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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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鉄竜の鱗2

 鉄竜の鱗の拠点の中庭に、大きな絨毯が敷かれ、宴席が設けられた。


 砂漠の国らしい色鮮やかなクッションとローテーブルが置かれ、男性陣は胡座をかいて、女性陣は横坐りになって、絨毯の上に座って飲み食いするらしい。


 今夜のメインは、魔魚の鍋焼きだ。

 三角帽子な鍋蓋を開けると、ニンニクとスパイスの香りがふわりと広がり、玉ねぎやブラックオリーブ、パプリカと一緒に煮込まれた白身魚が、ほかほかと湯気をあげていた。


 サイドには、キュウリやトマト、紫玉ねぎ、香菜が細かくみじん切りにされたサラダが彩りを添えていた。オリーブオイルと塩とレモン、スパイスを好みでかけて食べるようだ。

 スパイスで味付けされた羊肉の串焼きも、いくつも用意されていて、香ばしい香りが漂っている。


 籠いっぱいの薄べったいパンも、たくさん置いてあり、この後にも、まだデザートが控えているそうだ。


 大人たちはエールで、レイはミントティーで乾杯だ。


「レイの王宮勤めについてなんだが、早速、明後日からはどうだ? 明後日は兵の訓練の方で、明々後日はクリフの助手だ。筋肉痛が大変だっていうのなら、初めは三、四日に一度の割合で、剣の指南をお願いしたい」


 ダズは豪快にエールを煽ると、レイに確認した。


「それなら、大丈夫かと思います」


 レイはこくりと了承した。初めて食べる魔魚に、早くも舌鼓を打っている。しっとりとした肉質で、変なクセや臭みもないから、バクバクと食べられる。


「レヴィの方は、できればほぼ毎日、兵の訓練の方に来て欲しい。もし、レイの護衛を優先したいなら、それでも構わないが……」


 ダズにしては珍しく、躊躇いがちに尋ねた。


「レイ、どうします?」

「レヴィが訓練の方に行きたいなら、そうしてもらって構わないけど……大丈夫かな?」


 レイとレヴィは顔を見合わせた。


「ルーファスには『攫われないように』って言われてるけど、ここは王都だし、治安はどうなんだろう……?」


「心配なら、レイが俺の助手をする日は、俺がレヴィの代わりに護衛役をやろう。魔術研究所内をレヴィが彷徨いていたら、目立つだろうし」

「確かに、そうですね」


 レイが首を捻っていると、クリフから助け舟が出た。


 いくらあまり目立たないとはいえ、レヴィは見た目からして剣士向けの体格をしている。そんな人物が魔術師ばかりがいる魔術研究所に出入りすれば、変に目立ってしまうだろう。


「それなら、レイが助手の日はよろしくお願いします。ダズ、レイの護衛の日と休みの日以外でしたら、訓練に参加できますよ」

「分かった。ありがとう。レヴィには、中堅や古参の兵士や士官の相手を頼む。奴らの自慢の鼻をへし折って、目を覚させてやれ。あいつら、最近ダレてきてるらしいからな」

「分かりました」


 ダズの依頼に、レヴィは淡々と頷いた。


「……彼はそんなに強いのか?」


 アッバスは訝しげに、ダズに問いかけた。


「歴代剣聖の剣技が全て使える。さらに、王宮の剣術指南役と同じ所を的確に指摘された。指導もできるぞ。アッバスも、一度見てもらえ」

「ほぉ。ダズがそんなに褒めるのも珍しいな」


 アッバスは興味深く、レヴィの方を見つめた。


「早速、お願いできるか?」

「……今は、食事中ですよ?」


 アッバスは少し酔っ払っているのか、それとも、剣については熱中するタチなのか、早くもレヴィに剣の指南をお願いした。


 一方で、お食事中のレヴィは、ちょっぴり迷惑そうだ。


「やるんだったら、庭の端の方でやって!」


 カタリーナはしっ、しっ、と手を振った。お酒が回っているのか、頬に赤みがさしている。


「ほら、カタリーナからも許可が出たぞ」

「……レイ、私のデザートも取っておいてください……」

「うん。分かった……おおっ!」


 レヴィは、アッバスに引きずられながらも、しっかりとデザートだけは確保していた。


 レイは軽く頷くと、レヴィの皿に、この地方独特のチーズケーキを取り分けた。びろびろ〜んと伸びるチーズに、レイの目は釘付けになった。



***



「……早く終わらせましょう……」


 レヴィが木刀を持ち、静かに口にした。


「随分、扱いが雑じゃないか?」

「私には、デザートが待ってます」

「……俺は、デザートのクナーファに負けたのか……」


 アッバスは、口先を尖らせてそんな軽口を叩きながらも、くるりと片手で木刀を回して、構えの姿勢をとった。


 一拍置いた後、どちらからともなく、剣の打ち合いが始まった。



「んっ! このデザート、サクサクしてるのに、シロップが効いてて、美味しいです!」

「……レイちゃん、レヴィさん頑張ってるから、応援してあげて……」


 クナーファをリスのように頬張るレイを、シャマラはつんと指先で突いて、レヴィの健闘を教えてあげていた。だが、そんなシャマラの手にも、しっかりとデザートは握られていた。



