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第二部 第二章【異端】凪砂

◆第二部 第二章【異端】凪砂


 風呂上りにリビングに向かうと、朔馬が玄関で靴を履いていた。

「コンビニ?」

「ちょっと、西弥生神社」

 事情がありそうだったので、僕は「なにかあった?」と朔馬にきいた。

「光凛が日本にきてるらしいんだ。でも俺が持ってるハチワレ石を経由してない。事情がある気がする」

 朔馬は声を潜めていった。

 ハチワレ石は僕が数日預かっていたが、今は朔馬に返している。

「俺にできることある? 一緒にいこうか?」

「大丈夫。いってきます」

 朔馬が出ていって、数秒もしないうちに再び玄関が開いた。

「忘れ物?」

 そういってみたが、朔馬が戻ってきた理由がすぐにわかった。

 朔馬の腕には、ぐったりとしているはちわれ猫がいた。

「え、光凛? 大丈夫か?」

「弱ってるけど、大丈夫。低級の妖怪に憑かれてた。この姿だと寄せてしまうのかも知れないな。妖怪に憑かれてたから、この家には入れなかったのかも」

 言及したことはないが、朔馬はこの家に結界みたいなものを張ってくれているらしい。

「その妖怪は? どうしたんだ?」

「あ、散らした」

「え、早いな」

「このまま光凛を一人にはできないし、今日は光凛と外にいようかな」

「光凛がうちの中に入ると、なにかまずいの? 穢れがどうとか?」

「いや、そういう意味ではまずいことはないよ」

「なら、なんで外なんだ?」

「おじさんたち、もう眠ってるだろ?」

 僕はようやく「そういうことか」と納得した。

 朔馬は両親の許可なく、光凛を我が家に泊めることに引け目を感じているらしい。

「許可は明日とればいいよ。猫を無断で泊めるより、朔馬が一晩外にいる方がまずいと思う」

 朔馬は少し迷っていたが、僕が促すと家に上がった。それでも彼はどこか申し訳なさそうで、転校初日を彷彿とさせた。

「光凛、眠ってるの?」

 光凛を座布団に乗せた後で、僕は朔馬に聞いた。

「うん。俺が妖怪を散らせた時に、パタンと倒れた。疲れたんだろうね」

「光凛は朔馬みたいに、妖怪を退治できないの?」

「できるよ。でも猫の姿だとできることが少ないのかな。自分が妖怪に憑かれていたことにも気付いてなかったと思う。きっとまだ、この姿に慣れてないんだ」

 僕たちは眠る光凛に視線を落とした。

「どうしてハチワレ石を経由しなかったんだろう?」

 朔馬は「たぶん、俺のせいかなぁ」といった。

 どういう意味なのかを問うたが、朔馬は「なんとなく」と苦笑するだけであった。


 翌朝、朔馬は僕を介すことなく、自らの口で両親に猫の話をした。朔馬は少なからず緊張した様子で、悪戯を告白する子どものように見えた。

 僕は「あの猫だと鼻はつまらなかった」と、なんの役に立つでもない言葉しか吐けなかった。

 両親が猫の件を快諾すると、朔馬はとてもほっとしていた。その姿をみて、僕も心から安堵した。


 その日、僕たちが帰宅すると光凛は少しだけ目を覚ました。

「食事とか大丈夫なのか?」

 僕は夕飯時に朔馬にいった。

「聞いてみたけど、いらないって」

「あの猫は、雲宿くもやどの猫さん?」

「そうだよ。一応、部下かな」

「待って。クモヤドってなに? そもそも光凛って部下だったのか」

「雲宿は、俺が所属してる会社みたいなものかな」

「会社? そうだったのか……」

「会社というか、日本でいう公務員に近いのかな」

 朔馬は質問をすれば大抵は答えてくれる。しかし積極的に僕を巻き込む気はないのか、聞かない限りは余計な話はしない印象がある。しかし波浪にはどうなのだろう。

――ハロにも全部話すつもりだよ

 以前、朔馬はそういっていた。

 自らを開示する朔馬に、波浪も同じく自らを開示したのだろう。僕は波浪が見鬼だと知らなかったし、建辰坊のことも知らなかった。波浪とは会話は多い方だとは思っていたが、それだけだったと思い知る。おそらく僕たちは朔馬がこの家に住むようになってから、ゆるやかに変化をしている。

