水の魔術師
レイたち一行は、夕暮れ前に、キャンプ地でもある小さな村にたどり着いた。ローズ色の砂漠の真ん中にポツンとある村だ。
砂色のレンガで作られた壁の高い建物は、窓が少なく、どの家も平屋で、屋根は真っ平らだ。
家々の中心部には中庭があり、そこが住民や旅人たちの憩いの場になっているそうだ。
近くの山脈から流れ出る地下水を利用した井戸を使っていて、ささやかながらも、村の近くに菜園もあった。
荷運び用のラクダや家畜の山羊、番犬も飼われている。
「この村は、フーの街からの旅人がよく利用するキャンプ地にもなってるんだ。あたしらも、よくお世話になってるよ」
「そうなんですね」
カタリーナがマスク代わりにしている大判ストールの口元を下げて、説明してくれた。
「おお! カタリーナ、おかえり! 王子様やクリフ様もお元気そうで!」
ラクダの世話をしていたおじさんが顔を上げて、笑顔で出迎えてくれた。
「おじさんも、元気そうで良かったよ! 今日は六人なんだけど、空いてるかい?」
「ああ、空いてるよ。一番奥の家だ。いつも通り、壊さなければ自由に使っていいぞ」
「ありがとう!」
カタリーナは片手を挙げると、住宅からは少し離れた建物群の方へ向かった。レイたちも、彼女について行く。
「ここの村は、建物はあまり多くは無いが、造りは迷路みたいに複雑になってる。迷子になるから、あまり他所の家には行くなよ」
「分かりました!」
ダズが銀の不死鳥メンバーに、注意事項を説明してくれた。
一番奥の家に入れば、中はほんわかと暖かかった。壁が厚くて、中の熱を逃さないようだ。
家の中心部には中庭があり、他の部屋は、通路が不思議な順番で繋がっていて、本当に迷路のようだ。
(……なんだか、後からどんどん部屋を付け足していったみたい……)
レイはキョロキョロと、見慣れない砂漠の家の中を見まわした。
「レイ、女部屋は一番奥にしよう! 砂漠の夜は寒いし、せっかくだからカイロも使おうよ!!」
「はーい!」
一番奥の部屋には、背の低いベッドが二つ置いてあり、その上には色とりどりの毛布が置かれていた。
壁際には、荷物が置きやすいように、テーブルにもなりそうな蓋付きの箱型チェストが置いてあった。
どちらも独特な砂漠の民族模様が描かれていて、大胆な色使いもあり、エキゾチックな雰囲気だ。
カタリーナは片手を軽く振って魔力を流し、魔導電灯に明かりを灯した。
淡いローズ色の壁に、魔導電灯のオレンジ色の明かりが重なって、サーモンピンク色の優しい雰囲気の部屋になった。
「ふふっ。素敵な部屋ですね」
「ここは一応、主賓室でもあるからね。一番いい部屋だよ」
レイは空間収納からフェリクスから貰ったカイロを取り出した。さらに猫ちゃん柄のキルトのポーチからフェニックスの炎石を取り出して、少しだけ魔力を込める。
手の中の炎石は、ぺかりと淡く発光すると、空中を飛んで、部屋の真ん中の天井近くで静止した。ほわほわと暖かい風が、レイたちの頬をくすぐる。
炎石は、中空でくるりくるりとゆっくりと回転し、光の反射で、黄色、オレンジ、ピンク、赤とその輝きを変えていった。
「……本当、いつ見てもすごいよね。あたしも、今までいろんな魔石を見てきたけど、これが一番上等だね」
カタリーナが半分呆れつつ、フェニックスの炎石を見上げた。
その時、コンコンコンッと壁が叩かれた。
「どうぞ」
「わぁ……早速、カイロを使ってるんだ。そろそろ夕食だって」
扉代わりに出入り口に掛けられているタペストリーを少しだけ捲って、ルーファスが顔を覗かせた。レイたちを夕食に呼びに来たようだ。
***
「わぁ……すごい……」
「砂漠の夜も、絶景だろ」
