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第一部 第四章【鵺】凪砂

◆第一部 第四章【鵺】凪砂


「凪砂とハロは、本当に双子なの?」


 久しぶりの感覚だった。

 一瞬だって忘れたことがなかった。だから思い出すことなんてなかった。

 僕はこの問いに、どう答えるべきなのか今もわからない。



 不幸なふりをしたいわけじゃない。

 それでも時々、煩わしく思う。解決策を探しているつもりで、逃げ続けている。だからこそ嫌になる。すべてが嫌になる。波のように押し寄せる感情に振り回されて、疲弊する。行動できないなら思考を止めてしまえばいいのに、僕はいつも考えている。

 家族に疲れるわけじゃない。僕は間違いなく家族が好きである。

 それでも朔馬がうちに住むようになってから、僕の心は以前より軽くなった気がする。


 朔馬が伊咲家にきて、初めての週末であった。

 僕は平日より遅く起床し、寝ぼけた顔のまま部屋のドアを開けた。すると仕事に向かう母に、動物園の入場券とお金を渡された。

「え、なに?」

 母は朔馬の保護者からもらったチケットだといった。そして暇なら今日辺りいってきたらいいといわれた。

 僕は「わかった」とそれを受け取り、母を見送った。

「今日? いいけど」

 波浪は濡れた髪を拭きながらいった。波浪は雨の日以外は、ほとんど毎日浜辺を走っている。

「今日は暑くなりそうだし、午前中にこうか」

「いいよ」

「じゃあサクに聞いてくる」

 僕がリビングを出ていく際に「さっきお風呂ですれ違った」という波浪の声が追ってきた。

 朔馬も毎朝走る習慣があることは、一緒に住みはじめてから知った。うちに来る前は寮の近所を走っていたらしい。僕も気が向いたら浜辺を走るが、高校生になるとその頻度はだいぶ減ったように思う。

 僕が洗面所から声をかけると、朔馬は動物園の件を快諾した。

「動物園って制服でいく?」

「制服でいかない」

 朔馬にそういった後で、彼はいつも家着として高校のジャージを着ていることを思い出した。



「動物園、初めてだなぁ」

 僕の服を着た朔馬は、車窓を見つめてぽつりといった。自分の服とはいえ朔馬の洋服姿を見るのは新鮮だった。僕が予想した通り、朔馬は私服を所持していなかった。

「日本では、動物園はよくいくの?」

「動物が好きな人は、いくんじゃないか? でも遠足の目的地にされることが多い気がする」

 僕たちの向かっている動物園は、白桜高校までの定期圏内に存在する。そのせいもあり、僕は楽しみだという感情はそれほどなかった。おそらくそれは波浪も同様だろう。動物園が初めてだという感覚は、僕たちには思い出せないほど遠い記憶の中にある。

「楽しみだなぁ」

 朔馬は再び呟いた。


 動物園には思いのほか人がいた。しかし見る限りでは、高校生の姿はなかった。

 園内に入ると最初に「ふれあい広場」なるゾーンがある。朔馬はそこにいるアルパカを目にすると、ピタリと静止した。朔馬はしばらく、無言でアルパカを見つめていた。

「怖い? 怒ったら臭いツバを吐くらしいけど、攻撃はしてこないって書いてあるよ」

 僕はアルパカの説明が書いてある看板を見ていった。

「見える?」

 朔馬はアルパカを指した。

「見えるよ。俺がメガネをかけるのは授業中くらいだよ」

 僕は目が悪いわけではないが、目の視力が違うので教科書を読む際はメガネをかけていることが多い。

「俺にしか見えないのかと思った」

「なんだよそれ」

 僕は半笑いでいった。

 しかし朔馬の耳には届いていないようだった。アルパカに感動しているのが、いわずとも伝わってきた。日常では見ることのない動物を見れるのは、特別なことであると、自分たちは恵まれた環境にいるのだと、そんなことに気づかされる。

 キリンを前にした際にも、朔馬は「見える?」と僕たちを振り返った。僕たちが頷くと「すごいなぁ」と、朔馬はキリンを見つめた。朔馬は「見える?」といいたいのではなく「見てる?」といいたいのかも知れないが、指摘はしなかった。

