第五話 手柄と魔竜と愛人と
オフィーリナは分かりやすく説明してやる。
「さっき、罠で落雷のようなものを与えたでしょう?」
「ああ、はい。燃え尽きるようにして落下しましたね」
「生物。魔獣も人間も植物も、動物もそうだけど、生きているから再生するでしょう?」
「腐蝕したゾンビなども再生しますが……」
「ああいうのもそうだけど、結局、周りから魔力を取り込むから再生できるわけよね。なら、魔石を再生しない呪いを魔法で先に与えてやってから、魔石を取り除いたら?」
「……肉体は再生しても、心臓は再生しない?」
「そういうこと。だから、生きているのと同じくらい綺麗な状態で鮮度を保ちつつ、持ち帰るには、ね?」
「なるほど……」
彼はその説明にいたく感心したのか、その後もしきりに肯いては何かを呟いていた。
もしかしたら、自分も同じようにして魔猟をしてみようと、試みる気になったのかもしれない。
しかし、生憎とこれはオフィーリナの編み出した技術であり、そうそう簡単に真似ることはできないもので――。
「ま、こうしてこうすると、こうなるのよ」
「おおっ!」
腰からポーチを外して竜の遺骸の一部をそこに挿入すると、遺骸はするっとその全てがどこかに消えてしまった。
空間魔法の応用だけれども、ここまでサクサクと作業ができる魔猟師もそうそういないだろうと、オフィーリナはほくそ笑む。
これは彼女の師匠とその一門だけが受け付いできた、門外不出の秘技なのだ。
見ただけでは理解できるようには作られていなかった。
「さすがです、若奥様!」
「あのねえ……。さっきからそういうけれど、私、まだ十六歳ですよ! それに側室だし……」
「なんだかすいません、オフィーリナ様」
「そう呼んでもらえるとありがたいわ、本当に。なんだか一気に老けた気分になるのです」
そこまで言うと、馬車で待機していた、四人の最後の一人がこちらへとやってきた。
どうやら、狩りが無事に終わったと見て、罠一式を回収して仕舞う段階になったと思ったらしい。
今回の魔猟に当たるに際して、新しく組んだ冒険者たちの中では、一番最初にオフィーリナがする魔猟の段取りを覚えてくれた女性で、その名をカレンといった。
「老けたと言われたら、年上の私はどうなるのですか、オフィーリナ様」
「ごめんなさい、カレン。罠の回収をお願いできるかしら。私達は他の場所に仕掛けたのを、見回りに行きたいの」
「それはもちろん。でも、歳のことは触れちゃだめよ、貴方たち」
と、カレンはさっきまでオフィーリナを若奥様呼ばわりしていた男に向かって注意をする。
彼は申し訳なさそうに頭を掻き、「先に行ってみてきます」と言い残して馬と共に渓谷の奥へと向かっていった。
「大変ですね、オフィーリナ様も」
「……愛人、ですから。私」
「気にしてるんだ」
「はい……」
カレンはぼやくように言いながら、三つ編みにした腰まである銀髪をいじる雇い主に微笑みかける。
若いし、美しいし、爵位はあるし、凄腕の魔猟師だし。
色々な才能と素養に恵まれているオフィーリナが落ち込むのは、一介の冒険者であるカレンから見ていて、どこか面白い。
絡まっていた魔哭竜の遺骸が回収され、単なる網の塊を彼女はよいしょっと持ち上げた。
両端を一つにして、くいっと手前に引くと、それはどういった仕掛けになっているのか。
地下深くに埋まっていたはずの長い鉄杭までもがやすやすとカレンの手元に揃っていた。
それを器用にくるくるとまとめると、馬車の荷台に放り込んで、罠の回収が終了する。
「まあ、あまり気になされても仕方ないんじゃないかしら。貴族様のそれも奥方様じゃない、側室様がこんなに可愛らしくておまけに凄腕の魔獣を狩る、魔猟師だなんて。誰も思いませんから」
「そうでしょうか……」
「次からこういった魔猟に冒険者を雇う時は、身分を同じ冒険者にするとか。魔猟師の資格をお持ちなら、そちらを雇い主の欄に記載するとか。された方がいいですね」
「そうすることにします」
愛人枠に収まってからというもの、こういった魔石と取るための『魔猟』と呼ばれる狩りに出向くたびに、ちらほらと好奇の視線に晒されることしばし。
基本的に魔猟は数人でチームを組んで行うものだなのだが、オフィーリナはまだ若く名声も知名度もない。
腕のいい魔猟師ほど、高名な魔石彫金師に高額で雇われているか、複数の決められた得意先を持っていて、そこ以外には魔石を納品しないものだ。
そのせいもあってか、オフィーリナには固定の仲間というものは存在しない。
いないし、これまでは費用がかかりすぎるから雇用するという視点が欠けていた。
「これを機に、私を常雇いにするとかどうですか、お嬢様?」
「それはいい考えかもしれません。あの人たちも――」
次の罠を確認しに行った二人組は、顔なじみの友人で応募してきたと言っていた。
女性を雇用するならともかく、男性となると……。
「御主人様の許可が必要?」
「え、ええ」
カレンに思考を読んだかのように言われて、オフィーリナは焦ってしまう。
脳裏に思い浮かんだ旦那様。ブライトは男性を雇うと話したらいい顔をするだろうか?
カレンの雇用を前向きに考えることを告げ、馬車に乗って次の罠を目指すこと数分。
渓谷が広がり、小さな湖のようになったその岸辺で、罠にかかった魔哭竜の対応に追われる二人の男たちが見えてきて、その件は一旦、保留にしようとオフィーリナは愛用の武器である槍をその手に取った。