閑話 帰塔
コンコンコンッと古びた木製の扉が叩かれた。
中から「どうぞ」と声がかかり、ライデッカーとジャスティンは扉を開け、入室した。
黒の塔、所長室内には、執務机で書類に目を通しているこの国の第三王子テオドール・ドラグニルがいた。
黒々とした黒の塔の魔術師の制服に、見事な深紅の髪と瞳はよく映え、細身ながらも威厳がある。
「討伐はどうだった?」
テオドールは書類から顔を上げて、二人に話しかた。
「無事に完了しました。内臓は医局に、鎧鱗や牙などは工務部に納めて来ました」
ライデッカーはにこやかに報告をした。
「……非常に残念だ」
一方で、ジャスティンは浮かない顔だ。今回討伐した竜の素材が手に入らず、落胆しているようだ。
「ほらよ。数枚だけだが、もらっといた」
ライデッカーは空間収納から鎧鱗の欠片を取り出すと、ジャスティンに投げて寄越した。
「……ありがとう」
ジャスティンは、パシリと空中でキャッチして素直に受け取ると、ボソッと礼を口にした。
「ジーン、随分と機嫌がいいな」
テオドールはライデッカーの様子を見て、尋ねた。
比較的分かりやすいタイプではあるが、いつになく声が弾んでいる。今にも鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。
「拾い物をしました」
「ほう?」
機嫌良く話し始めたライデッカーに、テオドールは相槌を打って続きを促した。
「計り知れない魔力量。あの年頃できめ細やかな魔術使いと出力。魔術師団には勿体ないです」
だが、答えが返ってきたのはジャスティンの方からだった。
「ジャスティンがそこまで言うのか」
あまりにも珍しいことに、テオドールは目を丸くした。
魔術や研究にしか興味を示さない彼が、誰かを褒めるのは滅多に聞かない。
明日はスライムでも降るかもしれない、とテオドールは内心思った。
「俺も推します。ただ、一つ問題が」
テオドールだけでなくジャスティンも、少しだけ口ごもったライデッカーの方を振り向いた。
「高位の竜の加護です。Sランクの光竜がついています。竜が嫌がれば、黒の塔入りは難しいかと」
ライデッカーは渋い表情で伝えた。
「Sランクか……」
テオドールは顔を顰めた。
高ランクの魔物の加護は、恩恵にもなれば、厄災にもなる。ランクが高ければ高いほど、その振り幅は大きくなる。
また、ランクの高さに比例するように、そのコントロールも難しくなるのだ。
「光竜は相当過保護でした。彼を説得するのはかなり骨が折れるかと……」
ライデッカーは苦笑いをした。
「あのローブの男か?」
「そうだ」
「あのライトニングアローも見事だとは思っていたが、そうだったのか……」
ジャスティンは端的に確認すると、思い返すように目線を下げて考え込んだ。
「Sランクでは、ラルカ様とラウル様でも抑えられないな……」
テオドールは溜め息を吐き尽くすかのように、椅子の背もたれに寄り掛かった。ギシリと上等な所長の椅子が鳴る。
ドラゴニア王国には、建国当初より二頭の火竜の守りがある。
初代国王で火竜ガシュラの実の妹と弟の、ラルカとラウルだ。
彼らは兄ガシュラ亡き後も、ドラゴニア王宮に暮らしてその子孫を見守り、この国の守り竜となって、有事の際には知恵や力を貸し、また平時も他国に睨みを利かせてくれている。
「ええ。彼らじゃまず無理でしょう」
ライデッカーはあっさりと認めた。
「随分ハッキリと言うな。私の大叔母上と大叔父上なのだが……」
「そこは、ほら。俺の方がランクが上なので」
ライデッカーはニカッとわざとらしく笑うと、茶化すように軽く肩をすくめた。力を重んじる竜のプライドとして、これだけは譲れないらしい。
「はぁ。私の竜は頼もしいな」
