フェニックスの祝祭4
ザックは聖堂の端の方にレイを誘導すると、瞬時に防音結界を展開した。
「聖属性担当は、普段は討伐か結界張りに出ていることが多いから、ディアロバードにいる人員が少なくて、教会内ではあんまり力が無いんだ。治癒魔術は、分かりやすく効果が出るし、どこに行っても人気で潰しもきく。癒し属性の担当は人数も多いから、自然、発言力も大きくなる」
「そうなんですね」
「光属性は解呪もあるし、魔道電灯の導入で、売れっ子だ。ここ数年は特にメキメキと力をつけている——治癒魔術や光魔術を少しでも扱える奴は、どんなに聖属性の方が適性が高くても、癒しや光属性の方を選ぶんだ。さらに、『聖魔術はパゥワー』だからな。魔力量がある程度無いと使い物にすらならない——結局、適性が聖属性しか無くて、魔力量のある奴しかいないから、人数も少ない。人数が少ないと何が起こるか分かるか、レイ?」
「……一人がたくさんの仕事をする?」
「そうだ! 聖属性担当はいつでも人手不足だ! 結界張りは大抵、僻地か魔物が出るような危険地帯がメインだ。移動も時間がかかるし、作業中も魔物に襲われることもしばしばだ。結局、聖属性の神官に残ってるような奴らは屈強な戦士か、歴戦の猛者だ。レイも神官になるなら、心しとけよ」
「……はい……」
(聖属性が不憫すぎる……そういえば、ザックさんも昨日帰って来たばかりって言ってたし……)
レイは、無精髭を生やして少し草臥れた神官服を着たザックを見上げた——哀愁漂うおっさんが嘆いている。
もういろいろと取り繕うのも諦めているのか、話し方も若干雑になってきている。おそらく、こちらの方が本来の彼なのだろう。
「聖属性専属の神官見習いは、今年はレイ一人だ」
「えっ!? いくら何でも人数が少なすぎじゃないですか!?」
「今年はまだマシだ。例年なら、0人だからな……一応、祝祭期間中は、属性無しの神官見習いが充てがわれるから、大丈夫だ。一応」
(「一応」を二回言った……)
レイは遠い目をした。
きっと大事なことなのだろう——追加で人手が入っても、相当忙しいのだけは察せられた。
ふと、レイの視界に華やかな女性の一団が入ってきた。
女性の神官服に似たワンピース姿だが、ウエストにリボンが付いていたり、肩から掛かっているケープの刺繍も華やかで、パッと人目を惹いている。
信徒たちも、彼女たちを見とめると、わらわらと近づいて行った。
「あれは?」
「ああ、あれは聖女様候補たちだな」
「聖女様候補?」
「何だ、知らないのか? 聖女様は治癒魔術を使う女性神官の愛称だ。むか〜し昔は、他属性の女性神官と同じ扱いだったんだが、治癒魔術で怪我や病気を治してもらった患者たちが『聖女様』と言い出して、それが広まったらしい」
「聖属性ではないんですね」
「……確かに、聖属性ではないな。使える奴もいるとは思うが……まぁ、女の子たちの憧れの職業だ」
「へぇ、そうなんですね」
「興味薄いなぁ……いい嫁ぎ先が見つかりやすくなるぞ」
「うーん……大丈夫です」
(そういえば、管理者って、結婚ってどうしてるんだろう?)