 しばらくすると、打ち合いは終わり、いつの間にか、レヴィとアッバスは固く握手を交わしていた。


「アッバスは、タンク役ですか? 剣の癖に『まずは受ける』、『まずは様子を見る』所があります。大事なことですが、様子を見すぎて、タイミングを逃している所がいくつかありました。撃つべき時、攻撃すべきタイミングを感じとって、しっかり体が動くように訓練しましょうか」


「王宮の指南役にも、同じことを言われたな……」


 アッバスは、レヴィの指摘に苦笑いを浮かべた。


「なっ。的確だろ? しかも、完璧に打ち負かしてくる」

「……ああ、本当だ」

「この調子で、上級兵全員をぶっ叩いてもらう予定だ」


 ダズが、アッバスの肩に肘を置くと、いたずらっぽくにやりと笑った。


「ああ、良い薬になりそうだ」


 アッバスも同じようなにやりとした笑顔で、宴席に戻って行くレヴィの背中を見つめた。



「レイー! 終わりましたよ!」

「うん、お疲れさま! このデザート、すごく美味しいよ!」

「……レイはずるいです」


 レヴィは、少し拗ねたように唇を尖らせた。



***



「そういえば、兵の訓練の時は、レイは姿を変えて来るんだったな」


 ダズは宴席に戻って胡座をかいて座ると、思い出したかのように尋ねた。


「そうですね」


 レイが笑顔で頷いた。デザートもお腹いっぱい食べられて、満腹満足で、ほこほこの笑顔だ。


「なっ……こんなに幼いのに、変身魔術を……!?」

「へーっ!? どんな姿になるの!?」


 アッバスは目を丸くし、シャマラは興味津々といった感じでレイを見つめた。


「こんな姿です! この姿の時は、『アルメダ』って呼んでくださいね!」


 レイは自信満々に、アルメダの姿に変身した。

 生まれて初めての巨乳に、レイのテンションは鰻登りなのだ。


 アルメダの姿は、女性にしては背は高いが、スタイルが良く、レイの元の柔らかい雰囲気もあって、とても女性らしい。

 色黒の肌と、ウェーブがかった黒髪、ツンと目尻の上がったエメラルドグリーンの猫目は、そこに艶やかな魅力を足している。


「「おおーっ!」」


 シャマラとアッバスの声が重なった。


「いいね! 素敵!!」


 シャマラは、瞳をキラキラと輝かせて褒めてくれた。


「……これは、マズイな……」


 逆に、アッバスは複雑な表情で考え込んでしまった。


「えっ!? どっちなんですか!?」


 二人の正反対の意見に、レイは困惑した。


「えーっ! セクシーで綺麗なお姉さんじゃん!」

「いや、兵士は男ばかりだぞ。その中にこの子が入ってみろ……」

「あっ……」


(((((余計な虫が付く!!!)))))


 鉄竜の鱗メンバーの思いは一致した。


「レイ、今からでもその姿を変更しないか!? フォレストエイプでもいいんだぞ!?」

「えっ!? 嫌ですよ! しかも、フォレストエイプは、ダズもみんなもダメだって言ってたじゃないですか!」

「いや、その姿で剣術指南してみろ、俺がルーファスに殺されるっ!!」

「ルーファスは、そんなことしないですよ!!」


 急に縋りついてきたダズに、レイはたじろいだ。


「やめろ。女性を襲っているようにしか見えないぞ」


 さすがにクリフが、ダズの肩を押さえて止めに入った。


「だけどよー! これじゃあ、俺たちがルーファスに叱られるぞ!」

「……ダズとアッバスで、防波堤になるんだ。それしかない……」


 クリフは銀縁眼鏡をクイッと上げて、合理的な戦略を打ち出した。


「はぁ!? 俺もなのか!? ……それにしても、ルーファスって誰なんだ?」

「レイの世話役の光竜だ! レイのことについては、めちゃくちゃ恐ろしいぞ!」

「……光竜……」


 アッバスは「光竜」と聞いて、くらりとよろめいた。

 竜は大抵B〜Sランクの高ランク魔物だ。討伐は数十人〜数百人単位の兵士や手練れの冒険者で行われる。狙われたら、ひとたまりもない。



 その日の夜遅くまで、男性陣の間で、レイ、ことアルメダ防衛のためのフォーメーション会議が行われたのだった。




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