第二十一話 冷たい笑顔
「あ、いえ。なんでもありません」
「いま支援者がどうこうっておっしゃいましたよね? どういうことですか、どこの誰が私の支援者だと、誰に何を聞いたんですか」
「いえ、ですから。その聞いたとかではなくて……」
お淑やかな外見からは想像できない剣幕で、オフィーリナは店員に詰め寄った。
ことと次第によっては、この工房の主に話を通さなくてはならない。
自分とブライトの関係は、まだそうそう簡単に外に漏れてはならないものだからだ。
「では、どこで何を見知りおかれたのか、きちんとお伺いしたいですわ。なんなら、店主に話をしてもいいわね。王国四大魔石彫金技師の一人、ラバウル師の工房を任されたこのオフィーリナを舐めないで貰いたいものだわ」
「だから、違いますって。私は何も見聞きしていません。ただ、あの工房はラバウル師が二十年近くずっと使わないままにしてきたもの」
「だから、何?」
「いえ……」
店員はカウンター越しに詰め寄るオフィーリナからそっと目を反らした。
ぽつり、と言い訳するように声が漏れる。
「あのラバウル師ですよ。弟子が百人近くいるのに、あの工房を受け継いだのは貴女です。女性の魔石彫金技師が独立工房をこんな一等地に開いたことなんて、これまで数える程しかない……みんな、有力貴族の後ろ盾があるからともっぱらの噂です」
「呆れた。あれは師にさんざん泣きついて、どうにか譲っていただいただけの場所よ」
「ああ……そうなのですか。最近、人も多く入ったと」
「魔猟の!」
オフィーリナは拳を固めてどんっ、とカウンターを叩く。
ひっ、と店員が首をすくめ、ようやく二階に上がってきたカナタが「奥様っ」と小さく指摘する。
オフィーリナは周囲の客たちが何事かとこちらを見ているのに、気づいていた。
集まる視線に臆することなく、あれはね、と勝手な憶測を述べる店員に説明してやる。
「私のような駆け出しの魔石彫金技師が、まともなルートから上等な魔石を手配できるとでも? 自分で魔猟に行き、自分で魔石を調達しているだけです!」
「そっ、そうなんですか?」
「そうです! そんな大金を投じてくれるようなパトロンがいるなら、この子のたちのような専属の冒険者を雇うわけないでしょう!」
「……え? あたし?」
店員と周囲の客たちの視線がじっとカナタに注がれる。
少女は困った顔をしつつ、挨拶をする。
「えーと。奥様の魔猟に専従する冒険者パーティ『緋色の羊毛』です。よろしくお願いします……?」
「冒険者? 魔猟師ではなく?」
店員は、驚きだったらしく目を見張っていた。
魔猟に挑むなら、専門の魔猟師を雇うのが、世の常だ。
冒険者を守備範囲は広いが、専門性には落ちる。その分、賃金は安く済むだろうから、金のない魔石彫金技師が雇うにはありかもしれない、と店員や他の客たちは思ってくれたようだった。
「魔猟は私がするの。なにか文句でもある?」
「いいいい、いえ。なにもございません、ええ。何も……こんなに高価なハンガーでなくても、もっとお安い物もありますが」
「へえ? どの品かしら」
面白そうね、オフィーリナがにやりと微笑んでやると、いきなり態度を変えた店員はこれとこれもです、と新たに別の品々をカウンターに並べた。
「こちらの品でも同程度の効果がありますよ、型崩れもしませんよ、同じブナ材ですし……総額で銀貨十枚です。はい……どうですか?」
「なら、それをいただくわ。賢い買い物をさせてくれて、ありがとう」
オフィーリナは銀貨十枚を財布から取り出すと、カウンターに叩き付けた。
それを手に取り、枚数を確認した店員はそそくさと必要な本数とまとめて、梱包する。
カナタにそれを受け取らせると、オフィーリナは領主所に書かれていた店名を読み上げた。
「ゴラデル商会」
「はい? ええ、そうですが……」
オフィーリナの言い方に何か嫌な物を覚えたのだろう。
店員は顔を引きつらせながら、こくこくと頷いた。
「御師様に伝えておくわ。貧乏人扱いされましたって。勉強になりました、ありがとう」
「おい、ちょっと待ってくれよ! それはないだろう?」
カウンターを出て、泣きそうな顔で彼はすがりつく。
オフィーリナにこの失礼な店員をやり込める気はあっても、救ってやる気は毛頭ない。
ハンガーの包みを二人で半分ずつして持ち上げたオフィーリナとカナタが階段を降り始めると、彼は「待ってくれよ」と再度、情けない声を出していた。
「どうするんです、あれ」
「騒ぎになっても面倒ね」
「旦那様に聞こえても……」
それはもっと面倒くさいことになる。オフィーリナは降りる足を止め、後ろに振り返ると彼を招き寄せた。
「なっ、何ですか。まだ俺を虐めるんですか?」
「虐めるとか言わないでよ、人聞きの悪い。それよりも、他に知っていることあるでしょう、噂とか。全部、教えないよ」
「教えたら、このことは親方には」
店員はどうか工房主にだけは言わないでくれと再度、懇願する。
「内容によるわ」
「話す、どんなことでも話すよ。俺が知っているのは、そんなに大したことじゃない」
「それは私が決める事よ、違う?」
オフィーリナが冷たい笑顔でささやくと、彼は裁判で有罪になった被告人のように、がっくりと肩を落とした。




