと一緒に行く? 今日は、第三騎士団は一班だけ魔術師が足りないらしいんだ」
ライデッカーが、レイを自分たちの班に誘った。
「分かりました! よろしくお願いします!」
レイはにこりと微笑んで答えた。




