流行性の恋8〜Revenge〜
「おや? フェリクス様とレイも花織りを買いに?」
花織りを取り扱う大きな布屋の店の前で、ばったりとニールに出会った。
「ニール! 今日はありがとうございました! 花織りはすごく気になってたんです。ニールは仕入れですか?」
「そうだね。せっかくフロランツァまで来たから、ついでに買い付けをね」
ニールは、きらりと色鮮やかな黄金眼を煌めかせて微笑んだ。
ニールとおしゃべりしながら一緒に花織りの店に入ると、店主が慌てて出て来た。
大商会であるバレット商会の会長、その人自身が訪れたのだ。もてなさないはずがなかった。
たまたま一緒にいたフェリクスとレイも一緒に、店の奥にある商談用の個室に通された。
フロランツァ名物の花茶を出された後は、次々と個室に花織りが運び込まれた。
「今年の花織りは随分質がいいですね。例年よりも艶がいい」
ニールは花織りを手に取りながら言った。
「ええ。今年は織り手の妖精たちがやけに生き生きしてるんですよ。あの子たちは恋をすると、いい織りができるんです」
店主はにこにこと説明した。
心当たりがありすぎるレイは、思わず花茶に咽せそうになった。
フェリクスもニールも、そういったことは全く顔には出さず、にこにこと店主の話を聞いていた。
「レイ。せっかくだから、鈴蘭の花織りを買おうか? 今年のは質が良いみたいだしね」
フェリクスが、隣のレイの耳元で囁いた。
レイはさらに吹き出さないように口元を抑えながらも、こくりと頷いた。
「鈴蘭の花織りを全て持ってきていただけますか」
「承知しました」
すぐにニールが気を利かせて、店主に依頼をした。
店にある全ての鈴蘭の花織りが、個室に届けられた。ほのかに甘く爽やかな鈴蘭の香りが個室内に溢れかえる。
「わぁ……綺麗……」
レイは瞳をキラキラと輝かせた。
鈴蘭の花織りは、純白だ。光の加減で、シルクのようなきめ細やかな艶が浮かぶ。手に持つと、想像以上に軽く、まるで羽のようだ。
「お嬢様は清楚で凛としてますから、鈴蘭は良くお似合いですよ」
店主もにっこりと笑って、次から次へと花織りをテーブルの上に並べていった。
フェリクスもニールも、非常に納得するように、うんうんと深く頷いていた。
特に織りや艶が上等な鈴蘭の花織り三つを、フェリクスが買い取ることにした。ニールもいくつも買い占めていた。
店を出る頃には、すでに夕暮れ時で、辺りは暗くなり始めていた。
店主には「またお越しください」と笑顔で見送られた。
「フェリクス様、レイ。ディナーを一緒にいかがですか?」
「うん。いいね。行こうか」
ニールに、「知り合いがやっている店がある」と、大通りから一本奥に入った店に案内された。
一見、普通の一般家庭のような外観だったが、ドアノブのところには「OPEN」の札がかけられていた。
カウンター席の端には、すっくと伸びた白や黄色のフリージアの花が飾られていて、飾り棚には様々な種類の酒瓶が飾られていた。
壁には、フロランツァの街の風景画が小さな額縁に入れられて、いくつも飾られていた。窓辺には、この店の看板猫がくつろいでいて、尻尾を大きく揺らしている。
こぢんまりとしているが、趣味の良い店だ。
フェリクスたちは、奥の方の静かなテーブル席へと案内された。
ニールが「いつもの」と注文すると、チーズや生ハムのカナッペの盛り合わせ、トリッパのトマト煮込み、猪肉のミートソースパスタなどが、次々と運ばれてきた。
「レイの花織りですが、うちでドレスに仕立てましょうか? 良い仕立て屋がおりますので」
ニールは赤ワインを一口飲むと、切り出した。
「……そうだね。君のところでお願いしようかな」
フェリクスはしばらく遠くの方を眺めた後、ニールの方に視線を移して答えた。先見のスキルを使用したようだ。
「一つは先に渡しておくね。おそらく、数年のうちに必要になる」
「大切にお預かりさせていただきます」
フェリクスは鈴蘭の花織りを一巻き、空間収納から取り出して手渡した。
ニールは恭しく受け取ると、サッと空間収納にしまった。
「……他の二つは、必要になったら君に託すよ……」
フェリクスは少し寂しそうに目を伏せて、微笑んだ。
ニールは、フェリクスの様子に気付いてはいたが、淡々と「かしこまりました」と頷いた。
「あぁ、それから……ハムレット。彼に関しては、君が手綱を握ってくれるかな? 君の言うことなら大人しく聞くみたいだし」
フェリクスは、思い出したように軽く付け加えていた。ただ、蜂蜜のようにとろりと濃い黄金眼は、怪しげに光っていた。
(ハムレットさん? 誰だろう……?)
レイはトリッパのトマト煮込みを頬張りながら、二人の話を聞いていた。義父が彼女の前でこのような雰囲気になるのはとても珍しく、少し気になった。
「ええ。彼の女性たちへの手土産は、ほとんど全て我が商会で手配させていただいてますから。お安い御用です」
ニールは非常に良い笑顔で頷いていた。
どこか含みを持ったその笑顔に、レイはぞくりと背筋に悪寒が走った。
(あまりハムレットさんとは関わりにならない方が良さそうかも……)
「ふふふ。頼んだよ」
フェリクスは機嫌良く、くるりとワイングラスを回していた。
「そうだ。レイに魔術を教えてくれるかな? 君の繊細な魔術使いなら、レイの役に立つだろう」
店を出た後、帰り際に、フェリクスがニールの方を振り向いて依頼した。
夜のフロランツァは、街灯の魔導電灯にオレンジ色の明かりが灯り、花々も、花の妖精や精霊たちも既に眠りについているためか、昼間とはガラッと変わって、しっとりと落ち着いた雰囲気だ。
「レイ、俺が教えても?」
ニールがくすりと苦笑いして尋ねた。
レイは、デザートのベリーソースがたっぷりかかったパンナコッタまで平らげてしまい、少し苦しそうにお腹を抑えていた。
「……ニールが大丈夫なら、是非、お願いします」
「じゃあ、決まりだね。うちの義娘をよろしく頼むよ」
「承知いたしました」
フェリクスの言葉に、ニールは丁寧にお辞儀をした。
レイはニールと一緒にバレット商会のキャラバンの方に戻るので、フェリクスとはここでお別れだ。
「義父さん、またね。おやすみ」
「うん。おやすみ。また連絡するよ。護衛任務は十分気をつけるんだよ」
「はい」
レイはフェリクスとハグをすると、笑顔で手を振って、別々の地へと転移した。