 朔馬は初めて見る動物たちを、興味深そうに観察していた。その姿はひどく無垢なものに映った。

「こんなに感動してくれると思わなかった。来てよかった」

「本当だね」

 僕たちはキリンを見上げる朔馬を見つめた。

「今のうちに飲み物買ってこようかな。お茶でいい?」

「リュックに入ってるから大丈夫」

 波浪は背負っている黒いリュックに触れた。

「じゃあ俺と朔馬の飲み物買ってくる」

 飲み物を買って二人の方に視線を、向けると二人はキリンの方を見て会話をしているようだった。家でもぽつぽつ会話をしているが、二人が仲良くしてくれることに越したことはない。

 僕が戻ると、朔馬は「ありがとう」と財布をだしたが、僕は親からお金をもらっているからとそれを断った。

 計画性のない僕と朔馬は、財布とスマホをポケットに入れて家を出たので、当然のように飲みかけのペットボトルを持て余した。見かねた波浪が「リュックに入れる?」といってくれた。

「重くないか?」

「いいよ。二人とも写真撮りたいでしょ?」

 朔馬は時々動物を撮り、僕は動物と朔馬を撮っていた。頼まれたわけではないが、両親と毅に見せるためであった。

「こうなると思ってリュックで来たから大丈夫」

 三人分のペットボトルを入れた、ぽっこりとしたリュックを見て「嫌じゃなければ俺が背負うよ」と朔馬はいった。

「その発想はなかった」

 僕は素直にいった。

「いいの?」

 波浪はそういって、僕と朔馬を交互に見つめた。僕も朔馬も「いいよ」というと、波浪は「ありがとう」とリュックを朔馬に渡した。

 園内を一周すると、すでに夕刻であった。朔馬は帰り際に「いい感じのリュックを買いたい」と、お土産店を指した。夕刻のせいか、お土産店はそれなりに混雑していた。

「どれがいいかな」

 僕と波浪は声をそろえて「これ」と、同じリュックを指した。

 朔馬は「買ってくる」とレジへ向かった。すると「洋服がある」と、僕たちを振り返った。

「買おうかな」

「洋服が欲しいなら、服屋で買った方が安いし、種類があるよ。今度連れていくよ。まぁここでTシャツを買うことは止めないけど」

 朔馬は僕の言葉に少し思考した後で「今日の記念に買う」と、Tシャツを見つめた。

「どれがいいかな」

 僕と波浪は再び声をそろえて「これ」と、ハシビロコウのTシャツを指した。


 朔馬は帰りの電車で「楽しかったなぁ」と、くり返した。

 彼は転校してすぐの頃も、何度かこういう反応を見せた。その姿を見ていると、戻れるはずのない子どもの頃に戻ったような気持ちにさせられる。朔馬の気持ちに当てられて、自分までも少し暖かい気持ちになる。

「洋服はいつ買いにいく? 来週とか?」

 僕がいうと朔馬は「二人が都合のいい日でいいよ」と即答した。僕は朔馬と二人で買い物にいくつもりだった。しかし朔馬は当然のように、三人で買い物にいくと思っているらしかった。

 僕たちは何をするにも、どこにいくにも一緒だった。そんな日々があったことを思い出す。



 朔馬は転校してきた時同様に、伊咲家にもすぐに馴染んだ。少なくとも僕の目にはそう見えた。

 最初こそ「冷蔵庫開けます」と小さく宣言していたが、それもなくなった。僕がそうしているように、風呂上りはタオル一枚で出てくることもあるし、波浪がそうしているように、リビングの座卓で勉強していることもある。夕飯後の食器洗いも当然のように参加してくれるし、麦茶もなくなりそうになると作っておいてくれる(作り方は僕が教えた)。

 それでもどこか控えめで、一定の距離を保っている。朔馬は自ら二階に上がろうとはしないし、人の持ち物に触れようとしない。リビングにある文房具を使うことはほとんどなく、自らの所有物を使う。僕がそれに気付いたのは、小テストの範囲を聞くために、朔馬の部屋に入った時であった。