レイは身の回りの管理者たちを順番に思い浮かべたが、結婚しているという話は聞いたことがなかった。
「まぁ、レイの場合は、フェリクス様がいい嫁ぎ先を見つけてきてくれそうだしな。そんな心配はいらないか」
ザックは両腕を組んで、うんうんと頷いた。
「あ。聖属性は、聖騎士見習いがそこそこ多いぞ。聖剣の騎士は聖属性が多いからな。討伐や遠征が多くて大変だが、その分、上達も早いし、実力者も多い。将来有望そうなのを見繕うなら、今のうちだな。逆に、癒し属性は聖騎士は少ないが、お家の都合であまり遠征できない子が多い。貴族の行儀見習いの子やいい所の坊ちゃんなんかだ。聖女様の護衛とお守りがメインの仕事で、危険はほとんど無いからな。剣の腕よりも、箔付けの意味合いが強いな。……まぁ、聖騎士見習いが祝祭期間中にやるのは、どの属性の子も教会内の見回りぐらいだがな」
「そうなんですね」
レイがふむふむと頷くと、「まだお嬢様に恋愛は早そうだな……」とザックは渋い顔をした。
その時、聖堂内でざわりと人々のさざめきが広がった。
聖女様候補の中には、「キャーッ!」と黄色い声を上げている者もいる。
「? 急にどうしたんでしょう?」
「おっ! 光の大司教ルーファス様だな。午後の説教かな。あの若さで光の大司教だし、何よりあのお顔だ……モテない方がおかしい」
聖堂の奥から、光の大司教ルーファスが神官数名を引き連れてやって来た。
笑顔で人々と挨拶を交わしつつ、説教台の方へと近づいて行っていた。
ふとルーファスが、レイたちが聖堂の端の方にいることに気がつくと、彼は早足でこちらに駆け寄って来た。
「レイ! ここにいたんだ? 神官服がとてもよく似合ってるね」
ルーファスがとろけるような笑顔で褒めた。
バタ、バタンッ! と、レイの後方で女性が何人か倒れる音がした。
「ルーファス! ……大司教! お褒めいただき、ありがとうございます」
レイも微笑んでお礼を言った。いつも通り呼び捨てにしそうになり、思わず口角の端がひくつく。
「君がレイの指導役かな? 彼女は教会には不慣れだから、よく面倒を見てあげてね」
「承知いたしました」
ルーファスがザックに向き直って声をかけると、ザックは片手を胸に当て、教会式の礼をした。
「レイ、フェリクス大司教が、彼の執務室でお呼びだよ。どうやら琥珀が迷子になって、保護されたみたい」
「えっ!? 琥珀が!? わ、分かりました! ありがとうございます!」
レイはぺこりとお辞儀をすると、「ザックさん、行きましょう!」と彼を急かした。
ルーファスは白皙の美貌を綻ばせて、「気をつけてね」と手を振って見送った。
***
「……レイはルーファス大司教と知り合いなのか?」
「はいっ! 義父さんに紹介していただきました」
「ルーファス大司教かぁ……あのお方があんなにお優しい笑顔を……それなら他に目がいかないのも納得だな……」
「ザックさん?」
「いや、何でもない。それより、ルーファス大司教はモテるからな。狙ってる奴らも多いし、嫉妬には気をつけろよ」
「あはは……やっぱりそうですよね」
もちろん、レイもさっきの聖堂で、彼女たちの重たく湿った視線には気づいていた。琥珀を迎えに行くのはもちろんだが、彼女たちの視線から逃げるためにもザックを急かしたのだ。
「若くて、独身で、大司教ともなれば、玉の輿だからな。さらにあのお顔だ。相当ライバルは多いぞ」
「えっ! ルーファスって若かったんですか?」
「……一応、二十代だとは伺ったが……」
「あ、そういうことになってるんですね」
「レヴィもそうだが、そういう所だぞ!! 絶対に他の人の前で言うなよ!!」
ザックは口を酸っぱくして、レイに注意した。人気の大司教が、人間ではないと信徒にバレれば大問題だ。
「薄々そうじゃないかとは思ってたが、ルーファス様もそちら側だったのか……」とザックは頭を抱えて嘆いていた。
「……そういや今更だが、指導係は俺でいいのか? こんな疲れたおっさんじゃなくて、もっと身綺麗でまともな奴もいるぞ」
ザックは執務室へ向かう足を止め、レイの目を真っ直ぐに見つめて尋ねた。
(……義父さんが選んだということは、たぶん先見でもちゃんと見てるし、間違いないと思う。わざわざこんなことを気遣ってくれるほど優しいし。……それに、何だか師匠にちょっぴり似てるかも)
フェリクスは先見のスキル持ちだ。先見で確認した上で、特に問題が無いからザックを指導役に薦めてきたのだろう。
レイは、知らない人だらけの聖鳳教会内では、どうしても緊張しっぱなしだ。少しでも気が許せそうな相手を指導役に選んだのは、フェリクスの親心なのだ。
「草臥れた男性には慣れているので、大丈夫です。師匠がそうでしたから」
「子供って素直で残酷!! しかも、フェリクス様のお嬢様なのに、何てものに慣れてんの!?」
レイが自信満々に拳をトンッと胸に当てて答えると、ザックは頭を抱えてのけ反った。
彼にとって、本日一番のショックだった。




