第六話 緋色の羊毛
その二人組は、慣れない手つきでというよりは。
オフィーリナの常用する捕獲魔導具に慣れていない、という感じだった。
魔哭竜はきちんと網の中に収まり、先ほどのものと同じように、雷撃の呪文によって、その中に含まれる魔石を再生しない呪いが、全身にいきわたっていた。
ブスブスと凄まじい放電により焼き尽くされたその肉体は、香ばしいところか、なにか毒々しいような、普通では臭いに耐えられないような、腐臭を放っている。
それだけこの魔獣の肉が、人間にとっては猛毒だということなのだろう。
オフィーリナは、雷撃の威力が足りなかった、と遠回しにそれを見て舌打ちする。
多分、あの二人組の扱い方では、本来の威力を発揮できなかったのだ。
「あなた達それに近寄らないでね。人間にとって猛毒となる毒素を発しているから……」
こんなこともあろうかと、あらかじめ用意しておいた、四人分の魔導具を発動する。
それは現代風に言うところの、風邪など引いた時に使うような、簡易マスクのようなもので、ちゃんと輪っかがついていて両耳にかけられるようになっている。
少しばかり違うところといえば、長方形の布の周囲、四方を細かく砕かれた魔石がぐるりと線のように縁取っていることだろうか。
この魔石があることで、たいていの大気中に存在する毒素を、無害なものへと変換することができるのだ。
オフィーリナは全員にそれを着用するように命じてから、さてどうしたものかと、首をかしげた。
魔獣そのものをポーチに回収しないと、罠が回収できないのだ。
しかし今の状態で近づき、魔石を転移魔法で抜き取るには、まだ毒素の濃度が濃かった。
近づけば、腐蝕の煙で肌を焼かれ、失明する可能性がある。
最初に与えた雷撃以上の猛火で焼き尽くす必要があった。
そういった類の道具を、今回持って来ていただろうか?
「……大体、あの罠で事足りたからそんなものの用意……どうしようかな。【紅蓮の王】は高価だから費用対効果が見込めないし、【炎帝の嘆き】はあの罠ごと破壊してしまいそうだし」
オフィーリナは、まだまだ駆け出しの魔猟師である。
魔石彫金師としての彼女は、さらにはまだまだ新人同然だ。
ブライトと言う超大物のパトロンが後ろ盾になってくれたとはいえ、なるべくなら安価に原石を仕入れたい。
自分が使える炎術系の魔法で、この魔哭竜を燃やせるものがあっただろうか?
そんなことを思案する。
魔石彫金師は錬金術師でもある。
錬金術師には【真火】と呼ばれる魔法を習得しなくてはならない。
特定の魔導具や調整された魔導溶鉱炉の中でのみ、安全にできる炎術系でも高レベルの魔法だ。
この【真火】は大地の底にある星の中心から召喚する、凄まじい威力の火焔となるため、一般の場所での使用は禁じられている。
過去には【真火】の制御を誤り、一キロ四方が焦土と化した事故も記憶に古くない。
「【真火】か、それとも【紅蓮の王】……いやいや、もっとレベルを下げて」
なんて迷っていたら、罠を操っていた男たちの一人、金髪の少年が声をかけてきた。
「あの、奥様?」
「なに? 奥様じゃないけど」
思わず、いらっとしてしまい、語尾が強めになる。
彼はすいません、と目を閉じて首を竦める。
「実は、あたしなら、その魔哭竜。もう少し良い感じにこんがりと、できるかなーって」
「……あなたが?」
罠をきちんと張ってくれていたら、こうはならなかったのよ。
そんな嫌味を込めて、オフィーリナは自分より頭一つ低い少年を睨みつける。
腕組みをして、見えない角を断てて不機嫌な気分満載のオフィーリナは、本物の一角鬼よりも怖かった。
