はじめてのダンジョン1
「無事に部屋が取れて良かったですね」
「まさか僕たちで満杯だったなんて、人気の宿なんだね」
「部屋は普通ですけど、共用部分はきのこがいっぱいですね」
銀の不死鳥メンバーは、きのこの帽子亭に宿をとった。
少し早いが、宿の食堂で夕飯を食べながら、明日以降の予定を確認しようということになった。
メルヘンチックなきのこのような見た目の建物に反して、客室の内装は普通だった。
むしろ、リネンは清潔でベッドもふかふか、各部屋の掃除も行き届いているのに、金額は良心的で、非常に良い宿だった。
宿のロビーや廊下には、きのこ柄の壁紙が貼られ、大小さまざまなきのこ型のランプが淡い光を放っていた。出窓にもかわいらしい木彫りのきのこの置物が置いてある。
そして時々、謎のきのこの歌が聞こえてくる以外は、いたって普通の宿だった。
「わぁ! おいしそうです!」
マッドボアとマッシュルームのソテーがドンッと、テーブルの上に置かれた。
ボア肉がじゅうじゅうと焼ける音がし、濃厚なデミグラスソースもポコポコと沸騰していて、甘やかな香りが鼻をくすぐる。
「柔らかい! う〜ん、ジューシー……」
レイは幸せそうに、ボア肉を頬張った。
続いて、籠盛りのクロワッサン、きのこ入りシチュー、きのことレタスのシーザーサラダがテーブルに届いた。
「? このきのこは何でしょう?」
レイは、シチューの中に浮かんでいる真っ赤な傘に白い粒々が付いたきのこを、スプーンの先で突いた。
「それはルビー茸ですよ」
きのこ博士のレヴィが淡々と答えた。
「ああ。きのこの歌の歌詞にあったやつだね。確か、オペルミナ領の特産品だよ。ルビーが採れる鉱山にしか生えないんだって」
ルーファスも、ボア肉を幸せそうに頬張りながら教えてくれた。
「それじゃあ、こっちは?」
レイはサラダボウルを手に取った。
ドレッシングが絡められて、青い榎茸のようなきのこが入っている。
「それはソラノシタですよ。食用ですね。ユグドラの森でも時々見かけましたよ」
「えっ……そうだっけ?」
レヴィの回答に、レイは視線を泳がせた。相変わらず、きのこの判別は苦手なのだ。
(ものすごく毒きのこっぽいけど……)
「シャキシャキしてておいしいから、食べてごらん」
レイがじーっとソラノシタと睨めっこをしていると、ルーファスに嗜められた。
「……はい…………ん! 本当だ、おいしい!」
レイは思い切ってぱくりと食べてみた。思わず、目を見開く。
ソラノシタは淡白な味わいで、レタスにもドレッシングにもよく合っていた。
ルーファスに「いい子、いい子」と褒められるように頭を撫でられる。
「ふふふっ。この宿は大当たりですね。お部屋は綺麗ですし、料理はおいしいですし」
「そうだね」
レイたちはにこにこと、夕食を平らげた。
「さて。お腹もいっぱいになったし、明日からの予定を決めていこうか?」
ルーファスが、クリスタンロッキー周辺の地図をテーブルの上に広げた。
食後にルーファスとレヴィはコーヒーを、レイはホットミルクをもらい、食堂の席で話し合いを始めた。
「あ。このダンジョンには潜っておきたいです」
レイは「クォーツN二」と書かれた元は廃鉱山だったダンジョンを指差した。
オペルミナ領の鉱山名の付け方は独特だ。
まずは鉱山名の一番最初に主にどんなものが採掘されるかという鉱石名が入る。
水晶が採れるなら、「クォーツ」だ。
次に、領都クリスタンロッキーから見てどの方角にあるかが、鉱山名に入る。
「N」は、クリスタンロッキーの北側に鉱山があるということだ。
最後に、その種類の鉱山が発見された順番が入る。
