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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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ドラゴニア王立特殊魔術研究所1

「それでは頼みましたよ」

「はっ! お任せください!」


 初めて会う影竜王ニールに見据えられ、ライデッカーは表情を強張らせ背筋をピンッと伸ばして答えた。


「ニール、行って来ますね」

「ああ。気をつけて」


 レイがにっこりと笑って挨拶をすると、ニールはそれまでの険しい表情を柔らかく崩した。


 ニールに見守られながら、ライデッカーはカチコチに緊張して、ぎこちなくレイをエスコートした。


 二人が乗り込むと、馬車は王宮に向かってカラカラと軽快に走り出した。



 今日はレイが初めてドラゴニア王立特殊魔術研究所——通称「黒の塔」——に入塔する日だ。


 朝も早くから、バレット邸にライデッカーが直々に迎えに来てくれた。

 軍服に近い真っ黒な魔術師の制服姿で、大柄で鋭い三白眼を持つ彼にはよく似合っていた——似合いすぎて威圧感を感じてしまうぐらいだ。


 今日はレイもあらかじめ送られてきていた黒の塔の制服姿だ。

 軍服風の真っ黒なワンピースで、揃いのケープを羽織っている。長い黒髪は気合を入れて編み込み入りのポニーテールにまとめ、ハムレットから贈られた水織りのリボンで留めている——かわいらしくも凛々しい姿だ。


 いつも肌身離さず付けているフェリクスの指輪は、今日は制服とセットの白い手袋で隠れている。バレット商会の紋章が入ったペンダントも、ワンピースの下にしまっているため、隠れてしまっている。



「…………はぁ、死ぬかと思った…………」


 バレット邸からかなり距離を離れた後、ライデッカーが肩から大きく息を吐き出すように、ぽつりと呟いた。


「えっ……大丈夫ですか?」


 向かいの席に座るレイが、目を丸くして気遣った。


「やっぱ、黒竜王様の圧は凄まじいな……レイちゃんの手が俺の手に載った瞬間さ、とんでもない圧がかかったんだけど。『何かあったら殺す』って念押しする感じでさ、あのまま影に飲まれるかと思ったよ……」


 ライデッカーがぶるりと震えながら語った。


「そんな大袈裟な……」


 レイは口をあんぐりと開けて答えた。


「大袈裟じゃないよ〜あれは本気の圧だよ。……むしろ、レイちゃんは俺の隣にいて感じなかったの? 何も?」

「う〜ん、私、あんまりそういう圧は感じられないみたいなんです」


 ライデッカーが訊き返すと、レイは困ったように眉を下げて首を捻った。


 ライデッカーは「うわぁ……レイちゃんが大物に慣れすぎててコワイ」と若干引いていた。


「……そういえば、その髪を留めてるリボンって……?」


 ライデッカーは、震える指でレイが頭に付けているリボンを指した。


「ラングフォード魔術伯爵からいただきました」

「ギャァ! やっぱり!!」


 レイがさっくりと答えると、ライデッカーは大袈裟に恐れ慄いて、座席の端の方へ逃げるように身を縮めた。


「むぅ……そんなに驚かないでくださいよ。ただのリボンですよ」

「水竜王様のリボンだろ!? 絶対ただのリボンじゃないから!! 何か付与されてない!!?」


「……確か、水竜王様の祝福と加護と、あとニールがいくつか魔術付与してくれました。あ、でも、ニールは水竜王様の魔術は剥がしてましたよ」


 レイが思い出しながら答えると、ライデッカーはますます顔色を青くした。「何それ、国宝かよ!?」とライデッカーからツッコミが入る。


「そ、そいうえば、水織りって水魔術のスクロール代わりにもできるんだよね!? どんな魔術が使えちゃうの、それ!?」


 ライデッカーは半分錯乱状態で、さらに尋ねてきた。


「…………リヴァイアサンのプチバージョンです」


 レイはふいっと視線を逸らして答えた。さすがにこれはもう「ただのリボンだ」と主張するにはオーバースペックだろう。


「兵器か何かかっ!!?」


 ライデッカーから渾身のツッコミが入った。


「初日からやめてよ、何そのとんでもない破壊兵器! 国王様だってそんなガッチガッチに祝福やら加護やらがかかった装備してないよ!? それに普通は水織りの水魔術なんて、護身用のかわいいものだからね!! 誤っても街一つ流せるような水魔術じゃないからね!!?」