 その時彼は爪を切っていた。爪切りを共有することに抵抗があるのか、と問うてみたが朔馬は首を振った。朔馬曰く「自分のものがあるから、借りる必要がないだけだ」とのことだった。僕はリビングにあるものは遠慮なく使っていいと彼に伝えた。しかしこういう控えめなところが、朔馬に好感が持てる所以なのだろうと納得していた。


 それはどこか気の抜けた夜だった。

「毅に借りたブルーレイなんだけど、ここで観てもいいかな?」

 朔馬はソファーに寝転ぶ僕たちに問うた。僕は朔馬のパソコンには、それらを見る機能はついていなかったことを、僕は思い出していた。

「俺のノートパソコン貸そうか? 毅に何押し付けられたんだ?」

 朔馬は僕にパッケージを見せた。それは有名なアニメ映画で、何度も地上波放送されている作品であった。

「なんで今更それなんだ?」

「みたことないっていったら、絶対みろって毅が」

「え、みたことないの?」

 僕の言葉に、朔馬は「うん」と頷いた。

 その後、僕たちは三人でそれを観賞することになった。

 朔馬がうちに住むようになってから、リビングで過ごす時間が少し増えた。

 波浪は家にいる時の大半をソファーで過ごしている。僕はその左側に位置する、台所側のソファーに座ることが多い。必然的に朔馬は、窓側のソファーが定位置になっていた。

 ソファーでだらりとアニメ映画を観ていると、ほどなく波浪が寝息を立て始めた。僕はテレビの音量を少し下げて、波浪に薄い毛布を掛けた。

「最近よく眠るんだよなぁ」

 僕は再びソファーに横になった。

「そうなの?」

「うん。なんかあったのかな?」

「本人に聞きなよ」

 朔馬はテレビを見つめたまま小さく笑った。僕は「それもそうだな」といいつつ、波浪には何も聞かないだろうと思った。

「面白かったなぁ」

 エンディングが流れる中で、朔馬は感慨深くいった。

「この作品は好きなんだけどさ。出会って数時間もしない女の子のために命を張ったり、世界を敵にまわせるヤツって実際いるのかな?」

 朔馬は「うーん?」と小さく唸った。

「これを初めて観たのはかなり小さい頃で、なんの疑問も持たなかったんだよなぁ。でも初見の朔馬は、どう感じるのかと思って」

 朔馬はしばし沈黙した。

「そういうこと、考える暇もなかったかな」

 僕は「なるほど」と、深く納得した。

 エンディングが流れ終わると、物語のキーアイテムだったラムネが映し出された。

「最近ラムネ飲んでないな」

「これ、実在するの?」

「ラムネ知らない? 飲んだことない?」

「ない」

「今の季節なら、駅前の酒屋さんに置いてあると思う。いってみようか?」

 僕は時計を見つめた。朔馬は「いってみたい」といった。



 僕たちは買ったラムネを飲みながら、夜道を歩いた。映画を観た後のせいか、どこか浮かれた帰り道であった。

「ハロは起こさなくて大丈夫だった?」

 朔馬はこちらを見た。

「大丈夫だろ。ラムネはいつでも飲めるし」

「そっか」

 朔馬はラムネの容器の造形に言及したり、ラムネ越しに外灯を見ては「おもしろいなぁ」といった。ラムネを片手に上機嫌で歩いている朔馬を見ると、自分まで世界が新鮮に見えてくる。

 その瞬間、僕の心はひどく無防備だった。

「朔馬の目には、俺とハロはどう映ってる?」

 少し前を歩く朔馬の背に問うてみると、彼は言葉の真意を確かめるべく、こちらを振り返った。その目に困惑の色が浮かんでいることを、僕はすぐに理解した。

 僕は朔馬に、どんな答えを期待していたのだろう? どんな反応が欲しかったのだろう? 僕は激しく後悔していた。

「なんでもない。忘れて」

 僕は答えを待たずにいった。すると朔馬は一呼吸おいて「二人は仲いいよな」といった。その言葉に嘘があるとは思わない。しかし他にも言いたいことがあることは容易に想像できた。

