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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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剣聖調査隊

 セルバは大国ドラゴニアの辺境にある街だ。


 街の北側には険しい山脈が、南側は魔力が豊富な太古の森と、年中霧が立ち込めている白の領域に接し、東側には小国群がいくつもある国境域が近くにある。

 魔力豊かな森に囲まれ、この辺境の地一帯では、最も大きな街の一つになっている。


 今回の剣聖調査隊の編成は、王国騎士四名、従騎士三名、調査官二名、補佐官一名の十名編成だ。

 セルバの前に四つの街や村で現地の剣士を調査した後、最後にセルバで一週間ほど滞在して当代剣聖がいないか調査する予定だ。


 火竜の血を引き継ぐ王族が治める大国ドラゴニアは、火竜と燃え上がる炎をイメージさせる赤は貴色とされており、王族の公式衣装や、国直属の防衛機関である騎士団の制服にも赤色が使用されている。

 鮮やかで、かつ、少し深みのある赤色は、この国を象徴する色だ。


 今回の調査隊員も、王国騎士は深紅の騎士服を、従騎士はそれよりも一段階暗い赤色を、他の者は制服の一部に紅色が入った服装をしているので、国から派遣されている者たちだと一目で分かる。


 王国騎士はもちろん、調査官も先代剣聖とは共に仕事をしたことがあるため、次代を担う当代剣聖捜索に対して非常に士気が高い。


 今までかなりの精度と実績を上げてきた遠見の巫女の告げもあり、調査隊員の誰もが、今回の調査で当代剣聖を見つけ出せるだろうと、希望を胸に抱いて王都を出発していた。



***



「ハドリー調査官、もうじきセルバの街に到着します。今度こそ、見つかると良いですね」


 深紅の騎士服に身を包んだアーロンは馬上から、馬車の中からぼーっと窓の外を眺めている紺色の髪の男性に声をかけた。


 アーロンは今回の剣聖調査隊の隊長だ。

 普段は、騎士団の中でも優秀な者が選ばれる近衛騎士を勤めている。

 上流貴族出身の彼は、ブラウンの短髪は長旅でも小綺麗に整えられ、赤色の瞳は騎士らしく真摯な眼差しだ。誠実な人柄と、無骨な者が多い騎士には珍しく、気が利く質で、周囲からの信頼も厚い。今回の剣聖調査に相応しい人選だ——それだけ、ドラゴニア王国は今回の調査に力を入れているということだ。


「アーロン隊長……私は不安なのです。これまで四つも村や街をまわりましたが、次代の剣聖様と呼ぶに相応しい者はいなかった。次のセルバが最後ですから、もしそこで見つからなかったとしたら……」

「セルバはこの地域一帯でも一、二を争う大きさの街です。剣術道場もあり、他の村や街に比べて調査対象者も多い。それに遠見の巫女様の告げのあった地域です。きっと見つかりますよ」

「そうだと良いのですが……」


 ハドリー調査官は不安げにそう呟くと、じっと瞼を閉じた。


(さすがに、強い魔物の多い辺境の地だ。強い剣士が多い……だが、先代剣聖オーウェン・ガスター様のような、人を惹きつけるほどの鮮烈な剣技を持つ者はいなかった……)


 ハドリーは長年、先代剣聖の補佐官をやっていた。

 戦場で、そして騎士団の訓練で、先代剣聖の凄まじいまでの剣技を間近に見てきたのだ。



 今回の調査では、現役騎士と調査対象者とで模擬試合をさせて、そもそも剣聖として相応しい剣の腕前があるかどうかをまず調査していた。そこで何名か候補者を絞り、最終的に、当代騎士団長が有する女神の瞳のスキルで真贋(しんがん)を問う予定だ。


 騎士は実際に剣を交えてその腕前を、調査官は模擬試合の審判を取り仕切るが、それ以上に、第三者の目から見て、調査対象者が剣聖に相応しいかを判断する。


 騎士も調査官も、先代剣聖と何度も、何年も、任務を共にしてきた——本物の剣聖を、その剣技を、肌に感じてきた選りすぐりの者たちだ。


 だが、これまでの調査ではハドリーのお眼鏡に適う者は誰もいなかった。

 強い剣士は多くとも、格の違いというものが歴然としていたのだ——それは、はじめは当代剣聖の捜索に、誰よりも意気込んでいた彼を落胆させるには十分だった。



 そして、ハドリーにはもう一つ懸念点があった。


(長年国に貢献されてきた遠見の巫女様を悪く言いたくは無いが、病で臥せってからは遠見の精度も衰えてきていた……今回の告げをそのまま鵜呑みにしても良いものか……)


