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公爵閣下の契約妻  作者: 秋津冴
第四章 地下の秘密
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第三十三話 お出かけ

 彼の仕度を整えると、ブライトが不思議そうに部屋のソファーに座り、首をかしげて言う。


「ところで、君の仕度はまだか?」

「……私の仕度? どうして?」


 まさか自分を同行してくれるなんて思ってもいないから、きょとんと首を傾ける。

 誰か来客でも来たのか。ああ、違う。


 店に出る準備をしろということなんだと早合点する。


「いやいや、もう昼を過ぎるころだ」


 確かにそうだ。

 太陽は天頂高く昇り始めていた。


 この冬の時期、夏場よりも上がり切る時間は早くなる。

 陽が落ちるのもその分、早くなるからさっさとしないと、一日にするべき用事が済まなくなるのも事実だ。


「それもそう、ね。待っててくださる?」

「もちろん。出かける仕度に時間がかかることは、承知している。のんびりと紅茶を飲みながら、新聞に目を通すさ」

「出かける? どこかに連れて行って下さるの?」


 まさか、それはないだろう。彼が正妻以外の女性を連れ歩くなんて、今の状況的にあり得えない。

 そう思っていたら、違った。


「郊外に俺の別宅がある。そこにバラ園があるんだ。冬の季節、いまの頃は色づく種が多い。どうだ?」

「寒くても大丈夫なようにしなきゃ!」


 重苦しい雰囲気が一気に吹き飛んだ。

 慌てて隣のドレスルームを開け、襟元が高く喉の下あたりで止めるタイプのボルドー色のもの。


 落ち着いた黒味がかった赤のワンピースドレスを選んだ。

 寒い時期だから、とにかく冷え込まないようにしなくてはならない。


 ベロア生地のもので、ふんわりとした感触に空気を含んだ温もりがあり、柔らかな折り目が見た目の上品さを醸し出す。

 胸から上の部分はサテンでレースの刺繍がついていて、ボタンで胸元を閉じるようになっている。


 柄はジャガードのものを選んだ。

 腰の部分にある黒のスピンドルでサイズの調整ができるようになっている。


 ここ数カ月の間、魔猟が主流になりあまり満足の行く食事ができていなかったせいか、ウエスト周りが細くなっていたのは、嬉しい収穫だ。


 髪を梳かし、お気に入りのバラ水の香油を軽く揉みこんでから、熱風と冷風それぞれを放出できる魔導具で乾かしつつ、挟み込むタイプのアイロンをかける。


 それだけで銀色のしなやかな髪先は、もっと艶やかに質のいい光を放ち始めた。

 いつもは緩やかに左側で一つにまとめているが、本日は愛するブライトが待っている。


 ここは気合を入れてみようと思い、編みこみなどを幾つかつくって華やかにヘアアップにしてみた。

 彼はどんな顔をするだろうか?


 メイクを整え、唇はあまり目立たないように薄く口紅を引く。

 普段から髪色と厚みの無い唇のせいで、冷たい印象を与えるこの顔だ。


 不機嫌になってもいないのに無言になると、氷の彫像のようだ、と兄弟子たちに揶揄されてきたから、その辺りはよく理解している。


 服の色、髪の色、その中で真紅の口紅とかつけただけで、浮いてしまうことは間違いない。

 化粧で頬を明るくしておけば、それで凛とした佇まいになる。


「最近、お化粧なんてしてなかったから。面倒ね」


 次、ブライトが来たときは立場からして、カレンに手伝ってもらったほうが、格好がつく。

 美しさを磨いてきた年数が違う彼女なら、もっと冴えたアイデアも思いつくだろう。


 思いのほか仕度に手間取りながら、胸元に自分が細工した小さなブローチを付けて、赤のヒールを履く。

 王国の女性たちは昨今、底の高いヒールを履くのが流行とかで、たまたまデパートを訪れた際に購入してみたものの……。


「これ、ブライトの身長を越さないかしら」


 女性をアテンドする男性を身長で越してしまい、見下ろす形になることを彼らは嫌う。

 考えてみれば、そとを散策するのだ。


 ヒールの高い靴など必要ないではないか。

 そう考え直し、黒のブーツに足を通す。


 準備は万端。

 これで最近開発した、あの暖房用携行魔導具を腕に嵌めれば、言うことなしだ。


「お待たせ! ……どう、かしら?」


 言葉通り、新聞を読みのんびりとしていたブライトの前に、ドレスルームから出て全身を披露する。

 彼は「とても綺麗だ。見るたびに新しい魅力を見つけて、心が囚われそうだよ」と誉め言葉をくれた。


「本当に? 連れ歩いても、子供に思わられないかしら」

「もう十分、立派な淑女だろう。まあ、妹に見えないこともないが。帽子でもかぶれば?」

「せっかくセットした髪が台無しになるじゃない!」

「そうだった。冗談だよ。君は美しい」

 

 こっちにおいでと彼は手招きする。

 長椅子の隣に腰かけたら、意味ありげな流し目をするものだから、思わず心が跳ねた。


「……奥様よりも、綺麗?」

「え?」


 キスをしようと近づけた唇が、目の前少しのところで停止する。

 視線を上に見遣ると、ブライトは片手で首筋を撫でていた。


 彼が困ったときにする仕草だ。

 言いたいが、言えない。そんな感じに見受けられる。


 碧眼がこちらを向き、険しさが消え失せて、優しさが表れた。

 嘘を騙るには、お互いに知り過ぎた。そんな諦めの入った顔をしていた。


「正直、エレオノーラと比べるのは、君に対して嘘を吐くことになる」

「やっぱり、奥様がいいのね?」

「違うよ、オフィーリナ。君は君、あれはあれでそれぞれ美しい。比べることはできない。俺にとって大事な女性であることに、変わりはない。順位は点けられないよ。分かるか?」

「ふうん……。理解はしているわ。でも今はそれで満足しておきます。ギースたちに馬車を用意させないと」


 するりとブライトの腕から抜け出すと、オフィーリナは階下へ向かった。

 やれやれ、肩を竦め困り顔を正すと、ブライトは自分とオフィーリナ、二人分のコートを手にして、それに続く。

 どうやら若い愛人の心はまだまだ愛を注がなければならないようだった。

 


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