表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵閣下の契約妻  作者: 秋津冴
第二章 近づく距離
19/44

第十七話 二国間会議

「あの浅瀬は両国間の合間にある、誰のものでもない土地だ! 海に接している部分以外はな」


 数回に及ぶ帝国側との折衝で、ブライトはどうしても相手方に好きになれない人物がいた。

 ユーリ・オディオ。


 銀色のなめくじと不遜な代名詞を持つ彼は、いままさに目前にいて、テーブルを囲んでやり取りをしている真っ最中だ。


 だというのに、緊張感もなく、煙草を吹かしまくっては室内を煙の渦へと呑み込もうとしていた。

 昼前から始まった四回目の会議。


 まだ二時間しか経過していない。

 灰皿には煙草の吸殻が山と積まれていて、さらに苛立ちを加速させる原因は帝国側の使節団代表の四名の誰もが、煙草を常用していることだ。


「真っ白な霧の中に、すべて雲隠れしてしまいそうだな、大使殿」


 ブライトの隣にいた王国側の使節団代表、トワギー侯爵が先ほどユーリ大使の口から吐き出された煙を見て、冷ややかな嫌味を投げつける。


「雲どころか、海のなかに道が消えてくれれば、両国とも間に国境線が引けるのですがね」

「それは大自然が決めることだ。我々が決める事ではないよ」

「さて、どうですかね」


 オフィーリナを思い起こさせる、緑の瞳で彼はそう言った。

 顔立ちといい、髪色といい、どうしてこんな男が妻の親類にいるのか、とブライトはぼやきそうになる。


 さっきからあれやこれやと話を煙に巻いているのが、ユーリ大使。

 帝室に連なる上級貴族にして、オフィーリナの親戚だからだ。


「合間の浅瀬がなくなったところで、大して距離が離れるわけでもない。船すらも通行できない、海の難所だ。陸路を整備するよりも、空路を整備したほうが早いではないか」


 ブライトがそう提言すると、大使やいやいや、と顔を左右にした。


「空路だと通商ギルドの管轄になる。我々は、海を埋め立てて、広い土地を求めたいのですよ」

「そのまま王国の領土まで席巻したいとも聞こえるな。これは宣戦布告にも取れる」

「そんなことは言っていない。ただ、こちらも利益を考えたら、それがもっとも手早く効率的で、長く利益を求めることができる。そういう話ですよ」

「あの海峡には独自の生態系がある。精霊王の土地だとも言われている。そこを勝手にどうこうするのは賢いとは思えないな」


 トワギー侯爵が難色を示した。

 精霊王や妖精王、精霊女王などの土地、とされるものが世界各地に点在する。


 つい半世紀ほど前に南の大陸で妖精王の森を侵略した、高原狼の獣人の帝国が妖精たちの怒りを買い、高原地方の土地を追放されそうになった。


「それも噂ですな。伝説では四世紀ほどまでに王国が継承したと聞きましたよ。それでも、神の土地だと?」

「あの土地は、もう千年も王国の領地だ。でんせつは関係ない」

「ならば、誰が開発しようと、神々は関係ないですな」


 してやったりと、大使はにんまりと笑いを浮かべて、深く一服する。

 トワギー侯爵は二の句が告げられなかった。


「そういえば、ダミアノ公爵閣下」

「あ……? 何だ?」


 広い会議の席では、コの字型に置かれたテーブルに、王国と帝国。

 上座に国際通商ギルドの委員会が派遣した、管理官が二人座っている。


 王国や通商ギルドのような先進国に発展した文化では、煙草はもはや単なる趣味嗜好でしかない。


「最近、帝国の血を手に入れられたとか」

「……私的なことは関係ない!」


 ふふふ、と楽しそうに、ユーリ大使は煙草を再度吹かした。

 こういった正式な会議の席では、それを控えるのが通念上の習わしなのに、とブライトは再度、怒りに理性を揺らられそうになる。


 しかし、帝国は最近まで広大な領地で内戦が勃発し、それを先代の皇帝が鎮圧した経緯がある。

 まだまだ国内経済はこれから発展する。

 帝国で嗜好品の煙草は高級なもので富裕層の証だった。


「ええ、ええ、もちろん。もちろん、そうですとも。いや、めでたいことだ。公爵閣下、二度目の再婚ですか」

「離婚した覚えはないがな」

「ああ、そうすると――」


 大使は煙草を灰皿に押し付け、火を揉み消してから意味ありげにうそぶく。


「閣下のおられる王国、引いてはクレイドル王室では、帝室の血を引くやんごとなく姫君を、閣下の第二夫人になさった、と。そういうことですか。軽んじられていますな」


 揶揄するように、嘲笑するように、彼はぐいぐいと迫って来る。

 のたのたと遅く動きながら、後には確実なぬめりを残す喋り方は、まさしくなめくじだ。

 トワギー侯爵が「休憩にしよう、熱くなりすぎたようだ」と会議の中断を求めた。


「ブライト、ここは引いた方がいい。君がいると、王室と帝室の問題を確実に持ち出される。こちらにとって不利だ」

「まさか、代表から外れろ、と?」


 ブライトは自分の私生活を周囲に悟られないようにしてきた。

 友人であるトワギー侯爵も、側室を迎えたことは知っていたが、それが皇帝の関係者だとは知らなかった。


 不審の目を向けられてもおかしくない。


「私ですら、君の新しい夫人のことを詳しく知らない。あちらが詳しいことが空恐ろしくなる。王国は帝国を軽視しているとまで言われたんだぞ?」


 ブライトは控室の隅で密やかに会話を交わす侯爵をにらみつける。

 それは国王陛下の意思だ。俺の意思ではない。そう言いたいが、ぐっと抑え込み感情を押し殺す。


「つまり、どうすればいいのか、言って頂きたい」

「……交渉は我々だけで続ける。君はこの場では両国の平穏を崩す、起爆剤になりかねない。王都に戻れ、ブライト。爵位は君の方が上だが、ここでは私が上司だ」

「馬鹿な。考え直してくれ侯爵。それでは大使の思うつぼだ!」

「今回の会談では、双方の国における国境線の確認だけで済ませることにする。冬の合間は帝国も動けない。あちらの領土は大半が冬だ。交渉が長引いて困るのはどちらか思い知るだろうよ」


 そうやって呑気な交渉を続けている間に、海峡の遠浅を埋め立てられ、人が住み着いたらどうするのか。

 帝国の版図は広く、冬の寒さから逃れようと移民も多い。


 いま、海峡に、人が一人でも歩けるほどの橋が作られたら。そこからさっさと埋め立てられたら、王国にできることは少ないだろう。


「そうしたいなら、すればいい。だが、俺は責任は負わんぞ」


 ブライトはそう言い残し、控室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