つまり、「クォーツN二」の鉱山は、クリスタンロッキーの北にある、オペルミナ領で二番目に発見された水晶鉱山ということだ。
「? どうしてここなのかな?」
「アイザックが、次の試験会場はここだって、エスキルさんからこっそり聞き出してくれました」
ルーファスに訊かれ、レイは素直に答えた。
「そうなんだね。レイにとっては初めてのダンジョンだし、ここら辺は僕らは不慣れだから、下見しておいた方がいいね」
ルーファスは、うんうんと相槌を打った。
「ダンジョンって、何に気をつければいいんでしょうか?」
レイは腕を組んで、軽く首を捻った。
「そうだね……ダンジョンの性質にもよるけど、まずは罠に注意かな。あとはやっぱりダンジョンの構造上の問題——狭かったり、視界が悪かったり、そもそも明かりが無かったりするから、相応の準備が必要だね。それから、そのダンジョン特有の魔物が生息していることもあるから、事前に情報収集が必要だね」
ルーファスが丁寧に、ダンジョンに潜る際の注意点を解説してくれた。
「あら? あなたたち、ダンジョンに潜るのかい?」
レイたちは不意に声をかけられた。
テーブルから顔を上げると、そこには宿のおかみさんがいた。
「そのダンジョンにはノームがいるから気をつけた方がいいわよ。うちの旦那も子供の頃に、ノームにいたずらで攫われたんだから……特に、あなた!」
おかみさんは、ピシリとレイを指差した。
「え? 私、ですか?」
「そうよ! ノームは特に子供を攫いたがるのよ。めんこい子は最低一度は里に招待して、びっくりさせるのがノームの慣わしらしいのよ」
「えぇ……」
(何その変な慣わし……)
レイはノームの傍迷惑な慣わしに、微妙な表情を浮かべた。
「ノームのような妖精は、子供を揶揄いたがる者が多いからね。街で妖精払いのアイテムを買ってからダンジョンに潜ろうか」
ルーファスは苦笑していた。
「このダンジョンはどんな魔物が出るか分かりますか?」
レヴィが淡々とおかみさんに尋ねた。
「そうねぇ。うちに泊まる冒険者さんの話だと、吸血バットとかロックゴーレムがよく出るって聞くわねぇ。まぁ、元々は鉱山だからね」
おかみさんはタプタプと顎を撫でながら、思い出すように答えた。
「そうなんですね、ありがとうございます」
ルーファスが銀の不死鳥を代表して、にっこりとお礼を言った。
「いいえ! 気をつけて行っておくれ!」
おかみさんは朗らかにそう言うと、また宿の仕事へと戻っていった。
***
次の日、レイたちは装備を整えて、朝早くからクォーツN二のダンジョンへと向かった。
「ランタン、よし。妖精払いのお守り、よし。いざという時のキャンプ用品、よし」
レイは、ダンジョン前の広場で、一つ一つ指差し点検するように数えた。
「実技試験では他の冒険者と組むだろうから、あまり空間収納は使わないようにしようか」
「はいっ!」
ルーファスの提案に、レイは元気よく返事をした。
レイは、魔力を補充して使うクリスタルで作られたランタンを左手に持ち、妖精払いの術符を腰のベルトに付けた。
さらに、普段は冒険用のキャンプ道具などは全て空間収納にしまって、ほぼ手ぶらで行動していたが、今回は小ぶりの空間収納付きのリュックを背負っている。
レヴィも同じような状況だ。背が高くて身体が大きい分、彼の方が多めに荷物を背負っている。
クリスタンロッキーの街から北へ一時間ほど行った岩山の麓には、ぽっかりと鉱山の入り口が大きな口を開けていた。
出入り口のすぐそばには、『モンスターに注意!』の立て看板が立てられている。
レイたち銀の不死鳥メンバーは、意気揚々とクォーツN二ダンジョンの中へと進んで行った。