 ライデッカーは両手で顔を覆うと、激しく項垂れた。


 しばらく嘆いた後、何やら覚悟を決めたような表情になって、すっくと頭を上げた。


「……ヤバい。レイちゃんには呪いをかけないよう先に連絡入れとかないと。こんなんじゃ、呪い返しで何人亡くなることやら……」


 ライデッカーは空間収納からペンと紙を取り出して、サラサラとしたためた。

 自分の影に向かって「ライモン、仕事だ」と声をかけると、彼の影から大きな茶トラ柄の魔法猫が顔を出した。


「わぁ! かわいい!!」


 レイが瞳をキラキラさせて褒めると、ライモンは自慢げに真っ白な髭をピンッと張って彼女を見上げた。


「至急、テオにこの手紙を届けてくれ。大至急だ」

「ぐるにゃ」


 ライモンは手紙を口で咥えると、サッとライデッカーの影へと潜って行った。


「そういえば、本当に塔の魔術師同士で呪いをかけ合ってるんですか?」


 レイは真面目な表情でライデッカーを見つめた。

 彼女のあまりの真剣さに、ライデッカーは思わず後退るかのように身を引いた。


「まぁ、そうだな。特に新人に対してはちっこい呪いをかけて、それがちゃんと跳ね返せるかどうかテストしてる。呪い返しができて、はじめて黒の塔の魔術師として一人前だよ。黒の塔の入塔試験に合格しても、この呪い返しができないばかりに辞めていく者も多い」


 ライデッカーはレイをまっすぐに見つめると、説明を始めた。


「なんでそんなに呪い魔術や呪い返しにこだわってるんですか?」


「まぁ、慣習だな。表の意味合いとして、特殊魔術研究所は元々、呪い魔術をメインで研究してたし、『黒の塔の魔術師たるもの、そのぐらいできなくてどうする』ってことだよ」


「『表の意味合い』ってことは、裏の意味合いもあるんですか?」


 レイはごくりと息を呑んで、突っ込んだ質問をした。


「裏の意味合いは、『半端者の排除』だ。特殊魔術研究所に所属してる魔術師の半数近くは人間じゃないからな。そいつらから自分の身くらい自分で守れない奴は、そもそも黒の塔に入っても長続きしない」


「……結構、シビアですね……」


「そもそも相手が人間じゃないからな。人間社会に溶け込んでるから、比較的人間慣れはしているが、根本的に人間とは考え方が違う。人間にとってはおかしなことでも、その種族では当たり前ってことも多いし、簡単に人間に手を出す……結局、何かあった時に自分を守れるのは自分の力だけだ」


「でも、なんで黒の塔には人外が多いんですか?」


「ドラゴニア王家には火竜の血が流れてるけど、それだけじゃちょっと弱いんだ。人間に対してはいい圧力にはなるが、人外に対しては大した圧力にはなってない。だけど、黒の塔に人外の有力者を誘致すれば、人外からもドラゴニア王国を守ることができる……抑止力になるんだ」


 ライデッカーの説明に熱が入る。


「なんだかんだ言って、人間の国は、基本的に人間のものなんだよ。重要ポストに堂々と亜人や人外を就けることはほとんど無い。だが、亜人や人外ともうまくやっていくには、彼らの力が必要だ——そのための黒の塔なんだよ。黒の塔に融通の利く身分を用意して、人外や実力者にドラゴニアに在中して守ってもらってるのさ」


「へぇ〜……塔の魔術師で、誰が人外かを聞いてもいいんですか?」


「それは本人から直接聞いた方がいい。マナーだな」


「分かりました。ご説明ありがとうございます」


 レイは相槌を打って、お礼を言った。


「おう。また何か分からないことがあったら訊いてくれ」


 ライデッカーは、にっと口角を上げた。


(……思ってたよりも、厄介なところかも……)


 レイは、ライデッカーの説明が一段落して、ふぅっと息を吐いた。少し疲れて瞼を閉じる。



 しばらくすると、二人を載せた馬車は、ドラゴニア王宮の大門を抜けて王宮の車寄せに着いた。

 ここは、主にドラゴニア王国の貴族が登城するために馬車を降りるところだ。

 広い車寄せには、何台もの豪奢な馬車が停まっており、貴族らしき上等な服装の人たちが馬車から乗り降りしていた。


「さぁ、王宮についたな。ここで馬車を降りたら、黒の塔に向かうぞ」

「はいっ!」


 ライデッカーに声をかけられ、レイは元気よく返事をした。


(黒の塔……どんなところなんだろう? すごくドキドキする……!)


 レイはライデッカーにエスコートされ、期待と不安を胸に馬車を降りた。




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