 ビヨ……

 ざわつく僕の心と連動するように、世界が揺れた。

 ビヨ……

 その不気味な音が、実際に自分の鼓膜を揺らしていることに、すぐには気付けなかった。

 ビヨ……

 この音は幻聴ではない。そう理解すると同時に、音の方に視線が向いた。

 そこには、見たことのない生き物が佇んでいた。外灯以外は暗闇に覆われていても、その生き物の脚がトラに酷似していることはわかった。

「なんか、すごいのいるな」

 僕は馬鹿みたいな感想を述べた。

「見える?」

 朔馬は動物園の時と同じ言葉を僕に投げた。しかしその声に喜びの色はない。

 僕は「見える」と、短く答えた。

「これは鵺だよ」

 朔馬はそういうと、鵺に近づいた。すると鵺は、朔馬を威嚇するように牙を見せた。

 鵺の姿は朔馬の部屋で見た、異形の影を彷彿とさせるものだった。あの幻影は確かに存在した。その事実に小さく安堵するも、それ以上に恐怖を覚える。

 今すぐにでも逃げ出したかった。もしかしたら、泣き出したかったかも知れない。それでも僕が正気いられたのは、朔馬があまりにも落ち着いているからだった。

 そんな朔馬を前に、鵺は今にも彼に飛びかかろうとしていた。

「近づくと危ないんじゃないか?」

「大丈夫だよ。専門分野だから」

 朔馬は持っていたラムネを、丁寧に地面に置いた。そして両手人差し指の第一関節を、マッチを擦るように一瞬だけ交差させた。すると朔馬の右手には、ほんのり光る日本刀のようなものが現れた。

「なにそれ?」

「これは肢刀しとうだよ」

 朔馬の持つ白鞘しろさやのそれは、朔馬にひどく馴染んで見えた。

「肢刀なら、凪砂も出せるんじゃないかな」

 朔馬は鵺を見つめたままいった。

「いや、出せないよ」

 僕がそういい終える前に、鵺は朔馬に襲いかかった。

 朔馬は最小限の動きで鵺を避けると、その動作を止めることなく、肢刀で鵺の胴体を斬りつけた。

 緊張と高揚のせいか、それらの動きはとてもゆっくりに見えた。恐ろしいと思うと同時に、息を飲むほど美しい所作であった。この光景はきっと僕の中に残り続ける、そんな予感がした。

 鵺は斬られた痛みに鳴き、その場にビタンと倒れた。

「昔から見えてた?」

 朔馬は倒れた鵺に近づきながらいった。朔馬が鵺の側にしゃがんだ際に、肢刀が消えていることに気がついた。朔馬は何かを確かめるように、しばらく鵺の額に手を当てていたが、ちらりと僕の方を振り返った。

 先程の問いの答えが欲しいのだろうと、僕はようやく気がついた。

「見えてなかった。初めて見た。でも朔馬の部屋で、似たようなものを見た気がする」

 朔馬は「そうか」とだけいった。

「これは死んだのか?」

 僕は恐る恐る鵺に近づいた。

「ダメだ!」

 瞬間、鵺の尾がこちらに伸びてきた。

 その尾がヘビの形状をしていると気付いた時には、僕とそれの距離は数センチしかなかった。

 噛まれる! そう思って目を閉じた。

 しかしいつまでも、僕に痛みが訪れることはなかった。静かに目を開けると、ヘビの姿をした鵺の尾は眼前から消えていた。

 反射的に朔馬の方を見ると、先程のヘビが彼の左腕にだらりと喰いついていた。ヘビは本体とは、すっぱり切り離されていた。そして朔馬の右手には、消えたはずの白鞘の刀が握られていた。