「そう、ですね。あたしなら、できると思います。【業炎】辺りで焼けば、どうにかなるかーと、はい。いかがでしょ?」
「そんな上位魔法、あなたに使えるの、えーと……」
カレンの仲間たち。槍使いの黒髪ギースと、炎術師の金髪のカナタ。
確か、彼はまだ十四歳だったはずだ。
そんな若い経験未熟な少年に、【業炎】のような上位魔法が使えるものだろうか。
非常に疑わしい。
そう思ってじっと睨んだら、彼は自分の冒険者カードを提示してきた。
カナタ。職業は炎術師、ランクはB。あ、これは凄い。ついでに女性だった。
いろいろな誤解が春の雪のように、あっさりと溶けていく。
「カナタさん。その――ごめんなさいね、あなたの実力を知らなくて。……お願いできるかしら?」
「はい! もちろんです! 奥様」
そこまで言い、カナタはあっ、と口を手で塞いだ。
元気があるのはいいが、まだまだ年相応に落ち着きがないようだ。そそっかしい点もいくつか見受けれられる。
「愛人なの。側室。意味わかるかしら?」
「では……姉様、では?」
「あなたの姉になった覚えはないけれど。あれをうまく処理してくれるなら……まあ、好きになさいな」
「はいっ!」
戻ってきた返事と共に、カナタは【業炎】をまだまだブスブスと燃え残りのように煙を上げる魔哭竜の遺体に向けて放つ。
それは本来、罠が作動した時に燃やす程度まで、魔哭竜の遺骸をこんがりとした姿に変えていた。
「いい腕ね」
「でしょう? 姉様!」
いつの間にか、元気のいい妹ができてしまった。
オフィーリナを姉と慕うことを許されて嬉しいのか、カナタはこの日一日、ずっと傍から離れようとしなかった。
転送魔法を使い、魔石を回収すると、ポーションで魔哭竜の遺体を回復させて、ポーチに回収する。
こんな単純作業をあと六匹ほど続けて、この週の材料調達は終了した。
カナタはどの罠を解除する時でもまっさきに走り出して、中にはまだ生きている魔哭竜を得意の炎術で消し炭にする。
その活躍ぶりは素晴らしく、さすがはB級冒険者。たいしたものだわ、とオフィーリナは感心することしきりだった。
猟が終わり、また数日をかけて王都カルシファーへと戻ることになる。
戻りの馬車のなかで打ち解けたカレンやカナタ、ギースたちとオフィーリナは専属の雇用契約を交わすことにした。
「今回の予定は、これで終わりで、良かったかしら。オフィーリナ」
「ええ、カレン。それであなたたちの契約の話なのだけれど」
「ああ、それね。どうなりそう?」
「旦那様にはどうか了承していただきます。あなたたち、一つのパーティになればいいのにね」
それね、とカレンはうなずく。
彼らは今回、オフィーリナと専属契約を交わすと、公爵家お抱えの冒険者となり、その格も数段跳ね上がるらしい。
貴族に雇用されるということは、冒険者自体の価値も上がるのだ、とオフィーリナは初めて知った。
「それでね、これを機にパーティを結成することにしたの」
「いい案、だと思う。それで名前は?」
「『緋色の羊毛』よ」
「すっごく言い名前。素敵ね、カレン」
「姉様もそう思う? あたしがずっと昔から考えてたんだ!」
我が身のことのように、いやまさしくそうなのだが。
カナタは少年にしか見えない、短く刈り込んだ金髪を揺らしてそう自慢した。
オフィーリナはこれからよろしくね、と彼らに改めて挨拶する。
問題は夫。
ブライトが首を縦に振るかどうか、そこにかかっている。
もし彼が駄目だと言えば、この雇用は失敗となり、冒険者パーティ『緋色の羊毛』は解散の憂き目を見るだろう。
私の役目は重大ね。
言葉にできない重責を心に隠し持って、オフィーリナは王都にたどり着いたのだった。