 波浪は最近では、妖怪やそういう話も僕の前でするようになったし、学校での話も増えたように思う。

「そんな気はしてたけど、朔馬はちゃんと働いてるんだな」

 朔馬は日本からの苦情で、鎖国中のネノシマから単身でやってきた。

 つまりはネノシマの代表として日本にきたわけである。朔馬に特別な「直感」が備わっているとしても、普通の十五歳にそんなことを頼まないだろう。

 朔馬は信頼のある優秀な人材なのだろうと想像に難くなかった。



「ハチワレ石が機能しないのは、お前が石を壊したのかもと疑っていた。それほどに私は、お前を信用していない」

「えぇ……」

 光凛の辛辣な言葉に、僕は絶句した。

 夕食後「光凛が凪砂を呼べって、どうする?」と朔馬から連絡があった。そのため僕は西の間に向かった。

「あえて本人の前で問うぞ。凪砂は、我々が探している者だな? あんな短期間で抜刀ができるなど、聞いたことがない」

 光凛は丸くなったままで、僕をじっと見つめた。

 そして光凛は妖術書を出した時のように、後ろ脚で耳を掻いた。するとぽこんと、巻紙が出てきた。

「これは?」

 朔馬は巻紙を見つめた。

「そこに凪砂の血判を。私はそれを持ち帰る。あとは向こうで確認するだろう」

「そういえば凪砂が抜刀した件は、光凛が無関係ではないよな? それだけ話せるなら、今その説明を求めてもいいのか?」

 朔馬は真っ白な巻紙に目を落としたままいった。

 光凛は言葉を詰まらせた。

 僕は幸いにも建辰坊に許してもらい、和解を済ませていた。その際にも朔馬は側にいてくれた。しかし抜刀したことについては一度も言及されなかった。それでも朔馬は、ずっと気にしていたのかも知れない。

「お前の役に立つようにと、私が凪砂に妖術書を与えた」

「ネノシマの書物は、国外に持ち出し禁止だという法がある。覚えていなかったのか? それとも故意に法を破ったのか?」

「私は、故意に法を破ったりしない……」

 朔馬は「そうか」とだけいって、それ以上なにをいうでもなかった。

 彼は怒っているわけではない。そう理解していても、その沈黙は少し怖かった。おそらく僕が感じる以上に、光凛もそう思ったはずである。

「皆がお前のように、法律をすべて覚えているわけではない……」

 光凛は小さくいった。

「そもそもはお前がハチワレ石を持っていれば、凪砂に妖術書を読ませなどしなかった。お前が大変だろうと思って、私は凪砂に妖術書を与えたのだ……」

「理由はわかったし、起きてしまったことは仕方がない」

 朔馬は本当にそう思っている。しかし僕が同じ言葉を目上の人にいわれたら、落ち込むだろうとは思った。

「妖術書を与えて、たった三日だ。抜刀できるなど、夢にも思わぬだろう」

「そうだな」

「しかしお前のことだ。凪砂が抜刀する前から、気付いていたのだろう?」

 光凛は挑むような声色に変わっていた。脱線した話が戻ったわけである。

 朔馬は確かめるように、僕を見つめた。

 僕が須王家の血を引く可能性があると、それを光凛に共有してもいいのかと、そう問うているようだった。僕は了承の意味を込めて、うなずいた。

「気付いていた。凪砂は、須王家の血族だと思う」

「やはりそうか」

 光凛は大袈裟にため息を吐いた。

「お前が信頼のおける者であれば、きっと私もこんな任務に就くこともなかった。本当に迷惑なことだ」

 朔馬は黙って光凛の言葉を享受していた。

「お前は自分の任務の重要性を理解しているのか? 凪砂を見つけた時点で鵺退治より先に、こちらに連絡をする努力をすべきだろう」

 朔馬は鵺退治以外は「いるかも知れないから探せ」とだけいわれていたはずである。それをこんなに責められていると、僕はなんともいえぬ気持ちになった。

――凪砂とハロは、本当に双子なの?

