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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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ニールの屋敷

 王都の冒険者ギルドでバレット商会の護衛依頼の報告を済ますと、レヴィは王国騎士たちによって王宮へと連れて行かれた。



「……レヴィ、行っちゃいましたね。無事に何事もなく戻って来れるといいんですが……」


 レイは馬車の窓べりに張り付くと、寂しそうに街並みを眺めていた。その視線の先には、白亜のドラゴニア王宮があった。


 レヴィをユグドラの森で見つけてから、レイは彼と離れることを、こんなに心細く思うことは今まで無かった。


「ところでレイ、今夜泊まるところは?」

「あ……今から探さないと……」


 ニールに確認され、レイは「まだ決めてない!」と気づいて焦り始めた。

 どうやら、レヴィの心配ばかりはしていられないようだ。


「それなら、俺の屋敷に来る? 部屋の準備が整うまでは客室になるけど」

「いいんですか? ありがとうございます!」

「もちろん! レイだったら、いつまでも居てくれていいから」


 ニールは目尻に皺を寄せて、艶麗に微笑んだ。



***



「わぁ、すごく立派なお屋敷ですね! それに、とっても広いですね!」


 ニールの屋敷は、王都の外れにある、白い壁に濃いグレーの屋根が載った瀟洒な建物だ。

 前庭は綺麗に整えられ、白や淡いピンク、マゼンタ色の芍薬が、手まりのような大輪の花々を咲かせて、見頃を迎えていた。

 屋敷の裏手には木々が生い茂る森があり、どこからどこまでが敷地内なのか分からないほど広大だ。


「森の奥の方には泉が湧いてるから、今度ピクニックに連れていくよ」

「やった! ピクニック! レヴィが戻って来てからでもいいですか? せっかくなので、一緒に行きたいです」


 レイが不安げにニールを見上げると、彼は柔らかく破顔した。優しくレイの頭を撫でる。


「もちろん! 一緒に行こうか。ルーファス殿も誘おうか?」

「いいんですか? 今から楽しみです!」


 レイは満面の笑顔で、ニールの左手と手を繋いだ。


 ニールは、はしゃぐレイの手を引いて、自らの屋敷の扉を開けた。


「お帰りなさいませ」


 玄関ホールでは、執事とメイドたちが総出で出迎えてくれた。


「この子はレイ。俺の主人だから、丁重にもてなすように。それから、こっちはレイの使い魔の琥珀だ。こちらから手を出さなければ、襲われることはない」

「かしこまりました」


 早速近寄って来た執事に、ニールがレイと琥珀を紹介した。


 執事服を折り目正しくきちりと着こなした青年だ。短い黒髪は丁寧になでつけられ、鮮やかなカッパー色の瞳は、レイたちをまじまじと見つめている。


「彼は執事長のジェームズだ。うちの屋敷内を取り仕切ってもらってる影竜だ。うちの使用人は全員人外だし、敷地内には俺の眷属が住み着いてるから、後で紹介するよ」


 ニールが、ジェームズの肩を叩いて紹介した。


「レイです。よろしくお願いします。しばらくお世話になりますね」

「こちらこそ、精一杯仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたします」


 レイがぺこりとお辞儀をすると、ジェームズは緊張した面持ちで深々と礼をした。


「客室はどこが使えるかな?」

「二階の奥の部屋が使えます」


 ニールが尋ねると、即座にジェームズが答えた。


「分かった。レイ、案内するよ」

「私がご案内いたしますが……」

「いや、俺が案内するから大丈夫だ」


 ニールは、ジェームズの申し出をスパッと断って、機嫌良くレイの手を取ると、「客室はこっちだよ」と案内を始めた。


 玄関ホールには、主人のあまりにも珍しい行動に、ぽかんと口を開いたまま固まってしまっている使用人たちが残された。



「これから案内するのは、一番いい客室だから」

「いいんですか? そんな良いところに……」

「もちろん! レイは俺の主人だからね。むしろこれぐらいしないと、他の奴らに示しが付かない。……ここにいるのは、人外だけだよ?」


 ニールの色鮮やかな黄金眼が怪しく光った。


(……確かに、人間と人外は結構ルールが違うから、ニールに従った方がいいかも……)