ダズが自慢げに、くしゃりと満面の笑顔で笑った。
家の屋上に上った瞬間、レイには溜め息しか出てこなかった。
今まで見たことがないほどの無数の星々が、天空で瞬いていた。白く、青く、赤く、黄色く、強く、淡く、星の一つ一つが、それぞれ独自の輝きを放っている。
幾千、幾万もの星々の輝きは、大河のような淡く光り輝く川の流れをつくり、夜空を大きく横切っていた。
空を縁取るものは、もはや砂漠の果てしかなかった。
「ずっと見てられますね……」
レイがポカンと口を開けて、夜空を見上げていると、
「ほら、夕食ができたぞ」
クリフが、変わった形の鍋を持って、屋上に上がって来た。
今日は屋上で夕食を取るようだ。
屋上には、十人以上座れるような大きな毛織物が敷かれ、その上に背丈の低いテーブルが置かれていた。ふかふかのクッションも人数分ある。
クリフが、三角帽子のような鍋の蓋を開けると、もわりと湯気があがって、彼の銀縁眼鏡を曇らせた。底の浅い鍋には、マトンの肉団子がゴロゴロ入ったトマトスープが入っていて、半熟卵とシシトウが彩りを添えていて、食欲をそそる。
「わぁ! すごく美味しそう!!」
(タジン鍋みたい! 初めてかも!)
レイは、初めて食べる砂漠の料理に、目を輝かせた。
「クリフの飯は美味いぞ」
「鉄竜の鱗で、一番料理が上手いんじゃない?」
鉄竜の鱗メンバーは、いつの間にか、空間収納からワインを取り出して、飲み始めていた。
「これをちぎって、浸して食べると美味しいんだって」
ルーファスが、少し扁平な丸いパンを手渡してきた——レイの元の世界でいう、ホブズというパンにそっくりだ。
「ありがとうございます! 変わった形のパンですね」
「ここら辺ではよく食べられてるよ」
ルーファスが見本を見せるように、パンをちぎって、鍋のスープに浸して食べていた。
レイも真似してやってみると、ジューシーなスープの向こう側に、クミンの香りがふわりと香った。
「思いの外、スパイシーですね。でも、とても美味しいです!」
それを聞いて、クリフもにこりと微笑んだ。
***
一通り食事が終わると、クリフは防音結界を展開して、徐に質問を始めた。
「レイ、サハリアで一番価値が高い魔術は分かるか?」
「一番価値が高い魔術……」
レイは腕を組んで考え始めた。
(クリフは、弟さんが応用魔術を使えて、「主砲」って呼ばれてるって言ってたっけ?)
「威力の強い応用魔術でしょうか?」
「残念だが、水魔術だ」
「水魔術……確かに、砂漠では水が手に入りづらいですよね」
「そうだ。同様に氷魔術も価値が高い。そうなると、水や氷魔術の使い手はどうなると思う?」
「使い手の価値も高くなりますよね?」
「そうだ。サハリアでは、水や氷魔術の使い手は、王よりも価値が高いとされている。水を手にできるかどうかは、砂漠では死活問題になるからな。だから、水や氷を魔術で作れる子供は、とても大切にされるし、時に誘拐の対象になったりもする」
「えっ……」
「さっきのツアーでは、ほとんどが観光客だったし、ガイドたちも、俺たちが鉄竜の鱗メンバーだと気づいたようだから、変な気は起こさないだろうが、あれだけの水魔術を撃てたレイは、この国ではかなり価値が高い。人攫いに遭わないように、水魔術の使用はこの国では控えた方がいい」
「……分かりました」
クリフの説明に、レイはしょんぼりと両眉を下げて答えた。
「そうなると、サハリアでは冒険者活動は難しくなるね。レイは水と氷の魔術師として登録してるから……」
ルーファスも難しい顔をして、腕を組んだ。
「うっ……生活費……」
必要経費とはいえ、最近、砂漠の装備に散財したばかりだ。懐具合は、それほどよろしくはなかった。
「それなら、王宮で仕事をしないか?」