やれやれと呆れるようにテオドールが呟いた。
こういうところは、魔物の方があからさまにアピールをしてくる。だが、火竜の血を引く者として、テオドールも分からないでもなかった。
ライデッカーの方は言わせたと分かっていつつも、テオドールの発言に、どこか嬉しそうだ。
「まぁ、少女でしたので、ラングフォード魔術伯爵が動いてくだされば、あるいは……」
ライデッカーは気を取り直して腕を組むと、一つの可能性を話し出した。
「しかも少女なのか? だが、ラングフォード魔術伯爵が動けば確かに……」
誰も拒否はできないだろう、という言葉をテオドールは飲み込んだ。かの方の本性が、相当高ランクの竜なのは、裏では周知の事実だ。
「まぁ、少女がどれくらい美しく成長するかにもよりますね。ラングフォード魔術伯爵のお眼鏡に叶う可能性は高そうですが。ただ、影属性が強そうでしたので、かの方がどこまで本気になってくださるか……魔力の属性的にはそこまで好みでも無さそうですし……」
ライデッカーは、う〜む、と唸って渋面だ。
「あの方の女好きを頼りにしなければならないとはな……そこまでする必要はあるのか?」
テオドールは呆れた声を出した。目の前の二人の部下を見て、視線で回答を促す。
「あります!」
「ありますね」
ライデッカーとジャスティンの声が合った。
「……そうか。即答か」
ジャスティンまで随分な執着だな、とテオドールは口にしないまでも思った。
彼らがそれほど惚れ込んだ魔術師であれば、塔に入らずとも一目見てみたいものだと、テオドールは思った。
「それから、剣聖候補も見てきましたよ」
「ほぉ。どうだった?」
ライデッカーの報告に、テオドールは相槌を打った。一気に真剣な表情に変わる。
「剣士としての腕前はかなりのものかと思われます。ただ、俺は今回もハズレだと感じました」
「理由は?」
テオドールは執務机に両肘を突き、顎の前で手を組むと、静かに尋ねた。
歴代最強だという当代剣聖。
正妃派の第一王女ナタリーが、その伴侶候補として手を挙げている——歴代最強の当代剣聖を我が国に繋ぎ止めたとなれば、正妃派の株がまた一つ上がる。
側妃派のテオドールとしても、今後に響くことになる由々しき問題だ。
「そもそも、彼からは人の匂いがしなかった」
「人間以外の種族なのか?」
「そうでもなさそうです。何かも分かりませんが」
ライデッカー自身も分かりかねているようで、回答も曖昧だ。
「俺も、あの剣聖候補は人ではないと感じた。一つ考えられるとしたら、傀儡だ」
ジャスティンの発言に、テオドールもライデッカーも彼の方を振り向いた。
「理由は?」
テオドールが静かに問う。
「先ほど話した少女の魔力の香りが、ベッタリと剣聖候補からもしました」
「……そういえば、そうだな。やけに距離が近いとは思っていたが、傀儡だったのか?」
ライデッカーも、ジャスティンに尋ねた。
「あくまでも可能性だ。傀儡魔術だとしてもあまりにも精巧すぎるし、さらに剣聖候補自体も相当な剣の腕前だからな。あれほどの傀儡操作をするには、かなりの練度が必要だ。少女が、何かを操作しているような素振りも一切なかった」
ジャスティンは「理論上可能ではあるが、不可能だ」と結論づけた。
「……結局、何かは分からないのだな?」
テオドールが確認をすると、ライデッカーとジャスティンはこくりと頷いた。
「ただ、彼は剣聖ではないとだけ、感じました」
「俺もです」
それだけは、ライデッカーもジャスティンも同意しているようだ。
「剣聖はまだ見つからないか……イシュガルには苦労をかけるな……」
テオドールは、正妃派に出し抜かれる可能性はなさそうなことに安堵しつつも、女神の瞳のスキルを持つ従兄弟の騎士団長を案じ、遠い目をした。




