茶会
「久しぶりじゃのう」
「ミーレイ様! この前は素敵な加護をありがとうございました!」
「やはり気づいておったか」
「はいっ!」
当代魔王ミーレイは、蜂蜜のように濃い黄金眼をふわりと緩めて、笑顔で挨拶をした。
レイもにこにこと満面の笑顔で、先日の加護のお礼を伝えた。
本日のミーレイは、ゆったりとした袖にデザインの入った淡いピンク色のワンピースを着て、落ち着いたベージュ色の魔獣毛皮のロングコートを、上から羽織っていた。
黒真珠のようなピーコックグリーンやピンクの遊色を宿した黒髪は、緩やかに巻かれ、ハーフアップに編み込まれている。
大粒のバロックパールのピアスと首飾りをし、やはり手元は、じゃらりと金の指輪やバングルをしていて、とても華やかだ。
本日はミーレイとの女子会だ。
「折角、加護を与えたのだから、レイと茶会をしたい」と、ミーレイがフェリクスを通して連絡をしてきたのだ。
レイも加護のお礼を言いたくて、快く返事をした。
「もしお口に合えばいいのですが……」
「これは……?」
「マドレーヌです。義父に訊いて、ミーレイ様がお好きな物を用意しました」
「フェリクス様が……妾の好きなものをご存じ……」
ミーレイは早くも感動に打ち震えていた。口元を琥珀色の繊手で覆い、感動のあまり涙目になっている。
(ミーレイ様は本当に義父さんのことが好きなんだなぁ……)
レイはミーレイの大袈裟すぎる反応にびくりとしながらも、フェリクス大好きすぎるその乙女心に、ほっこりと温かい気持ちになって彼女を見つめた。
ミーレイは上品に一口、マドレーヌを口に含むと、幸せそうに頬を紅潮させ、滂沱の涙を流していた——これには、さすがにレイも苦笑するしかなかった。
「これは今年物か? いつもよりも華やかな香りじゃ」
ミーレイは小さな椀から花茶を優雅に飲むと、ほぉっと息を吐いた。
「そうなんです! 今年のユグドラの花茶は、甘くて爽やかな香りがしっかり出てるんです。もし良かったら、お土産にお包みしますね」
「うむ。ありがたい……そうじゃ、妾も手土産を持ってきたのじゃ」
ミーレイは空間収納から、ふかふかのシフォンケーキを取り出した。細かく砕かれたローストナッツとキャラメルがトッピングされていて、少しだけほろ苦くて甘い香りが漂っている。
「わぁ! 美味しそう! ありがとうございます!」
「南の方の国で最近人気の菓子じゃ。ユグドラの花茶にも合いそうでな」
「折角ですし、いただきましょう」
レイがお手伝いエルフのシェリーにお願いして、シフォンケーキをお皿に綺麗に盛り付けてもらった。
シェリーも心得たもので、ホイップクリームとユグドラの花蜜も添えてくれた。
「うむ、相変わらず、ここのケーキは美味いの」
「美味しい〜! とってもふわふわですし、載ってるナッツも香ばしくてすごく美味しいです! 花茶にも合いますね」
レイはほっぺたが落ちそうに頬を手で押さえて、満面の笑みだ。
ミーレイもうむ、と頷いている。
「そういえば、ユグドラに竜の匂いがするのじゃが……しかも、かなり強い竜じゃな」
ミーレイが声を顰めて尋ねてきた。キラリと黄金眼が鋭く光った。
「今、ニールが商談に来てますよ」
「なんじゃ、影竜王か……あやつも手広く商売してるな。レイは会ったことはあるか?」
知り合いの竜が来ていることが分かり、ミーレイは拍子抜けしたようだった。肩透かししたかのように、警戒を解いた。
「ええ、会いましたよ。とても紳士で、優しい方ですよね」
「……紳士で優しい??? あやつは暴れ竜じゃぞ。少しは落ち着いたかと思ったが、今度は商売と金で裏から手を回すようになったからな、余計にタチが悪くなった……レイ、よもや、影竜王に気に入られてはいまいか?」
ミーレイが何もかもを見通すような瞳で、じっとレイを見つめた。
(うっ……これは誤魔化しきれないかも……)
「……主従契約、しました」
「何っ!? 妾が加護を与えた者に、何てことを!」
ミーレイは顔を顰め、ビリビリと痺れるような魔力圧を放った。そして、今にも影竜王討伐に出ようとしたのか、席を立とうとしていた。
レイも慌てて、彼女を止めようと立ち上がった。
「わっ! ミーレイ様、落ち着いてください! 私の方が主人なんです!!」
「? どういうことじゃ?」
思いがけない言葉に、ミーレイは目を丸くして、きょとんとし、魔力圧をおさめた。
レイはニールとの主従契約の経緯を、順を追って説明した。