「えっ?」
ダズの思わぬ提案に、レイはパッと彼の方を振り向いた。
「うちの軍で、剣の指南役をやってくれないか? レヴィと一緒に」
「えっ、でも、私はまだ修行中……」
レイには自信がなかった。毎日練習しているとはいえ、それは型だけであるし、口寄せ魔術を使っているからこそできていることであって、人に教えられるレベルに達しているとは、到底思えなかったのだ。
「レイには、新兵の訓練に付き合って欲しい。最近は一緒に修練してるだろ? だんだん様になってきたし、剣聖の型が見れるのは、他の剣士たちの良い刺激になると思うんだ。レイにとっても、いい経験になると思う。筋肉痛が怖いなら、毎日じゃなくてもいい」
「……いいんですか?」
レイは伺うように、ダズを見つめた。
「ああ、もちろんだ。ダメなら誘ったりしねぇよ。レヴィの方はどうだ?」
「そうですね。軍で兵士を教えるのは、私もやったことがないです」
レヴィは乗り気のようだ。どうやら、まだやったことのない新しい体験を見つけて、わくわくと瞳が輝いている。
「レヴィには、古参や実力派の奴らの相手を頼む。奴らを打ち負かしてくれ」
「いいんですか?」
「ああ、良い刺激になるだろ?」
ダズが、いたずらっぽくにかっと笑った。
「レイが王宮に行くなら、僕はしばらく元の仕事に戻ろうかな? ……たぶん、いろいろ溜まってるだろうし……」
ルーファスは表情を翳らせて、目線を下げた。
「ルーファスは、他では何の仕事をしてるんだ?」
「光の大司教ですよ」
レイがあっさりと答えた。
「ぶっ!!!」
「なっ……」
ダズとクリフが、同時に噴き出した。
「大司教様が、こんな所で冒険者やっててもいいのかよ!?」
ダズが大声でツッコミを入れた。
「えぇ……まぁ、事情がありまして、レイの面倒を見ることになりました」
ルーファスは苦笑いをした。
「分かった。レイは鉄竜の鱗と、王宮で面倒を見るから、安心して仕事に戻ってくれ」
ダズが、胡座を組んでる両方の膝を叩いて、力強くルーファスを見つめた。
「ありがとうございます」
ルーファスはにこりと微笑んで、礼を言った。
「そういえば、この国の人は、どんな魔術を使う人が多いんですか?」
「そうだな……火や風、砂や地の魔術使いが多いな。どうしてだ?」
レイの素朴な疑問には、クリフが答えた。
「いえ、水と氷を人前で使えないなら、何を使った方がいいのかな、と思いまして……」
「三大魔女は全属性を扱える、という伝説は本当なのか?」
「伝説だなんて大袈裟な……でも、全属性使えますよ?」
「ふむ……新兵の訓練の日以外は、魔術研究所に来るか? 俺の相談役か、助手として」
「えっ!? いいんですか!?」
「三大魔女は、ずっと伝説か御伽話だと思ってたが、研究の助けになってくれるとありがたい」
「よろしくお願いします!」
クリフの提案に、レイがテンションも高く即座に返答していると、
「おいおい、兵の訓練とはえらい違いだな……」
ダズの軽口につられて、その場の全員が笑った。
***
レイたちが各々の部屋に戻ると、ダズとクリフは、そのまま屋上で星を眺めていた。
「お前、よくあんな提案できたな……」
クリフが呆れた顔で、ダズを見つめた。
「うちの国に剣聖を取り込めないなら、せめて、何かしら力になってもらわないとな」
ダズが、にやりといたずらっぽく笑った。
「全く、お前という奴は……」
クリフは小さく頭を振った。
「クリフだって、助手を頼んでただろ?」
「三大魔女に研究を手伝ってもらえるんだ。こんなチャンス、滅多にないだろ?」
「全く、お前という奴は!」
クリフが肩をすくめて言い放つと、ダズは苦笑して軽口を叩いた。