 朔馬はきっと、もっと早くにあの質問を投げたかったはずである。

「事情は詳しく知らないけど、そんな風に朔馬を責めるなよ」

「事情を知らぬなら黙っていろ。朔馬はどうせこちらのことは、何も考えていない。自分以外に興味がないヤツだ」

 朔馬は黙ったままだった。だからこそ僕は黙っていられなかった。

「人格否定みたいなこというなよ」

「お前も朔馬のなにを知るでもないだろう。朔馬は利己的で冷淡だ」

「だから! そういう言い方をするなよ!」

 僕は少し大きな声を出した。

「光凛だって、朔馬のなにを知ってるでもないんだろ。光凛をこの家に置く許可をもらったのは朔馬だ。それに朔馬は昨日、光凛のために外で寝るとまでいったんだぞ!」

 最初こそ声を抑えたが、僕の声は次第に大きくなった。大きな声を出したことを後悔しつつも、謝る気にはなれなかった。

 光凛は押し黙り、拗ねたようにふいと壁の方を向いて丸くなった。そして「もういい、寝る」とぽつりといった。

 僕と朔馬は顔を見合わせて、西の間を出た。


 廊下に出ると、僕と朔馬は互いに大きなため息を吐いた。

「ごめん、怒ってしまった……」

 僕は両手で顔を覆った。誰かに大きな声を出すのは久しぶりだった。しかも猫の姿とはいえ、同じ年の女の子である。

「凪砂が謝ることじゃないよ。こっちこそ、なんだかごめん」

 僕たちは肩を落としたままリビングに向かった。

 朔馬が僕に謝る理由はいまいち分からなかったが、部下を持つのはそういうことなのかも知れない。

「でも思い出しても腹が立つから、俺は何度でも怒ると思う」

 僕はリビングのドアを開けながらいった。

 ソファーでアイスを食べている波浪を見て、僕と朔馬もなぜか気が抜けた。

「なにかあったの?」

 波浪はいった。

「久しぶりに怒った。腹が立ったからだ」

「英文和訳みたいな話し方になってるから、よほど腹が立ったんだね。ケンカしたわけじゃないんでしょ?」

 波浪は僕らを交互に見た。

「あの猫はしゃべるんだけど、ちょっと態度が悪くて……凪砂が怒ってくれたんだ」

――自分以外に興味がないヤツだ

――朔馬は利己的で冷淡だ

「すごく態度が悪かった! なんなんだ!」

 光凛の言葉を思い出し、僕は再び腹を立てた。

「部下なのに!」

 怒りのおさめどころが分からず、僕はひどく格好の悪い言葉をつけ加えた。

「とりあえず、お風呂入ってきたら? 今日は湯船につかるといいよ」

「そうする」

 僕はいわれるまま風呂に向かった。

 波浪は当然のように僕の扱いを心得ている。波浪にいうように湯船につかると、怒りが全身から溶けていくようであった。


「あれ、朔馬は?」

 リビングに戻ると朔馬の姿はなかった。

「部屋に戻った。本調子じゃないだろうし、やっぱり一人は心細いだろうからって」

 波浪は編み物に目を落としたままいった。

「大人だな。俺なら、当分顔も見たくないけど」

「ネノシマから来たばかりなら、気が立ってたんじゃない? 知らない土地に一人って感覚、私にはわからないけど」

 朔馬も日本に来たばかりの頃は、心細かったんだろうか?

 親しい顔があったら、八つ当たりしたくなるほどの不安を抱えていたのだろうか?