「咄嗟に尾を斬ったら、身を翻してこちらに反撃してきた。完全に油断した」

 朔馬は苦笑し、ヘビを腕から離した。その後朔馬が刀を手離すと、刀は煙のように消えた。

「凪砂、ケガしてない?」

「俺は大丈夫」

「それならよかった」

 噛まれた箇所を朔馬が右手で抑えると、そこからは静かに血が溢れた。

「朔馬、血が……」

 外灯の下でもわかるほど、朔馬の顔色はみるみる悪くなっていった。

「大丈夫。鵺の毒が回っただけだ。少し寝れば、よくなるよ」

 朔馬は笑顔を作ってくれたが、明らかに通常とは違っていた。

 僕らの足元には僕が落としたであろうラムネが、シュワシュワと音を立てて転がっていた。

 夜が怖いと思ったのは久しぶりだった。



 朔馬を支えて家に帰る間、彼の呼吸は次第に浅くなっていた。不安だったが、僕にできることは体を支えるくらいであった。

 玄関先につくと、朔馬は外の水道で噛まれた腕を洗った。出血はほぼ止まっているようだったが、朔馬は入念に傷口を洗った。毒があるのならば、当然の行為である。

 僕たちが外の水道にいると、起きたばかりと思われる波浪が玄関から顔を出した。

「どうしたの?」

 波浪は僕と朔馬を見つめた。

 何かがあったことは、すぐに察してくれた。

「大丈夫? とにかく家に入ったら?」

 なんとなく家の中に入れないでいた僕らは、波浪の言葉に従った。

 毒が回ったのか、朔馬は先程よりもしんどそうであった。僕は再び朔馬を支えて、家の中に入った。僕が西の間で布団を敷く間に、波浪は救急箱を持ってきてくれた。

 朔馬はだるそうに壁にもたれかかりながら、慣れた手つきで自らの傷の処置をした。

 その後で朔馬は、トイレで嘔吐したようだった。

「さっきよりは、楽になった。安静にしてれば治るから大丈夫だよ。色々ありがとう。今日はもう寝るよ」

「本当に大丈夫なのか?」

 聞きたいことが、たくさんあるはずだった。しかし今の朔馬に、なにかを聞く気にはなれなかった。

「今日は凪砂もここで眠ったら? 具合が悪い時に一人だと心細いだろうし、一階だと何かあってもすぐには気付けないから」

 朔馬は「大丈夫だよ」といったが、僕は朔馬の部屋で眠ることにした。

 僕が布団を敷いている間に、朔馬は眠りに落ちていた。



 長い耳鳴りで目が覚めた。

 目覚めたことで、自分が眠っていたことに気づかされた。頭がはっきりしてくると、耳鳴りだと思っていたものはドライヤー音であると理解した。しかしその音もすぐに止み、僕は長く息を吐いて寝返りを打った。

「凪砂」

 暗闇の中で、朔馬のかすれた声が響いた。

「起きてたのか、大丈夫?」

「さっき起きた。少しだるいけど、大丈夫」

「ならよかった」

 一拍おいて朔馬は「凪砂とハロが、どう見えるかって話なんだけど」と口を開いた。

「いい家族だって思うよ。二人だけじゃなく、両親もいい人だし、俺は好きだよ」

 鵺に遭遇する前、確かに僕はそんな質問を投げた。

「あー……変な質問してごめん」

「いいんだ。それに俺も、これから変な質問をするから、許してほしい」

 朔馬は深く響く声でいった。なんだか僕たちだけが、夜の底にいるようだった。

「いい家族だって思うし、その言葉に嘘はないんだ」

 朔馬の口調は通常と変わりがなかった。だからこそ、彼の緊張みたいなものが伝わってきた。

「ただ、時々思うんだ」

 僕はきっと、その後に続く言葉を知っていた。

「凪砂とハロは本当に双子なの?」

 久しぶりの感覚だった。

 一瞬だって忘れたことがなかった。だから思い出すことなんてなかった。

 僕はこの問いに、どう答えるべきなのか今もわからない。

 どう答えていいものか迷っているうちに、コンコンと低い音が部屋に響いた。

 朔馬が返事をすると「スポーツドリンクと、冷却シート持ってきた」と、波浪が襖を開けた。

 僕は上半身を起こして、それらを受け取った。朔馬の部屋は暗かったせいか、廊下の灯りがひどく眩しかった。

 朔馬は布団に入ったまま、波浪に礼をいった。

「他に必要なものがあったら、凪砂にいってね」

 波浪は襖に手をかけ「サク」と、小さくいった。廊下の光がどんどん薄くなっていく。

「私と凪砂は双子じゃないよ」

 朔馬は「そうか」とだけいった。

 波浪は襖を完全に閉めきる前に「おやすみ」と目を伏せた。毎日見ているはずなのに、久しぶりに波浪の顔を見た気がした。その顔はぞっとするほど美しく思えた。

 波浪が出ていくと、部屋は再び暗闇に包まれた。



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