新人演習2
「うっそ! すっごく脚が軽くなったわ!」
エヴァは金色の瞳を丸くして、はしゃいだ声をあげた。
試しに軽く上げたつもりの脚は、勢いよくスポンッと高く上がった。
「えへへ。お役に立てて良かったです」
レイは、はにかんで答えた。
ヘロヘロに疲れ切っていたエヴァの脚に、治癒魔術をかけたのだ。
「ありがとう! これで野営準備ができるわね! それにしても、下手な治癒師よりずっと上手じゃない!」
エヴァはにこにことレイにお礼を言うと、シュタッと勢いよく立ち上がった。
「ふふっ。そんなことないですよ〜」
レイはエヴァに褒められて嬉しくて、頬を緩めた。
「さて。さっさとテントを張っちゃいましょう! 暗くなりだしたら、準備が大変よ〜」
「はいっ!」
エヴァは背負っていたリュックから、テントを引っ張り出した。かなり大容量の空間収納付きのリュックのようだ。
レイもエヴァを手伝って、一緒にテントを広げていく。
「あ〜ら、こんなところにいたの?」
レイたちがテントを張っていると、少女の勝ち気そうなかわいらしい声がした。
レイが作業の手を止めて顔を上げると、少し幼い顔立ちの美少女がそこにはいた。
演習中だというのに、柔らかそうな胡桃色の髪はくるくるりと巻かれていて、ぱっちりと大きなピンク色の瞳は、エヴァを蔑むように見つめていた。
魔術師の制服のケープには飾り襟がつけられ、裾にはレースが施されていた。
レイがふと隣を見ると、エヴァは酷い頭痛がするかのように激しく顔を顰めていた。
「何かご用かしら?」
エヴァが警戒するような固い声で尋ねた。
「私としてもお義姉様なんかとは話したくもないんだけど……聞かなきゃいけないことがあるの」
少女は不服そうに唇を尖らせて言った。
「……何よ?」
エヴァがますます顔を顰めた。
「アランがいなくなったのよ」
「は?」
「この前から行方不明なのよ。不吉なお義姉様のことですもの。どうせ、アランに呪いをかけて、どこかにやったんでしょう!? そうよ、絶対にそうよ!!」
少女がいきなり逆上して、般若の形相でエヴァに詰め寄って行った。
(……結界)
レイが心の中で呟くと、エヴァと少女の間に透明な結界が瞬時に張られた。
「ぶっ!」
少女は勢いよく結界にぶつかって、変な声を漏らした。自らの鼻を押さえて、ペタンと地面にへたりこむ。
「あのねぇ、あんたたちと絶縁してからアラン様にもダルトン家の誰にも会ってないし、呪いなんてかけるわけがないでしょう!」
「でも、塔の魔術師じゃない! 呪いをかけるなんて卑劣な真似、お義姉様しか思いつかないわ!!」
エヴァが呆れて言い放つと、少女は結界をドンドンと拳で叩いて喚き散らした。
「そもそも、本当に呪いでアラン様は消えたの? 人を疑う前に、まずはそこからじゃないの?」
「ぐっ……そんなの、急にいなくなっちゃったんだもん! 分かるわけないじゃない!!」
「はぁ……私に文句言う前に、騎士団に相談したら?」
少女の言い分に、エヴァは「相手にできない」と腕を組んで身を固めた。
少女の方は、ギリリと今にも音が鳴りそうなほど、キツくエヴァを睨み上げていた。
「ハートネット魔術伯爵! うちの魔術師が大変失礼した! 来い、ミア・ダルトン! よりにもよって黒の塔の魔術師とトラブルを起こすんじゃない!!」
魔術師団の上官らしき男性が慌ててやって来て、ミア・ダルトンと呼ばれた少女の首根っこを掴んだ。
ミアは「はーなーしーてー!」とジタバタと暴れていたが、力では敵わないようで、ズルズルと引き摺られていった。
「…………はぁ…………結界、ありがとね」
ミアたちが去って行くと、エヴァは疲労困憊気味に、レイにお礼を言った。
「いいえ、エヴァが無事で良かったです」
レイはぽかんと呆気にとられつつも、返事をした。
「……えっと、なんというか、いろんな意味ですごい義妹さんですね……あの、もう一回治癒魔術をかけましょうか?」
レイはエヴァのことを気遣って尋ねた。
「あああ……レイちゃんみたいな子が妹だったら良かったのにぃー!!」
「わわっ!?」
エヴァは感極まってレイに抱きついた。