「謝る気はないけど、仲直りはそのうちする……」

 波浪は柔らかく笑った。

 僕たちは昔から大きなケンカをしたことがない(その反動か毅とはよくケンカをした)。僕たちは今も昔も、仲のいい姉弟である。

 ずっとこのままでいたいと思う反面、そうもいかなくなるのかも知れないと、最近思っている。

 すべては僕次第なのか、波浪次第なのか、今はもうわからない。



 大きな声を出したことを詫びにいくと、光凛は「気にしてない」といってくれた。朔馬は「光凛は俺に謝ってくれたよ」といった。少なからず僕はほっとした。

 その後朔馬は「これから西弥生神社にいきたいんだけど、光凛のこと頼んでもいい?」と、めずらしく僕を頼った。

 やはりあんなことをいわれたら、一緒にいたくないのかも知れない。そう思ったが、僕と光凛が二階に上がっていると彼は颯爽と外へでていった。一刻も早く西弥生神社にいきたかっただけらしい。


「今回の特別任務で、髪を切ることになった。それが許せぬ。私の髪は、偉大な式神と契約するために伸ばしていた」

「式神って子分みたいなアレだよな? それについては可哀相だとは思うけど、朔馬は関係ないだろ」

 光凛の人間時の姿を思い出しながらいった。髪が長かった頃を知らないが、短髪は似合っていた。

「日本に跳んだのが朔馬でなければ、私もこんなに腹は立たなかった」

「なんで朔馬だと腹が立つんだよ? なにかされたのか?」

「なにもされてない。ただアイツは異端だ。それだけだ」

「異端といわれても、あまりピンと来ないな」

「朔馬は十歳で抜刀し、十三で桂馬の役職に就いた。それはとても異例なことだ」

「桂馬って?」

「そういう役職だ」

 おそらくは責任ある役職なのだろう。

「異例だとは思うけど、異端扱いなのか? 日本でも難易度の高い資格に合格する子どもは、多くはないけど存在するぞ」

 十代のオリンピック選手も少なからず知っているし、そういう人は子どもの頃から成果を上げているだろう。そう考えると「異端」という言葉に違和感を覚える。

 しかしそれは、僕が三日で抜刀したからこその感想なのかも知れなかった。

「朔馬が呪われてるとは聞いてるけど、それが関係してるの?」

「朔馬本人が呪われているといったのか?」

「そう聞いた。呪われているせいで、直感を疑うことは難しいって。その程度だけど」

「アイツは月訓神という神の依代よりしろなのだ」

「神様に憑かれてる、ってこと?」

「そういうことだ。朔馬は七歳で依代となった。幼い身に月訓神を宿したので、五年程度で妖術を扱えるようにならなければ、依代としての器が崩れるだろうとされていたらしい。つまりは死ぬとされていた」

 僕は思わず息を飲んだ。

「依代になった影響で、朔馬は抜刀できるまでの三年間、声を失っていたらしい」

「それは、辛すぎるだろ……朔馬の家族も気を揉んだだろうな」

「朔馬に家族はいない」

「え、そうなの?」

「いない。幼い頃に死んだと聞いている」

 朔馬がうちに住むことに不安を抱いていたのは、日本の家だからというわけではなかったのかも知れない。

「それらが、朔馬を異端とする理由なのか?」

「そうだな。しかしお前のいうとおり、私は朔馬のなにを知るでもない。任務の補助に入ったのも数える程度だ」

――本当は光凛だって、朔馬のなにを知ってるでもないんだろ

「それでも朔馬は、異端だと思う。朔馬は月訓神の依代になってから、雲宿に手厚く保護されていた。それなのにアイツには忠誠心なるものがない。それがひどく気味が悪く、そして腹立たしい……」

「忠誠心って、重要なことなのか?」

「雲宿で働く上ではな。重要で、大切なものだと私は思う」

 朔馬を利己的で冷淡といったのは、忠誠心に所以しているのだろうと結論づけた。

 自分が大切だと思うものを、そう思えない人もいる。それだけで、その人と分かり合えないとさえ思う。それは仕方ないのかも知れない。

 しかし朔馬が誰かにそう思われているのは、なんだか悲しかった。









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