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公爵閣下の契約妻  作者: 秋津冴
第一章 緋色の羊毛
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第八話 庭先の契約妻

 朝になり、ブライトはオフィーリナの工房にいくつか置いてある仕事着に袖を通し、簡単な朝食を済ませて家を先に出た。

 二人の週末の宿は、家人というものがいない。


 新しい家人を雇えば済むのだが、この家に勤めることのできる人間は限られていた。

 幾つかの秘密と、価値のある魔石に興味を持っても、それを外に漏らさず、秘密裏に隠したり、売り払ったりする手癖の悪い者では勤まらない。


 ブライトのダミアノ公爵家から人を出して貰ったり、オフィーリナの実家である伯爵家から侍女や執事を連れて来るという手もあったが、どちらもあることが問題で次点になっていた。


 これらの問題が解決されるまで、オフィーリナは食事に限らず、家事掃除、炊事に洗濯から庭の手入れまで、この公爵の別宅に相応しい佇まいを崩さないように、励まなければならない。


 それは何気に重労働で、特に庭の草木の手入れなど、二週間も別宅を空ければあっという間に草むらへと変化してしまう。


 植物の生命力のたくましさに感心しつつ、今日もまた、魔石を加工する時に下着として着用している薄手の作業着を身にまとい、雑草の駆除に取り掛かることになった。


「はあ……。なんとかならないのかしら、これ」


 こういう時に誰か家人がいてくれたらな、とオフィーリナはついついぼやいてしまう。

 今朝、ブライトを送り出してからすぐに彼女たちには連絡を入れた。


 採用の連絡だ。

 王都の安宿を常宿にしている彼らにしてみたら、家賃がかからずに住み込める雇い先は、とても貴重なものらしい。


 喜び勇んで、昼過ぎにはこちらに向かうと彼女は、通信魔導具の向こうでそう言っていた。

 声だけだが、双方向に通話ができる魔導具は便利なもので、あちらの音も拾って聞かせてくれる。


 響いてきたのは、寝起きの気だるそうなカレンの声ではなく、誰か男性のいびきのようなものだった。

 それが聞こえてきた時、カレンは慌てて「じゃあ、昼過ぎに行きますから、奥様」と言うと通話を切り上げてしまった。


 あれはもしかして、黒髪の槍使いギースのものだったのでは? などとオフィーリナは邪推する。

 黒く染めた麻のシャツとズボン、手袋に日よけのために被ったショールがなんだかミスマッチな姿で、中腰になりながら農作業用の鎌を使って雑草を刈り取る、公爵夫人。


 こんなところ、誰かに見られたらそれこそ、世間のいいモノ笑いの種だわ、なんてしばらく作業を続けながら、悶々とした思いに包まれていた。


 あちらの二人は前回の旅の間ではそういう素振りは見せなかったけれど、もし、恋人同士なら隠さなくてもいいほどに自然な呼吸ができていることになる。


 恋人か夫婦かそれとも、わけありか。

 もしかしたら間違いで、本当に仲の古い友人かもしれない。


 いやいや、ただの肉体だけの関係かも……。

 そこまで考えて、まだまだ恋仲には疎いオフィーリナは、ぼっと頬から火が出て顔を赤面させた。


 肉体だけの仲。

 それはまさしく、自分と公爵ブライトの関係ではないか。


 カレンとギースの仲がどうかは知らないが、こちらはまだ新婚二ヵ月を経過したばかり。

 二ヵ月目を終えて、ようやく三カ月目の最初に突入したところだ。


 契約妻のはずだったのに、演技をするだけのはずだったのに。

 自分の魔石彫金や魔猟の腕を認めてくれて、褒めたたえてくれる彼についつい甘えてしまった。


 それに、側室を得ることになった理由。

 国王様の思惑に振りまわれるブライトに少しばかり、申し訳なさも心で感じていた。


 オフィーリナが帝国の血筋でなければ、彼だって側室を迎えることもなかったのだ。

 それに――。


「ああっ、もう! なんでこう暑いのよ!」


 彼にも事情がある。

 自分にも事情がある。


 この王国で生きていく限り、国王陛下の命令は絶対だ。

 つまるところ、契約妻とはいっても、どこかでいつか必ず、公爵と自分との血が混じった子供を産まなければならないことを、それは示唆していた。


「旦那様は優しいし、理解があるし、親方や兄弟子たちみたに強い言い方をしてしからないし、褒めてくれるし、カッコいいし……わたしはお酒に弱い」


 ブライトをこの工房兼邸宅に迎え入れた夜。

 オフィーリナはブライトのために夕食を作って、彼をもてなした。


 六歳の頃から、親方の奥さんに教え込まれて兄弟子たちの夜食などを作るのも、オフィーリナの役割だったから包丁を握ってもう十年になる。


 作れる料理は王国で主流の煮込み料理から、南方の揚げ物や炒め物を主流とした辛い油物の多い調理法から、東部の魚を使った各種料理、北部の野菜と羊肉を使った焼き物まで、ほとんど何でも作れる。


 しかし、それらはあくまで民間の調理法であって、一流の料理人たちが作る洗練された宮廷料理をずっと食べて育ってきたブライトの舌に合うかどうかは、未知数だった。


 すくなくとも、実家の父母はいつも美味しいと評価してくれていたのだが……。


「味を誤魔化そうとして、南方料理を出したのが、間違いだったわ」


 深い後悔の自責の念が、オフィーリナの形の良い唇から洩れた。


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