森の食いしん坊
レイは、困惑していた。
久々に会った森の小さなお友達が、見ないうちに、森の大きなお友達になっていたのだ。
レイは、今日はニールと一緒にユグドラの森に来ていた。
久々に精霊馬のルカに会おうとユグドラの森に入れば、出てきたのは、その面影はあるものの、格段に大きく成長したルカだった。
『やった!! レイだ!!』
久々の再会に、ルカは大喜びでそこら中を跳ねて駆け回り、群れの他の精霊馬たちをびっくりさせていた。
はしゃぐ姿は、レイが見慣れたルカだった……かなり大きくなってはいるが……
純白の体はそのままに、青みのパールホワイトだった鬣や尻尾は、透明度の高い海のようなアクアマリン色になっていて、その毛先は、日の光を反射して輝く白波のような銀色に変化していた。
「レイに精霊馬の使い魔がいるとは聞いていたけど、とても立派な馬だね。この精霊馬なら、王宮に、貴族に、騎士団に、引く手数多だね」
「もう、ニールったら! この子は売りませんよ! ……この前まで子馬だったのに、見ないうちに随分大きくなりました」
レイが手を差し伸ばすと、ひとしきりはしゃいだルカが、パカラパカラと近寄って来た。
甘えるように、するりとレイの手に体を押し付けてくる。
「精霊馬は『精霊』と名が付く通り、神秘の馬だよ。成長速度は個体によってまちまちになる。特にユグドラは魔力が豊富だから、他の地域よりも、魔物も精霊も成長が早いんだけど……」
「ルカは、初めて出会った頃、同じ群れのあの子と同じぐらいの大きさだったんです」
レイは、ペガサスタイプの白い子馬を指差した。
淡い紫色の鬣と尻尾、くりりと丸い瞳が愛らしい。ルカのほぼ半分ぐらいの大きさの子だ。
「ルカはレイと契約したからな、その分、レイの魔力をたっぷり吸収して、すくすく育ったんだろう」
さすがのニールも、ルカとその子馬を見比べて、鮮やかな黄金眼を丸く見開いていた。
「……そういえば、ルカに会えば、いつも口元をモゴモゴ動かしてましたね」
レイはルカの首を撫でた。
やっぱり、口元をモゴモゴさせている。
「成長期だから、レイに会う度に魔力を食べてたんだろう」
ニールは呆れた顔を、ルカに向けた。
「……レイ、随分魔力を食べられてるけど、大丈夫か? くらくらしたりとかは、ないか?」
「えっ? そうなんですか? 私、魔力が減ってるのって、よく分からないんです……」
「……魔力量無限だから、特に何も感じないのか? ……それにしても、お前は食べすぎだ。少しは自重しろ」
「キュゥ……」
ニールが、バスバスと平手で軽く叩くと、ルカは切なそうに可愛らしい声を漏らした。
それでもルカは、モグモグだけはやめない。
「……鳴き声の感じはまだ子供だな……ユニコーンタイプにしては角もまだ小さくて柔らかいし、レイの魔力を食べて、図体だけデカくなったな」
「そろそろお母さんを追い越しそうですよね」
レイは、ちらりと母馬の方を見た。
ルカと同じ純白の体に、以前と変わらない青みのある白い鬣だ。角も翼も無いが、上品でとても綺麗な精霊馬だ。
「母馬と鬣の色が随分と違うな。父馬と同じ色なのか?」
「お父さんはどの馬か分からないです。以前は、お母さんとほぼ同じ色をしてました」
「それなら、レイの魔力の影響を受けたな。この前貰ったレイの魔石と一緒の色になってる」
「そういえば、そうです!」
「属性に影響が出るほどか……お前はどれだけレイの魔力を食べたんだ? この食いしん坊め」
ニールが、バシッと、ルカの鼻づらにデコピンをキメると、ルカは不快そうに、ぶるぶると頭を振った。——それでも、モグモグはやめていない。
「それにしても、精霊馬か。しかも、ユニコーンタイプ……」
ニールが、ふむ、と顎元に指先をやると、何かを思い出すように少し考え込んだ。
「魔剣とユニコーンタイプの精霊馬は、剣士の憧れだな。有名な剣聖の物語に、必ずといってもいいほど登場するからな。うちの商会でも、問い合わせが時々ある」
「そういえば、ルカは、全然ニールを怖がりませんね」
「使い魔契約の主人が一緒だからな。仲間認定されてるんだろう」
レイだけの時はいつも、群れの他の精霊馬も怖がらずに近づいて来てくれるのだが、今日は影竜王のニールも一緒なためか、ルカ以外の精霊馬は、遠巻きにこちらを見ていた。ピンッと耳を立てて、じっとこちらを見ている——少し警戒しているようだ。
「やはり精霊馬は聡いな。ルカ以外の精霊馬は、俺を怖がってる。存在圧も魔力も普通の人間レベルに抑えてるはずなんだけどな……」
ニールがちらりと群れの方に目線をやると、精霊馬たちは、ぶるりと震えて、少し後退った。
「レイは、ルカに乗りたいか?」
「乗れるんですか?」
『レイ、乗る!? 僕が運んであげるよ!!』
ルカが尻尾の根元を高く立ち上げて、ぴょんぴょんとレイとニールの周りを跳ね回った。
「ルカが小さい時も、これやったなぁ〜。大きくなっても変わらないね……ルカがやる気満々なので、お願いします」
「ルカに合う馬具一式と、あと調教師も必要だな。手配しとくよ」
「ありがとうございます」
レイが苦笑して手を差し出すと、ルカも頭を差し出してきた。撫でて欲しいようだ。
「知り合いに腕のいい馬の調教師がいるから、しばらく任せてくれ……お前は俺と一緒に来て、お勉強だ」
「キュウ?」
こいつ、本当に分かってるか? という目線で、ニールはルカを見た。
当のルカはよく分かっていないのか、軽く首を傾げた。
「ルカをしばらくお預かりしますね」
「ヒヒィン……」
レイが、ルカの母馬に目線を合わせて伝えると、母馬も理解したのか、小さく鳴いた。
***
「コイツが仕上がったらまた連絡するよ」
「ルカをよろしくお願いします」
「ほら、行くぞ」
「キュキュゥ……」
「ルカ、頑張ってね!」
ニールに連れられ、切ない顔でレイを見つめるルカは、まるで出荷される子牛のような哀愁を漂わせていた。
レイは小さく手を振って、笑顔で、彼らが転移していくのを見送った。
(……ルカ、最後までモグモグしてたけど、大丈夫かな……)
最後まで食いしん坊なルカだった。
***
『レイ、いないの?』
「ああ、レイはいない。俺と一緒にお勉強だと言っただろ」
『なんで〜?』
「なんでって言われてもな……」
ニールは、不安げなルカに、真正面から向き直ると、聞き分けの無い子を諭すように口を開いた。
「お前は、伝説の剣聖が乗る名馬になるんだ。今のままでは、ダメだ」
『???』
ルカはますます首を捻った。
「これもレイのためだ」
『レイのため……じゃあ、頑張る。僕、使い魔だもん』
ルカは「レイのため」と聴いて、とりあえず納得したようだ。
パカパカと、大人しくニールの後を付いていく蹄の音が鳴り響いた。




