砂漠の国サハリア
地平線から、正確には砂漠の丘陵から、ゆっくりと眩い朝日が差し込んできた。
丘陵の陰には黒々とした影ができ、日の光が当たる部分は、淡く輝く砂漠のローズ色に染まっていった。
砂漠の丘陵の凸凹に合わせて、この世界の地表はローズ色の濃淡が覆い、一方で、空は太陽の暁色に染まりあがった。
広大すぎる夜明けだった。
——三百六十度、見渡す限りの砂漠の上に、ポツンとレイたちだけが佇んでいた。
「…………わぁ…………」
レイは言葉も無く、砂漠の夜明けに見惚れた。
「ははっ。すげぇ、綺麗だろ? これがサハリア砂漠の夜明けだ」
ダズは赤い瞳を眩しそうに細めて、朝日を見つめた。
「ええ、素晴らしいですね」
レヴィは、初めて人型で見る砂漠の夜明けに、心打たれたようだ。
「心が洗われるようですね」
ルーファスが白い息と共に、感嘆の溜め息をついた。
レイたち銀の不死鳥メンバーは、夜も明けきらぬ早朝に、ダズに叩き起こされたのだ。「すげぇもんを見に行くぞ」と。
夜明け前の砂漠は、からりと乾燥していてとにかく寒い。
早速、昨日買ったばかりのグレージュ色のマントを羽織り、レイは彼について行った。
フーの街から出て三十分ほど歩くと、すぐにサハリア砂漠に出た。
そして約十分後、この世の夜明けに出くわしたのだ。
「さて、そろそろ戻るか。向こうに着く頃には朝食だろ。遅れたら、カタリーナに叱られそうだ」
ダズはいたずらっぽく苦笑いすると、またフーの街へ向けて歩き始めた。
サハリアの砂漠は、きめ細やかなサラサラとした砂で、淡いローズ色をしている。
レイは、アイザックの鱗のブーツで、サクサクと歩みを進めた。
(本当にサラサラしてて、簡単に埋まっちゃいそう……でも、ちょっと裸足で歩きたいかも。すごく気持ちよさそう……)
あまりのサラサラ具合に、裸足で歩きたい欲求を抑えつつ、レイはダズの後をついて行った。
「あれ? ここから綺麗に砂漠と草地に分かれてますね」
「ああ。そこがサハリア王国の境目だ。分かりやすいだろ?」
しばらく歩くと、几帳面に線を引いたかのように、きっちりと砂漠の砂と緑の草地で分かれていた。
砂漠に出た時はまだ夜明け前だったので、暗くて気付かなかったのだ。
「この砂漠も、以前と比べてかなり変わりましたね。砂の色も変わりましたし」
「えっ!? そうなの!? 砂の色って変わるものなの!?」
レヴィの言葉に、レイは驚いて彼の方を振り向いた。
「以前は太陽のようなオレンジ色をしてましたよ」
レヴィは淡々と答えた。
「ああ。七百年前まではな。ここは、砂竜に呪われた国だからな」
「えっ!?」
レイは、ダズの物騒な言葉に目を丸くして、今度は彼の方を振り向いた。
「……呪われた、国?」
「そうだ。この砂漠の砂は全て呪いなんだ。とんでもねぇだろ?」
ダズが自嘲気味に薄く笑った。
その見つめる先には、見渡す限りのローズ色の砂漠が広がっている。
「これが、全部……?」
「七百年前、今のサハリア王国の初代国王が、砂竜と恋仲だったらしい。だが、当時のサハリア王国はまだ小さくて、周辺国には領土拡大を目指す武力の強い国あった。初代国王は、他国の姫を娶って、国力を強めることを選んだんだ」
「……それで、その砂竜がこの国に呪いをかけたんですか?」
「そうだ。ここも昔は、もっと雨が降って緑豊かな土地だったらしい……」
ダズは感慨深く空を見上げた。からりと晴れ渡っていて、雨など降りそうにない。
「皮肉なことに、サハリア王国が砂竜に呪われて砂漠の土地になったから、他国に侵略されることは無くなった……砂漠は水が無くて植物も育ちづらいから魅力が無いし、呪われた土地なんて、まっぴら御免だそうだ……それに、自分たちも呪われたくないからな」
ダズは肩をすくめた。
「呪いをかけられてから、砂漠の砂は元のオレンジ色から、その呪った砂竜の鱗と同じローズ色に変わったって話だ。まあ、俺は生まれた時から、この色の砂漠しか見たことねぇけどな」
「そうなんですね……」
レイはふと気になって、ルーファスの方を見上げた。同じ竜なら、何か知っているのではないかと思ったからだ。
「…………」
ルーファスはただ進行方向だけを見据えて、無言を貫いていた。
(……あれ?)
ルーファスは何か言いたげで、それでも断固言わない様子だったので、なんだか訊きづらくてレイはそのまま黙っておくことにした。
***
「砂漠の朝日を見て来たんだろ? すごかっただろ?」
朝食の席で、カタリーナがにっこりと尋ねてきた。
「はいっ! もう、何も言えなくなっちゃうぐらい、素敵でした!!」
レイは少し興奮気味に、今朝の絶景に想いを馳せながらしゃべった。
今朝のメニューは、ミニトマトと玉ねぎが入った半熟オムレツだ。とろりとしたチーズもかかっていてる。平べったいパンを、ちぎりながら浸して食べれば、ふっと独特なスパイスも香った。
大人たちはコーヒーで、レイはミントティーでいただいている。
「夜は夜で、星空が絶景なんだ。楽しみにしておけ」
ダズが、にやりと笑って教えてくれた。
「ふふふ。それなら、今夜も楽しみですね!」
レイは今夜の絶景に期待して、うんうんと笑顔で頷いた。
「本日の予定だが、まずは観光ツアーでいいんだな?」
クリフが、コーヒーの湯気に銀縁眼鏡を少し曇らせながら尋ねた。
「ああ。その足で、一番近い砂漠のキャンプ地に宿泊。その後、王都を目指す感じで」
ダズがしっかりと頷いた。
「スナネコさん、楽しみですね!」
「ええ、楽しみです!」
レイとレヴィは、早くも本日の観光ツアーに浮き足立ってそわそわしていた。
他のメンバーはその様子を、やれやれと微笑ましげに見守っていた。
***
「もう行っちゃうのかい? 寂しいねぇ……」
「また来るよ、メルさん」
宿の女亭主メルが、宿屋の前まで見送りに来てくれた。
カタリーナは笑顔でメルと軽くハグを交わしていた。
「ああ。気を付けてね!」
メルに手を振って見送られ、銀の不死鳥と鉄竜の鱗メンバーは、フーの街を出立したのだった。




