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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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獣の祭り3

(……む。何だか眠く……)


 レイは唐突にコテンと眠りについた。子猫の電池切れである。


 琥珀がサッとレイに近寄ると、その首裏を優しく咥えて、ベッドまで運びだした。


「琥珀? それ、僕のベッドなんだけど……」

『ルーファス、床で寝る』

「いや、まだベッドは十分に空いてるでしょ!」

『レイ、寝てる。うるさくしない』

「……はい」


 ルーファスは、琥珀の凄みに押されて、大人しく返事をした。


 琥珀はレイを抱え込むと、くるりと丸くなって一緒に寝始めた。


「仕方ないね。あたしたちは夕飯にしようか。ダズはドッグフードかな?」

「ギャワン!!(そんなもの、食うかよ!!)」


 カタリーナの発言に、またしてもダズはぴょんっと跳ねて、彼女から距離を取った。その毛も、ぶわりと逆立っていた。



***



「……ここは……どこ?」


 レイが目を覚ますと、森の中の小さな広場のようだった。

 広場には暖かな木漏れ日が差し込み、小さな花々が咲き乱れている。風が森の爽やかな香りを運んでいた。


「あれ? 人間に戻ってる」


 レイは自分の手を見た。気づけば、肉球付きの前足は、元の人間の手に戻っていた。


「あ、かわいい!」


 いつの間にか広場には、子うさぎたちがぴょこぴょこ飛び跳ねて遊んでいて、鹿の親子が草を食んでいた。広場の端の方では、狼が日向ぼっこをしながら、子供たちを遊ばせていた。


 一匹の子うさぎが、レイの元にぴょこぴょこやって来た。

 額からは小さな牡鹿の角が二本生えている。


(……もしかして、あの時の森の主様?)


 鹿角を生やした子うさぎ——ジャッカロープは、その真っ黒な瞳で、レイをじっと見上げた。


「人の子よ。無限なる魔力の子。ユグドラの愛し子。よく来た」


 その言葉の響きはとても古かったが、転移特典でこちらの言語が理解できるレイには、何を言われたのかが分かった。


「あなたは、この森の主様?」


 ジャッカロープは、ぴょこんと跳ねた。どうやら、そのようだ。


「この森は、どうだ?」


 森の主の問いかけに、レイは瞳を閉じて、この森を感じてみた。


 ふくよかで豊かな木々や草花の香り。

 柔らかく、爽やかな風。

 そこかしこに感じられる、生き物たちの息吹。


(……魔力が豊富なんだけど、ユグドラみたいに魔力がとにかくたくさんあって圧倒されるような感じじゃなくて……)


「……とても豊かで、命に溢れてます。健やかで……魔力も、柔らかくて、優しくて、まるで命を育んでいるような感じがします」


 ジャッカロープは、満足そうに、ぷりぷりとその小さな尻尾を振った。


「この森が豊かなのは、生き物と森とがバランスよく共存してるから……あらゆる命が互いに尊重し合い、己の必要以上に貪らずに生きている。殺すのは食べるため、または、身を守るために。自分が必要以上にとらないことで、その種の命が続いていく——引いては、自分の命を支える食べ物を守ることに繋がる……命の円環が回っているのだ」


(とてつもなく長生きだから、物凄く長い視点でこの森を見守ってきたんだ)


 レイは小さなジャッカロープを見つめた。鼻先をふすふすと動かして話す姿はとてもかわいいのに、語る言葉は森の賢者のようだ。彼女の周りには、穏やかで濃密な魔力が流れている。


「あなたは、人も動物の視点に立って、この森と生き物のことを改めて見て欲しいのね?」


 ぴょこんと嬉しそうにジャッカロープが飛び跳ねた。どうやら、正解のようだ。


「人は他の生き物とは違う。必要以上に貪ろうとする。それでは森全体が生きていけない。人もそのうち生きていけなくなる。人は、知恵は回るのに、愚かだ」


 ジャッカロープの黒い瞳が、少しだけ憂うように伏せられた。


「人を森に近づけたくないとは思わないんですか?」

「私は森の末っ子を追い出したりはしない。ただ躾けてるだけだ」


 ジャッカロープは「全く困った子たちだね」と言いたげに、首を傾げてレイを見上げた。


「ほら、そろそろ起きる時間だ」


 森の主の柔らかい声の響きと共に、レイにはまた猛烈な眠気が襲ってきた。


(……これは、主様の夢だったの? なんてあたたかくて、優しい……)


 レイは心地良くて、夢の中でまでうとうととし始めた。



***



「わっ!? ル 、ルーファス!? 何でここに!?」


 レイはガバッと跳ね起きた。

 隣で眠る白皙の美貌に、一気に現実に引き戻されたのだ。


 彼の長い金色のまつ毛が、窓から差し込んだ朝日を浴びて、キラキラとしている。


「……う〜ん、おはよう……何でって、レイの方から潜り込んできたんだよ。琥珀が僕のベッドにレイを寝かしつけたんだけど、レイが夜中に寝ぼけて、僕の毛布に入ってきたんだ」

「えぇっ!?」


『子猫、暖かい所好き。ルーファスの脇、暖かい』

「脇が暖かいとか、言わないでくれる? ちょっと恥ずかしいんだけど……」

『脇暖かいの、事実』

「琥珀もおはようです」


 琥珀も、もぞもぞとルーファスの毛布から這い出てきた。

 レイは琥珀の小さな頭を優しく撫でた。


『レイ、もっと子猫でいて欲しい。すごくかわいかった』


 琥珀が少し寂しそうに念話で伝えてきた。


「……う〜ん、しばらく子猫はいいです」


(子猫の姿は、いろいろ心臓に悪いよ!)


 レイの頭の中は、子猫だった時のアレコレや、森の主様の夢、隣で眠るルーファスのことなどがぐるぐると巡って、パンク気味だった。


『えーっ! もっとお世話したかったのに……』


 琥珀はちょっぴり拗ねて、ぺたんと腹這いになって、そっぽを向いた。


「ふふっ。ごめんね」


 レイは、琥珀の愛らしさに苦笑して、優しくその背中を撫でてあげた。



***



「はぁーぁ。あのままで良かったのに……」

「俺はもう嫌だからな! ペットじゃねぇ!!」


 カタリーナが残念そうに呟くと、ダズが大声で反論していた。


 レイとダズが元の人間の姿に戻ってしまい、カタリーナとルーファスはとても残念そうにしていた。

 子猫姿のレイも、大型犬姿のダズも、とてもかわいかったのだ。


 さらにルーファスに至っては、レイに対してより過保護になっていた。

 子猫のイメージがレイに重なって、ついついお世話をしたくなってしまうようだ。


(うぅ……そこまでお子様じゃないのに……)


 レイはがっくりと肩を落とした。



 ガレッソ村を出立する時、レイはぐるりと周辺の森を眺めた。


 雪積もる森には、白い静寂の中に、小さな生き物たちが隠れていたり、うさぎや狐、鹿などの動物が雪の上を闊歩し、夢の中と同じように、そこかしこに生き物の息吹が見え隠れしていた。

 そして何よりも、この森は優しく包み込むような魔力に溢れていた。


(森の主様は「躾け」って言ってたけど、獣の祭りは、主様なりの「人への愛」なのかな……)


 この森や生き物や人をあたたかく見守るジャッカロープの優しさを想い、レイの心はほこほこと暖まった。


「レイー! もう行くよー!」

「はーい! すぐ行きます!」


 カタリーナに呼ばれ、レイはガレッソ村を後にした。




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