レイはびっくりして、エヴァを抱きとめた。とりあえず、気休めかもしれないが治癒魔術をかけておく。
エヴァはしばらくレイに癒された後、「さっさとテント張って、ご飯もらって来ようか?」と少し持ち直していた。
***
演習での食事は、新兵が交代制で作る。
貴族でも平民でも関係なく、食事の準備をする。戦場や遠征先などで一人になってしまったとしても生き残れるように、訓練をするのだ。
エヴァとレイはテントを立て終わった後、食事の配給の列に並んだ。
二人して並んでいると、不意に後方から声がかけられた。
「レイ、こんなところにいただんだ」
聞き慣れた優しい声に、レイは驚いて振り返った。
そこには、若い姿に変身したフェリクスがいた。
いつかフロランツァにユグドラの仕事で一緒に行った時と同じ美青年の姿で、珍しく詰襟の上級神官の服装をしていた。
フェリクスは、嬉しそうに目尻に皺を寄せて微笑んでいた。
フェリクスの後ろには、専属護衛の聖騎士アルバンが控えていた。
アルバンは、大柄な騎士が多いこの場所でも、頭一つ分飛び抜けるほどに背が高い。
護衛らしく周囲を警戒していたが、レイと視線が合うと、表情を緩めて軽くを会釈してくれた。
「とう……むぐっ!」
レイは二人に久々に会えて嬉しくなって、顔色をパァッと明るくした。
いつものように呼びかけようとして、口元をフェリクスに押さえられた。
「演習中は『フェル』って呼んでもらえるかな?」
フェリクスに言われ、レイは素直にこくりと頷いた。
「フェルさんはなぜここに?」
「レイが参加するって聞いたからね。僕も参加したくなったんだ。レイは移動で疲れてない? 大丈夫?」
フェルは、いつものように優しくレイの頭を撫でた。
「大丈夫ですよ! 冒険者をやって体力がつきましたし、治癒魔術をかければ、足が痛いのも治りますし!」
レイは元気よく答えた。
いつもとは姿は違うが、頭を撫でる手つきはいつもの義父と全く同じで、レイは胸のあたりにほっこりとした安心感が広がった。満面の笑みでフェルを見上げる。
フェルはますます相好を崩して「うん、よかった」と相槌を打った。フェルとレイ、二人の間に和やかな空気が流れる。
「君がレイの教育係かな? レイは迷惑をかけてないかな? この子は好奇心旺盛で何にでも興味を持つし、行動力もあるから大変だろう?」
「い、いえ、そんなことないですよ! レイちゃんはいい子ですから、私も助かってますよ!」
フェルが義父親らしくエヴァに声をかけると、エヴァは笑顔で伝えた。
「フェルさん!」
レイは頬を赤らめて、慌ててフェルを止めに入った。レイがフェルの腕に抱きつくように引っ張ると、彼は子供を宥めるようにぽんぽんっとレイの頭を撫でた。
(もうっ! 義父さんったら!)
レイは少し剥れて、むすっと頬を膨らませた。
配給の順番がきて食事を受け取ると、エヴァとレイはテントの方に戻ることにした。
フェルも彼女たちついて行こうとしたが、アルバンに制止された。アルバンに無言で首を横に振られ、フェルはしょぼんと肩を落とした。
「今は残念だけど、また後で会おうね。もし何かあったら、すぐに僕を呼ぶんだよ。すぐに駆けつけるから」
フェルの蜂蜜のようにとろりと濃い黄金眼が、レイをまっすぐに見つめた。
「分かりました! フェルさんも気をつけてくださいね!」
レイはにっこりと笑顔で答えた。
フェルが「やっぱり、僕のテントの方に連れて行こうか」と口にすると、アルバンが「ダメですよ! 大人しく帰りますよ!!」とフェルを引き摺って行った。
「……レイちゃんのお義父さん、イケメンだけど過保護ね」
「はっ!!?」
エヴァがぽつりと呟くと、レイは「しまった!」という顔で彼女の方を振り返った。
(義父だって、バレてる!?)
「……今のでバレない方がおかしいわよ」
エヴァがじと目でレイを見下ろした。
「考えまで読まれてる!?」
「ぜ〜んぶ顔に出てるわよ! さて、ご飯食べちゃいましょう。早くしないと冷めちゃうわ!」
衝撃を受けているレイを置いて、エヴァはさっさと歩き出した。空元気を引き出すように、軽快な足取りで歩いて行く。
「あっ! 待ってください!」
レイも慌ててエヴァの後を追った。




