第二話 認めてくれる男
そんなオフィーリナの胸の内なんて知らない父親が、彼は何者かを語り出す。
それは驚きの内容だった。
「ダミアノ閣下は、前国王陛下の末子であらせられる」
つまり、今の王様の弟。
爵位はともかく、血筋だけでいえば、下手な王族よりも家柄は上。
はっきり言って実家である伯爵家とは釣り合わない。
家柄が釣り合わないから無理です! と否定したいところだ。
けれど、我が家にはそれができない事情がある。
「……帝室の血が目当てですか」
「いや、そんなことは特に。ただまぁ……挨拶が遅れましたが、紹介に預かりました。ダミアノ公家のブライトです。オフィーリナ様」
「様、は余計ですわ、公爵閣下」
本当に嫌味にしか受け取れない。
自分より身分が下の存在に様をつけるなんて、本当にありえない。
貴族の常識から外れている。何よりも相手をバカにしているようにしか思えない。
公爵という爵位を嵩に着て、上から見下されているような気がして、本当に嬉しくない。
オフィーリナは態度にこそ出さないが、そう思った。
そこから彼と彼にそう命じた人物の事情がなんとなく語られて、選択を迫られる。
「いやいや、失礼じゃないと俺は思っているよ、オフィーリナ様。隣国とはいえ、皇帝家は古い家柄だ。それに貴方も現皇帝陛下の姪のひとりに数えられる。様をつけないのは不敬に当たってしまう」
「やっぱり――」
やっぱり帝国の血が目当てなんだ。
オフィーリナはダミアノ公爵ブライトがやってきたその意味を理解する。
父親の方を見たら、伯爵はうんうん、と肯いてこの婚約に前向きなようだった。
母親はちょっと困った顔しながら、それでも娘に幸せがやって来て欲しいと願っているような顔をする。
その顔を見てオフィーリナの胸内は複雑な思いに駆られてしまい、同時に悲しみがこみ上げてくる。
それは、利用される者にだけ理解できる、そんな悲しみだった。
「やっぱり、なんですか?」
「いえ……何でもありません。閣下、ただ順番で行くならば、お姉様が公爵家に嫁入りするのが順当かと……」
「それは陛下が望まれていないのでな。まあ、我慢してくれ」
「そう……」
母の顔が曇るようなことを言いたくない。
この母親は本当の母ではない。
本当の母親はオフィーリナが幼い頃に亡くなった。
その後、父親が再婚し、オフィーリナは義理の母親によって育てられた。
両親の間には、連れ子の姉がいる。
結婚した後に生まれた弟が二人と妹が一人いる。
義理の母は、自分の子供と変わらない愛情を注いでくれたから、オフィーリナは母親の愛情に対する不満はない。
父親はともかく母親まで自分の婚約を祝ってくれるなら、文句を言える相手はどこにもいなかった。
困ったな、と彼女は口元をきゅっと引き締めて、深く息を吐く。
「どうしよう……」
「ん?」
ブライトは不思議そうに顔を傾ける。
自分には将来に対する夢が、願望が、野望があるのだ。
結婚してしまったらこれまで頑張ってきたことが全て無駄に終わってしまう。
そう思うと、静かに泣けてきた。
うっすらと目の端に涙を浮かべる少女を見て、最初に母親が驚いた。
次に伯爵が「おいおい、何の不満があるんだ」と小さく叫んだ。
ダミアノ公爵ブライトは「困ったな、俺じゃ見合わないか?」と見当違いのことを口にする。
四人だけの客間に、重苦しい沈黙が舞い降りた。
オフィーリナは涙を手元で拭うと、不満はありませんと必死に弁明した。
「違います。……違います、不満などありません。嫁に行けと言われればそうします。でも――でも……」
「お前、まだ職人になる夢を抱いているのか? あれは学院を出る時までの社会勉強だと、言ったはずだぞ」
「そんな‥…だって、お父様! 私、頑張ったのに! ようやく師匠にも認められて、工房だって開けるようになったのに!」
「工房? そんな話は聞いていないのですが、伯爵殿。それはどういった?」
といきなり降ってわいたこの話に、ブライトは不思議そうに質問をする。
伯爵は娘の涙を見、その訴えを聞いて苦虫をかみ潰したような顔になっていた。
「実は娘は……」
「私、魔石彫金師になりたいのです! そのために六歳から弟子入りして、ようやく開業をする許可を師より賜ったのです! つい、昨日……」
「ほう、魔石ですか。それはそれはなかなか興味深い話だ。俺も魔石彫金師を抱えているが、貴族の令嬢がそれになりたいというのはなかなかないですな」
「いやお恥ずかしい。女だてらに職人になりたいとそう申しまして。学院にいる間だけならば、と許可を出していたらこのありさまだ。嘆かわしい」
「お父様! だから、実家に戻りたくなかったのに! こんな格好だし、いきなり婚約なんてひどすぎるわよ」
そんな恰好、と公爵はまじまじとオフィーリナを見つめてくる。
いまの彼女は乗馬に使うような革製のズボンに、こんな夏場には暑苦しいだろう長袖の丈夫な綿のシャツを着込んでいた。
魔石を細工する、というよりも狩りに出るような出で立ちだから、更に公爵は意味が分からないと首を傾げる。
もう隠せないと思ったのだろう。彼の疑問を晴らすかのように、伯爵が苦々しく返事をする。
「娘は魔石を細工するよりも、原石を……魔物を狩る方に熱が入っておりまして。お恥ずかしい」
「魔物……つまり、魔猟師でもある、と。そういうことですか? いや、それは素晴らしいじゃないですか!」
「は? いや、しかし。女だてらに魔法を使い、魔物と対決するなど。騎士や冒険者ならばともかく、伯爵家の娘に相応しとはとても……」
「いやいやいや! そんなことはない。自分で原材料を集めてそれを加工するなんて、余程、度胸のある職人でもなければやらないことだ。お嬢さんは並みの職人では成し得ないことをして独立までしようとしている。これを評価しないで、何を評価するというのですか!」
「ええええっ……」
と公爵が想定外の返しをしたものだから、今度は伯爵とその妻が驚く番だった。