「……よくは分からんが、影竜王が自ら下ったのじゃな」
「……下ったって言っていいのかは分からないですが、ニールの方が従者です」
「『下った』で十分じゃ。その通りじゃしな。しかも、相変わらず器用な男じゃ。主従契約の魔術式に細工して、一方的に契約を仕掛けるとは……」
「魔術式に細工するのは難しいんですか?」
「契約系の魔術式は厳密じゃからな。変更を加えるのは、相当、いろいろな所を調整しないとじゃから……難しいというよりは、かなり面倒くさいし時間がかかる。影竜王は魔術に長けた竜王じゃから、詳しいことは奴に尋ねると良い」
「そうなんですね。今度、訊いてみます」
(ニールは魔術が得意なんだ……今度いろいろ訊いてみよう)
レイはふわりと、ニールの部屋には魔術の本がたくさん置いてあったことを思い出した。難しそうな本が多かったが、少し気になって印象に残っていたのだ。
「そうじゃ、影竜王が従者なら、影の世界に連れて行ってもらえばいい。最近、影の世界も発展しておるからの」
「影の世界、ですか?」
「影竜王が影魔術で敷いとる世界じゃ。主に使い魔の影移動に使われとる。ここ百年、あやつが影竜王になってからかなり整備されてな、なかなか面白い所になっておるぞ。魔動アトラクションや使い魔用の歌劇場、使い魔だらけの市場もあってな……お主なら、連れて行ってもらえるじゃろ」
「なんだか面白そうな所ですね! 今度ニールにお願いしてみますね」
「使い魔しか採集できない素材もあってな、こちらでは手に入らない珍しい物も売り買いされとるぞ。妾も魔王権限で視察したが、影竜王はしっかり入場料を取ったのじゃぞ!」
「ふふっ、ニールらしいですね」
当代魔王にもしっかりと料金請求するニールを想像して、レイは苦笑した。彼はかなりの強者で曲者である。
「レイも影竜王には気をつけよ! あやつは腹黒じゃし、食えぬ男じゃ! 甘く見るでないぞ!」
「はい、気をつけます」
ミーレイが、びしりと指を一本立てて注意した。
レイもその気迫に押されて、こくりと頷いた。
「竜といえば、やはりカタリーナじゃな」
「カタリーナ、さん?」
「鉄竜王じゃ。なかなか、カッコ良い女子じゃぞ」
「女性の竜王なんですね」
「そうじゃ。以前、カタリーナが竜の思春期の頃に、力が暴走してな。フェリクス様が止められたことがあったのじゃ」
「竜の思春期……」
突然のパワーワードに、レイはきょとんとした。
生き物たるもの、等しく子供の時期はあるものだ。思春期や反抗期があってもおかしくはないが……レイの元の世界では、壮大な伝説上の生き物だった竜に、そんな人間くさい期間があるのかと、想像がつかなかったのだ。
「鉄竜族は、特に身体強化魔術が得意じゃからな。思春期じゃと、力の制御ができずに、そのまま暴れまくるそうじゃ。カタリーナが国一つと山二つを潰しても止まらなくてな、流石にフェリクス様が止めに入ったのじゃ…………あの時のフェリクス様といったら…………」
ミーレイはぽ〜っと頬を赤らめて、恋する乙女の顔になった。
レイは何やら嫌な予感がしたが、時既に遅しだった。
「あの時のフェリクス様は、まさに天上の生き物にふさわしい神々しさで、羽の上の炎もいつにも増して眩く輝かれておったわ。フェリクス様の炎に時々、青色が混じる時があるんじゃが、大抵、魔王種を相手にされている時に現れてな、それがカタリーナ戦の時にも、青色の炎が混じっておったのじゃ。それがもう、幻想的で、いつもの何百万倍もカッコ良かったのじゃ! ……カタリーナの攻撃も、フェリクス様は華麗に躱されてて……今でも瞼を閉じれば、あの時のフェリクス様の飛行が目に浮かぶようじゃ。暴走したSSSランクの竜を相手取っていたからか、いつも以上に真剣な眼差しで、猛禽類のように鋭くて、妾の方がくらくらしたものじゃ……」
ミーレイのフェリクス賛美は、止まる所を知らなかった。
レイは三十分超、ミーレイの怒涛のフェリクス話に付き合った。ひたすらコクコクと相槌を打ちまくって、最後の方には頷きすぎて首が痛くなってきていた。
「おや? もうこんな時間か、今日はなかなか楽しかったぞ。フェリクス様にも、よろしくと伝えておいておくれ」
ミーレイは上品に花茶を飲むと、満足げにふっと一息ついた。
ミーレイは、非常にスッキリした笑顔でユグドラから去って行った。
レイは、後半はほぼ喋らずに相槌を打っていただけだったが、へろへろに疲れた笑顔で、ミーレイを見送った。




