第十二話 虚構の彼女
「あの魔獣を焼いたあなたの炎術師としてのスキル、大したものだと思う。だから、それも込みであなたたちを専属に雇うことにしたの。他の二人には悪かったけど」
「あいつらは駆け出しですから、気にしないでください」
カレンが今回の魔猟に必要な二台の馬車を操る、御者兼小間使いとして連れてきた男たち。
彼らは同郷の友人だということだったが、魔猟も魔導具の扱いも、冒険者としての腕も格段に悪いものだった。
おまけに男性がギースも含めて三人、女性が二人のパーティが工房に住みこむとなると、主人ブライトがいい顔をしないのは目に見えていた。
彼ら、冒険者パーティ『緋色の羊毛』が三人だけだと分かったとき、オフィーリナは胸内で良かったと嘆息したものだ。
カレンがそう言うと、ギースもそうだ、と頷いた。
魔猟師だけでなく冒険者の世界でも腕の良し悪しは命に関わる重大事項だ。
無駄な動きをする五人よりも、精鋭の三人の方がより安全で迅速な対応ができる。
そう言いたいようだった。
迅速な対応、と心の中でつぶやいて、オフィーリナはやっぱり公爵の冬服の件をギースに依頼しようと考えた。
彼なら、夫と年齢も近いし、何より新たにやってきた三人の中で、もっとも経験豊富な男性だからだ。
「ギース。きて早々申し訳ないのだけれど、私の願いを聞いてもらえないかしら」
「俺でできることなら何でもいたしますよ」
「ついさっきカナタが質問したことにも繋がるのだけど、我が家に旦那様がやってくるのは、週末だけです。あと二週間程は戻って参られません」
「なるほど。それは承りました」
「ただ困ったことに、彼は冬物の衣類をあまりこの家に置いてないの」
「つまり……。旦那様の本宅に行き、必要な衣服を頂いて来いということでしょうか?」
「そういうことになります。気まずいかもしれないけど、行ってくれますか?」
ギースはしばし天井を見上げて考えると視線を戻し、「もちろん」と承諾してくれた。
翌朝、用件をしたためた手紙を持ち、公爵の本宅を訪れた彼が困った顔をして手ぶらで戻ってきたのを見て、オフィーリナは困惑した顔で、彼の言い分を聞いた。
「どうも、なんというか。あちらではそういった準備も含めて一度奥様とお話がしたいと。本宅の奥様がそうおっしゃっておられまして」
「エレオノーラ様がそんなことを?」
「ええ……。何でも、最近顔を見せないからオフィーリナは元気ですか、とか言われていたので、どうしたものかと」
「そうなのね。元気は元気ですけど。そう……」
ギースは複雑そうな面持ちで椅子に深く腰掛けるオフィーリナを見て、顔を訝しげにする。
彼女たちには交流がないのだろうか、となんとなく感じてしまった。
「こちらも以前から交流があったものと思って、奥様に伝えますと快諾したのですが」
「それは問題ありません。いつかは行かないといけないことだから」
「いつか……?」
「なっ、何でもないの!」
ギースがさらに眉根を潜めると、オフィーリナは慌てて口を噤んだ。
余計なことを口走っては、秘密が漏れてしまう。
ここは以前から知り合いだったということにしておかないと、後から公爵に秘密をばらしたとしかられてしまう。
そんなオフィーリナの態度が重苦しい雰囲気をまとったので、ギースはそれ以上深く詮索をしなかった。
第一夫人と第二夫人。
申し付けられて訪れた先は、先代国王の弟であるダミアノ公爵家だった。
王弟でもあり、国内でも有数の資産家として知られる若い実力者が、自分の雇い主のパトロンだったとは彼に知る由もない。
驚くというより、これほどの有力者に囲われているのなら、オフィーリナの将来はもちろん、彼女に嫌われない限り自分たちの未来も保証されたようなものだと逆に誇らしげになった。
だから、オフィーリナがエレオノーラからの伝言を聞いて激しく動揺していることに、部下として仲間としてなにかをしたいという気持ちでギースは胸が一杯になる。
「俺たちがお手伝いできることがあるなら、どんなことでもやりますよ?」
「大丈夫。悪いのですが、もう一度お使いをお願いできますか?」
「もちろんです。遠慮なくこき使ってください」
「ありがとう」
さあ、困ったことになった。オフィーリナの心は更に悶々としてしまう。
エレオノーラには虚構が乗り移っている。
それは、いるはずもない幻の女性「オフィーリナ」のことを覚えているという、虚構だ。
自分は彼女と会ったことも話をしたこともないのに、とオフィーリナは困惑しきりだった。
しかし、正妻が来いと言うなら、いかねばならない。
第二夫人で格下の自分に断る権利などは存在しないのだから。
オフィーリナは沈痛な面持ちで、ギースに再び使いを頼んだ。
明日、訪れます。そう返事を手紙にしたためて。