 レイは無言でこくりと頷いた。


「ほら、早速来た」


 ニールの視線の先には、真っ黒で細長いもふもふが三匹いた。

 小さな頭に丸い耳がちょこんとついていて、ふさふさのしっぽを揺らして、客室前の床に陣取っている。つぶらな瞳は、じっとレイの方を見つめていた。


「あれは……?」

「影オコジョだ。俺の眷属だな。普段は屋敷内には入って来ないんだが、俺の主人を見に来たんだろう」

「かわいい……!!!」


 レイは両手で口元を押さえて、感動のあまりふるふると震えた。


「レイ? 前にも言っただろ? ああいうのが、小さくても凶暴な魔物だ。手は出すなよ。噛まれるからな。契約もダメだ。ああいう(こま)いのは、きりがない」


 ニールは慌てて注意事項を話し始めた。


 レイはかわいいものが大好きだ。かわいいものを見れば、すぐに触りたがる。こんなところで怪我をされたり、余計な使い魔を増やされたのでは、たまったものではない。


「……撫でちゃダメですか?」

「ダメだ」

「……絶対に?」

「絶対だ」


 うるうると半分涙目で見上げてくるレイに対し、ニールは断固として頷かなかった。


「ほら、お前たちももう見ただろう。シッ、シッ。レイを噛んだら、この森から追い出すからな」


 ニールが手を振って追い払うと、影オコジョたちは「ピィー!」と鳴いて、慌てて影の中へ潜って行った。


「ああっ!? ……行っちゃった……」


 レイがしょんぼりと項垂れていると、その後ろでは、


「琥珀。もしさっきみたいなのがレイに近づいて来たら、追い返して良いからな」

「にゃ」


 使い魔同士、ニールと琥珀の密約が交わされていた。



 奥の客室は、非常に趣味の良い部屋だった。


 猫脚のアンティークなデスクと、革張りの一人がけの肘掛け椅子が部屋の角に置かれている。

 天井には鈴蘭の花を象ったようなシャンデリアがぽわりとあたたかな光を放ち、壁には小さな絵画が額縁に入っていくつも飾られている。


 ダブルの大きなベッドが一つ、入り口から向かって奥側の壁際に置かれていた。アール・デコのような有機的なパターン柄のスローが掛けられている。


 南向きのバルコニー付きの大窓には、白いレースのカーテンがかけられ、バルコニーからは眼下に王都の街並みを一望できるようになっている。


「わぁ! ホテルみたいで素敵なお部屋ですね!」

「レイの部屋の準備が整うまでは、ここを使ってくれ」

「ありがとうございます!」


 レイがにっこりと笑ってお礼を言うと、ニールもふわりと頬を緩めた。



***



 夕食の後は、レイはフェリクスとの定期連絡だ。今回はニールも参加するため、レイの客室を訪れていた。


「義父さん、久しぶり!」

『レイ。久しぶり。元気だったかい?』


 青く平べったい通信の魔道具から、フェリクスのあたたかくて落ち着いた声が聞こえてきた。

「はい! 元気ですよ! 義父さんはどうですか?」

『うん。元気にやってるよ』


 レイとフェリクスが朗らかに挨拶を交わすと、続いて、ニールも挨拶をした。


「ご無沙汰しております」

『ニールも久しぶりだね。ウィルから話は聞いてるよ。レイの部屋を君の屋敷に用意してくれるんだってね』

「ええ。そのことについてご相談ですが、レイの部屋を準備するにあたって、レイの身元を私の『妹』としたいのですが……」

『ふむ…………』


 ニールがそこまで伝えると、フェリクスが何やら考え込むように、言葉を止めた。

 どうやら、通信の魔道具の向こう側で、先見のスキルを使ってくれているようだ。


『……悪くないね。王都なら教会よりも君の屋敷の方が安全だしね。レイは親子契約で魔術的に結んだから、国の方の手続きはしてないんだ。そもそもユグドラの子だから、どこの国にも属してないしね……君の方で、手続きしてくれるということかい?』

「そういうことになりますね。俺とレイが兄妹で、フェリクス様に養女に出した、という設定になります」

『なるほど……レイは、それで大丈夫かい?』


 フェリクスが優しくレイに尋ねた。


「はいっ! 大丈夫です!」


 レイは元気よく答えた。


(こっちの世界で、私に「お兄ちゃん」ができる!!)


 レイは元の世界では兄弟は弟だけだった。兄や姉、妹のように、自分にはいないきょうだいには憧れがあった。そして、いつも優しいニールが兄になるのは大歓迎だった。


 ニールはレイの回答を聞いて、ほっと安堵の息を吐いた。


『それなら、君にレイの兄役をお願いしようか。レイのことを頼むよ』

「かしこまりました」


 フェリクスの命に、ニールは心からの返事をした。


 レイはフェリクスとその後もいくつかたわいもないおしゃべりをしてから、「おやすみなさい」「うん。おやすみ。また今度だね」と挨拶をして、通信の魔道具を切った。



「ニール。ふつつかな妹ですが、よろしくお願いします」


 通信の魔道具を切った後、レイはニールに向き直ると、深々とお辞儀をした。


「こちらこそ、よろしく」


 ニールも目尻に皺を寄せて相好を崩した。


「さて。良い子は寝る時間だ。俺もしばらくは、こっちで寝ようかな」


 ニールはそう言うと、バルコニーの方へ向かって行った。


「ふぇっ? 一人で寝れますよ? 琥珀もいますし」


 レイが不思議そうにニールの行動を目で追うと、彼はバルコニーに続く大窓をバタンッと勢いよく開けた。

 バルコニーでは、真っ黒な梟やリス、蝙蝠やトカゲのような小さな魔物たちが、爛々とその瞳を輝かせて、屋敷の中を覗き込んでいた。


「ぴぇっ!!?」


 レイは一気に鳥肌が立って、小さな悲鳴をあげた。


 どの魔物もみんな全身真っ黒で、その姿が闇夜に溶け込んでいたため、色さまざまな二対や三対の瞳だけが、爛々と興味深そうにレイを見つめていたのだ。


(ホラーでしかないっっっ!!!)


「ほら。俺のご主人様はもう寝る時間だ。解散だ。シッ、シッ!」


 ニールが小さな魔物たちを追い払うように手を振ると、渋々、魔物たちは森へと帰って行った。


「しばらくは森の眷属たちが覗きに来るだろうからな。琥珀だけだと手に負えないだろうし、妹の身は兄が守らないとな」


 ニールはバルコニーの窓を閉めると、レイの方を振り向いて、パチリとウィンクをした。


「……よ……よろしくお願いします……」


 レイはホラーの余韻から、むぎゅぎゅと子猫サイズの琥珀を抱きしめて、ぷるぷると震えていた。琥珀はゴロゴロと喉を鳴らして、ご機嫌そうだ。



 その日、ミニ竜の姿に変身したニールに見守られながら、レイは眠りにつくことになった。




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