 今までは、遠見の巫女がそのスキルで捜索対象者を見てきたため、人相書きが出回っていたのだ。

 それが、今回の剣聖調査ではそんな人相書きも無かった——明らかに、遠見の精度が落ちている。


(……顔も分からぬ剣聖様の捜索か……通常はそういうものなのだろうが、せめて何か特徴だけでも教えて欲しかった……)


 遠見の巫女は既に引退している上、噂によれば遠見のスキルももう使えない状態だという。


 ハドリーはなぜか、淡い霧の中で道に迷っているような気持ちだった。

 何かを見落としているような、けれどそれが何か分からないような、何かが噛み合わない気持ち悪さを感じていたのだ——予感のようなものだった。



(……だが、それでも、可能性があるのなら……)


 何年間も先代剣聖と任務を共にし、時に彼を支え、時にその剣に、その強さに守られ支えられてきた——ハドリーは騎士として、そして一人の剣士としても、先代剣聖オーウェン・ガスターを敬愛していた。


 そして、魔剣の暴発と先代剣聖の消失、その瞬間にもハドリーは居合わせていた。


 ハドリー自身も、魔剣暴発の際の大怪我が原因で、現役騎士からの引退を余儀なくされた。


 怪我が治れば、片手片足が不自由になった状態ではあったが、可能な限りオーウェン・ガスターの捜索に手を貸した——その後の先代剣聖の捜索打ち切りほど、彼を失望させるものは無かった。


 だが、一緒に新たな剣聖誕生も知らされ、「この悲劇をもう二度と起こしたくない」と、これまでの知見や経験を活かすべく、騎士団での指導役を務め始めたのだった。



「ハドリー調査官、セルバの街が見えてきました。もう直ぐです」


 アーロンが気遣って柔らかく微笑んだので、ハドリーも馬車の窓越しにセルバの方を見やった。


 青空の下、遠方に小さく煉瓦積みの城壁が見えてきた。


(彼が今回の調査隊の隊長で良かった……)


 アーロンも任務の合間を見つけては、先代剣聖によく剣の指南をお願いしていた——もちろん、彼もオーウェン・ガスターが行方不明になった時には、積極的にその捜索任務に参加していた。


 同じ痛みを知る者として、また、彼自身のこの任務への責任感や意気込み、調査隊員への心配りにも、ハドリーは助けられていた。


(彼も気丈に隊長を務めているのだ。最も先代剣聖様に近かった私が、隊の士気を乱してどうする……)


「ええ、参りましょう。今度こそ剣聖様をお迎えするのです」


 ハドリーはモヤモヤとした得体の知れない不安を抱えながらも、その気持ちに蓋をして、強い言葉を使った。


 こうして、剣聖調査隊十名は、セルバ入りを果たした。



***



「おっ! ルーファス、レヴィ。調査隊がセルバに着いたそうだぞ」


 ギルドマスターのオーガストが、軽く片手を挙げて、ルーファスとレヴィに声をかけてきた。


「もう着いたんですか?」

「先にまわってた村や街の方が早めに終わったようだな。今日から約一週間滞在だそうだ」

「そうなんですね。そうなると、明日から調査ですか?」

「先に剣術道場の方から調査だから、冒険者ギルドは四日後からだ……そういえば、レイはどうした? いつも一緒にいるだろ?」


 オーガストは「おや?」と首を傾げて、いつもは一緒にいるはずの小さな少女について尋ねた。


「ああ、彼女はしばらく帰省してますよ。調査隊が帰る頃には、戻って来る予定です」

「そうか。あのぐらいの年頃の子にしたら、騎士様なんて憧れの存在だろうに……もったいないな」

「騎士様が来てるんですか?」

「剣の腕前を見るために、王国騎士様が四人もいらしてるぞ。滅多にないことだからな、うちの女性職員も騒いでて、仕事にならんぞ」


 ギルドマスターのオーガストは、げっそりと遠い目をした。


 ルーファスも「ハハハッ」っと苦笑いを浮かべて、レイが早めにユグドラに帰省して良かったと、心の中でホッと胸を撫で下ろした。


 レヴィは淡々と、「そうなんですね」とだけ頷いていた。




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